第9話


…私が物心ついた時から、両親は姉に操られていた。

しかし、それは私にとっては生まれてからずっとの事で、特に何も疑問を抱かなかった。

姉には素晴らしい能力があり、それが私にはない事を私は知っていた。


私が4歳の誕生日だったと思う。

姉は私に姉と同じ力を与えてあげると言った。

そして、姉から与えられた"力の萌芽"は時をしばらくして芽吹き、私は喜んだ。



姉は年々強くなっていく、自身の能力に邁進し、

人々を自分の思い通りにするようになっていった。


初めは友人や知人の些細な"障壁"を乗り越える手助けを行う程度だったが、

(例えば練習しても乗れない自転車を乗れるようにする等)

自身の能力が秘める事の大きさに気づいてからは、

積極的に人々に関与するようになっていった。


姉の"希望"により、私達姉妹は有名人になった。

しかしその頃から私は姉に対して"違和感"を感じ始めていた。

…普通の家庭ではない違和感。

愛の溢れる家庭のようで、実際は姉に逆らう者のいない姉の帝国。


両親は姉の希望には絶対賛成で、

認められない事はひとつもなかった。

しかし、異変が起きた。


これまで姉の言う通り動いていた両親の仲が悪くなりはじめたのだ。


姉はさっそく両親の"成長"を促したが、

成長した両親の"それ"は姉妹にとって気味の悪い姿に映った。

己の行いの過ちに気づいた姉だったが、

バツの悪い事に両親を"調整"しようとしたのだ。

暗示に暗示を重ね、愛憎が渦巻く奇妙な両親が出来上がってしまった。


私は必死で両親を元に戻そうとしたが、私の力でそれは無理だった。

 

その事がきっかけになって、私は家を飛び出そうと決意した。


しかし、私が家を出るという決意を知ると、

これまで見たことも無い姉の反発にあった。

激しい口論の末に、あろう事か、

姉は初めて私に対して"暗示"をかけようとした。


今となっては不思議な事だが、

その時まで姉は私にだけは決して"干渉"しては来なかった。

今まではずっと私の意思を尊重し、信頼していたのだろう。


私はそのショックと絶望感から、

これまで決して破るまいとしてきた掟を破り、

父と母を巻き込んで、姉の束縛から逃れようとした。


そして、悲劇が起こったのである。

私達の"兵隊ごっこ"に巻き込まれた両親は、

愛する娘達の相反する命令に、遂に心を壊してしまった。

姉の度重なる"干渉"と私達の"拘束"によって、行き場をなくした両親は錯乱し、

高層マンションのベランダから飛び降りた。


その事件がきっかけで、姉妹の番組は全て打ち切りになり、

姉は両親を破滅させたショックから立ち直れず、薬物に手を染めた。



…姉と同じく、心を痛めた私は、

"催眠術士"として、その力を二度と使わない事を決意した。


…あれだけ憎んだ姉であったが、

私にとっては唯一の家族であり、

私自身、姉をまだ愛していた。


中毒症状で運ばれた姉を看病し、

私は必死で世話をし続けた。

それは、両親への贖罪でもあった。



しかし、悲劇はまだ続いたのだった。

目を覚ました姉は、焦燥しきっており、通常の精神状態ではなかった。

そして、強い自責の念から、何度も自殺未遂を起こした。

抵抗する私に泣き項垂れ、何度も自分を責め続けていた。



…事件から数年が経った頃だろうか、

姉は何度か繰り返す中毒症状や、自殺未遂の度に、

その都度精神病棟に入院していた。


ある日私がいつもの様に面会に訪れると、

かつての姉を思わせるほどに聡明な姉がそこに居た。


薬によって何度か落ち着きを取り戻す事はあったのだが、

その時の姉の様子は、明らかに違っていた。


何かを決意した様であり、精神症状で見られる昏迷を脱したようだった。



"お願いがあるの。"

"今夜皆が寝静まった頃に来て"


