第3話
数日後。
アマラとの"面談"を終え、準備を整えたゴートは、
標的との接触を図る為、市街のビルに到着した。
偽装の業者に扮し、エントランスを抜け、屋上へと上がる。
室外機や変圧器の奥には小さな倉庫がある。
そこを拠点に、標的の住む建物と周辺の警備を確認した。
…計画はこうだ。
アマラの目論見は、私をカマラの"家族"に抜擢させる事だ。
依頼人アマラによると、
姉カマラは、"護衛"の中でも特に暗示の強い者たちを"家族"ファミリー"と呼び、
生活を共にしているという。
現在の"家族構成"は、
カマラを含め父、母、姉、弟、祖父、そして妹の7人家族という事らしい。
私は"家族"の中の姉に近づき、家庭に入り込む。
そして計画を実行する前に、
依頼人アマラから事前に掛けられている暗示を携帯の発信によって発現させる。
その瞬間、私は依頼の内容も、自分の本来の素性も全て忘れてしまうらしい。
ただの男になった私は、カマラの姉に見染められ、家族の一員になる。
標的のカマラは外から入ってきた人物にいくつもの"検閲"を仕掛けるという。
それをパス出来たものは、
そこで初めてカマラの本当の"家族"になるため、
カマラの暗示を受ける事になるというのだ。
私は、カマラの暗示を受ける事を記憶の発現の契機として、
既にアマラに暗示を受けている。
記憶を取り戻した私は、その瞬間を狙って、標的を仕留めるのだ。
…一番の難関は、カマラの義理の姉に見染められることだが、
依頼人アマラによると、
カマラの義理の姉は、役割として、
護衛人のリクルートを無意識化に任されているそうなのだ。
警備が厳しくなるにつれて、近くに常駐させる護衛の質を重視しているため、
最近は軍経歴を持つ者や、警察官なども"補充"している。
なのでまずリクルートの目に止まる指標は、
そういった職業を持つ者に扮する事だ。
幸い、依頼人アマラによって私は記憶を失った後も、
その職業を持つ者だという自覚は失われずに済むらしい。
…一般市民は、あの姉妹に命を弄ばれている人形になっているなんて気づきもしないのか。
最近この街では、異常なほど通り魔的事件が頻発している。
マスコミは、街に根強く残る人種差別とそれに反発したデモや人々の不満を事件に結びつけて報道しているが、真実を知った私にとってそれはあまりにも不憫であった。
これまでに出た犠牲も、事件も、おそらく核心の姉妹には辿り着かなかったのだろう。
…こんな血みどろな姉妹ゲンカに巻き込まれている事に、私を含め、気の毒に思った。
姉は私を愛している。
そう、断言しながらも実の姉を殺そうとする妹。
…姉は、私が必死になって、姉を殺そうとするのを待ちわびているんです。
私と昔のように遊びたがっている。
…けど、私はもう"兵隊ごっこ"は終わりにしたい。
だからこそ、貴方に協力を求めたんです…。
私は偵察を終え、リクルートにスカウトされる為、次の行動へと移った。
昼時を過ぎ、活気が落ち着いたカフェでは、ちらほらと席が空き始めていた。
街に広まる不安の空気は、この辺りではウソのように静まっていた。
標的のリクルートを見つけた私は、彼女に相席の許可を得て、そばに腰掛けた。
リクルートの女は、何やら勉学に励んでいるらしい。
…勉強の邪魔をしてすまないね。
いえ、気にしないで。
こうして眺めていると、何ら変わりないどこにでもいる"魅力的"な女性だ。
彼女が操られているなどとは、普通の感覚では気づく事が出来ないだろう。
…司法試験?
…そう。
…難しい?
…。
…。
…あの、ふふ、そんなに見つめられたら集中できない。
…ああ、ごめん。
…学生さん?
…私がそんなに余裕があるように見える?
彼女は含み笑いを浮かべ、観念したようにペンを止めた。
貴方、この辺で見ない顔ね?
最近このあたりに赴任してきたんだよ。
赴任?
ああ、実は私は刑事なんだ。
本当?そうは見えないわ。
そうかも、よく言われるんだ。
…君をよく見かけていてね。
へぇー、そんなふうに口説く人ははじめてみたわ。
今日は休日なんだ。もしかしたらと思って店に入ってみたら、君がいた。
あはは!彼女は大笑いをした。
運命の出会いってわけね!ちょうど良かったわ、"刑事さん"に法律のお勉強の手伝いをお願いしようかしら。
…それから、しばらく彼女と談笑し、連絡先を交換した。
事がスムーズに運び過ぎているきらいがあるが、
これが彼女の暗示によるものである事は間違いない。
あとは、彼女に招かれるのを待つだけだ。
しかし長期戦は出来ない。
警官という誤魔化しは、一時的には可能であっても、
調べようと思えばすぐにボロが出る。
標的の姉カマラの"ファミリー"が警察に通じていない保証はないのだ。
私は事前に借りていた寝ぐらの安アパートに帰った。
そもそも、この街自体が彼女の城なのだ。
どこでだれが聞き耳をたてているのかわからない。
プルルルル。"私のガールフレンド"からだった。
私の心配をよそに、とんとん拍子に事が運ぶ。
逆にその事が私を不安にさせたのだが…。
"検閲"はデート中に行われる予定だ。
これまでの偵察で彼女は、男と2人きりになる頃を見計らい、
候補者に暗示がかかっていないかテストを行う事が分かっている。
…事前にアマラから聞いた内容では、
姉カマラによって催眠術の手ほどきを受けた義理の姉は、対象を暗示にかける。
催眠状態に陥った通常の人物はひどく従順な状態になるらしい。
その上で質問を重ね、不審な点が無ければ、
そのまま家族の待つ家へと、スムーズに誘導するそうだ。
私はガールフレンドからの電話を切ったあと、
今度は依頼人のアマラに連絡を取った。
それが、暗示の合図だった。
連絡を受け取ったアマラは、返答を待たずに、
私に電話越しに暗示をかけ、私の記憶を消した。
そして、その発信履歴と登録してあったアマラの番号を消すように私に"指示"した。
生まれ変わった"ゴート"は、
清々しい気分で、"ガールフレンド"の待つ場所へと向かった。
この街の郊外には、小さな湖があり、
そこに併設された公園は、夜になると静かで、
人通りが少なくなる格好のデートスポットになる。
ガールフレンドとのデートの途中、
ゴートは彼女の希望によって、奥まったベンチに腰掛けた。
…貴方は誰かの指示でここへきた?
彼女は唐突にゴートに質問した。
しかし、既にゴートは催眠状態に入っており、彼女の言われるがままだった。
…いいや、自分の意思だ。
アマラという人を知らない?
…知らない。
そう。貴方、"暗示"にかかってるかしら?
…私は、暗示にかかっている。
たしかにそうね、たった今かかっているもの。
質問を変えましょう。
…貴方、アマラの暗示にかけられていない?
…かけられていない。
…ダブルバインドの内容は、検閲を突破する為のものです。
まず、私は貴方に暗示を重ねる前に、その暗示の優先順位を貴方に与えます。
その一番の基礎となる暗示は、私の"指示"が絶対だという指示です。
これは非常に強力な暗示です。
その上で、私の存在を消し、
別の誰かの暗示には素直に答えないという障壁を与えます。
こうすれば、貴方が催眠状態で言われるがままの状態であっても質問に対しては切り抜ける事ができるでしょう。
だが、いちいち反発していたら感づかれるんじゃないか?
…そこは、あくまで私に関する質問に限定するのです。
便利なものだな、"暗示"というやつは。
…複雑に見えたとしても、実際私達がやる事は単純なんです。
"心"に働きかけるだけですから。
アマラは私に微笑みかけ、ひとつ呼吸おいて、再び語りだした。
…なので、この二重催眠を可能にする為には貴方の協力がより必要なのです。
私は何をすれば良いんだ?
私を心から信頼して欲しいのです。
…ふっ。それなら君に対して、恐ろしいと思うほど"信頼"しているよ。
…それにしても、こう当たり前のように説明されると、
まるで君たちは人間を機械のように考えているんだな。
…そうではありません。人間には心が有ります。
全て誰かの指示に従順に従うことはありません。
貴方が私を信頼していなかったり、貴方の持つ信念や倫理感に反する行為なら、
私の暗示はかかりません。
"暗示"とは互いが信頼しあい、理念を共にした時に作用します。
君が、なぜ私に協力をお願いしたのか、少しだけ、理解した。
私には殆ど何もないからだな。
人を殺す事に躊躇がなく、善悪の執着もない。
私に残る信念は完璧な仕事の流儀だけ。
まさに人形にするにはうってつけというわけだ。
…しかし、姉は違います。私とは次元が違う。
もちろん、それも完璧なものではないかと思いますが。
…人の心は、そんなに簡単に動かせるものではないと?
暗闇の公園で2人の男女の影が見つめあっている。
しかし、愛の囁きはなく、女の目だけが怪しく光っている。
…。
そう。分かったわ、ありがとうゴート。
じゃあ、"これから私の家に行きましょうか"
…もちろん!君の家族に会いたいな!
外灯の光が届かない暗がりに彼女は歩みを進めた、
ゴートは惹きつけられるようにその後をついていった。
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