そう告げると姉は、目を閉じてそのまま眠りについてしまった。



…その時、私は気が付いていなかった。

"既に"姉の暗示にかかってしまっていた事に。



事件に気がついたのは、翌日の明朝だった。



姉が瀕死の状態で病院に運ばれてきたのだ。

その一報を聞いた瞬間に私は、自分が何を犯したのかを思い出した。


…約束通り、私は夜中に姉を連れ出した。

病院から程遠いハイウェイを目指し、

眠りについた姉を拘束した。

人目のつかないハイウェイ上に架かる橋に姉を運び出し、

姉を道路上に放り投げたのだった。


数台の車両に轢かれた姉の身体は粉々に砕け、

確実に死んだものと思われた。 


しかし、姉は死ぬことを嫌がったのだ。

まだ、苦しみ抜いていないというように、息を吹き返した。




私は記憶の中で蘇ったものに、

激しい動悸を感じ、胃の中のものが競り上がってくる感覚に襲われた。


例え、それが姉の"暗示"だったとしても、

それを実行出来てしまった自分に対して私は絶望した。



…犯行を自白しようと、行動に移したが、

それは姉の"暗示"によって叶わなかった。


姉が私にかけた"呪い"から、私は逃走を図った。


姉の呪いは強力で、何度も私に誘惑をかけた。


私の身体は、気を許せば姉の元へ赴き、姉を殺そうした。


しかし、何度も踏みとどまる中で、

私は決して"兵隊"は使わないと決意していた。


…そんな時わたしはある心理学者に協力を得ることが出来た。


全ての事情を知った博士は私を監視し、姉の身を守ることを約束した。



しかし、姉は諦めなかった。

逃げ出した私を呼び戻す為に、

罪の無い人々を犠牲にし始めたのだ。


全ての事件に姉はメッセージを込め、

私を殺さない限り、誰かが傷つくと私に脅しをかけた。


私はわかっていた。初めの"暗示"の時から、

それは約束されていたことに。


"私を殺せば、あなたにかけられた暗示はすべて消える”

"みんなを"解放"するためには、あなたは私に死を与えなくていけません"


良心の呵責に襲われた私は、

次第にエスカレートする姉の犯行に、行動を移す事を決意した。


しかし、大勢の人が傷ついても、

私はまだ姉を救う事を諦めきれなかったのだ。



姉の拘束の為、私は警察の協力を仰いだが、

信憑性のなさから誰からも相手にされなかった。





…その時の私は焦っていました。

そしてあろう事か、再び力を使ってしまったのです。

数名の警察官の方に"暗示"をかける事に成功し、彼女の”拘束”に向かわせました。



しかし、その事が姉の癪に障ったのでしょう。

姉はその場に居た警察官と市民に殺し合いをさせました。

当時、街では過激なデモが横行し、各地で警官と市民との死傷者も出ていた頃でした。


撃ち合いなった警官は死亡してしまいましたが、

事件現場が混乱していた為、その死はうやむやになってしまいました。


私は自分が招いてしまった悲劇に、

深い後悔と、取り返しのつかない事をしてしまったという悔悟の念にかられました。


しかし、私が自らの命を絶ったところで、姉の暴走は止まりません。

それなのに、まだ、私は姉を救うという考えを捨てきれませんでした。


私が姉の目の前に行けば、全ては終わるはずなのです。


しかし、本当にそれでいいのか?

私はただ単に何処まで行っても姉を殺すことができない。

それとも、自らの手を汚す事を嫌っているだけなのだろうか?

だから、"兵隊"を使ってしまったのだろうか?

…そんな時でした。


私の元へある刑事がやってきました。

ゴートと名乗るその刑事は、事件の真相究明の為に、

私に協力してくれる事になったのです。


ゴート刑事は私の話を信じてくれました。

そして、私達は姉を拘束する為に、ある計画を立てたのです。



計画の中で、

身の危険が伴う刑事には姉の暗示がかからないようにしなければなりませんでした。


その為、刑事には本来の自分の人格を別の人格に隠す必要が出てきました。


私の暗示によって発現する人格には、

殺し屋という役割を与え、姉に対するカモフラージュを兼ねて、

私の"兵隊"に仕立て上げたのです。


そして、本来のゴート刑事は、全ての一部始終を観察する役割をお願いしたのです。


…計画の最終段階で、本来の人格を取り戻した刑事は、

物理的な方法を用いて彼女を気絶させ、拘束をする…。 

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