第2話



…双子の催眠術士、"アマラとカマラ"。

数年前までTVショーを賑わせていた"奇術師"姉妹。

幼い少女たちが、老獪な紳士や淑女たちを操り、痛快にからかう様は、

低俗なショービジネスの世界で引っ張りだこになった。

一躍時の人となった彼女たちだったが、突然の両親の死、姉カマラの薬物使用疑惑によって、その名声は地に堕ちた。

あれだけ華やかであった彼女たちも、その後の人生は多感な思春期と重なり、苦難な道であったのだろう。

この若い女性、"アマラ"を見ればわかる。




…私の流儀では、依頼人の"殺しの理由"は聞かないんだ。

それに、こんな面談はしない。

私は何度もそう示してきたつもりだ。

…だが、君はそれを知っている上で、

拒否する私を、

"無理矢理"にでもここへ連れてきた。

理由は、先程の力を証明する為だな。



…君はこれまで何度か姉を殺そうと様々な手を使ってきたんじゃないか?


…そうです。


…やはり姉カマラは、並の人間では殺せないのか?


…ですから、貴方に、私達の力を信じた上で、協力してほしかった。


…。

男は口をつぐんだ。


…お口に合いませんか?

彼女は男がティーに口をつけていないのを指摘した。


…。


…飲むと落ち着くんですよ。香りを嗅ぐだけでも効果がありますし…。

彼女は場の雰囲気を変えようとしているらしい。


…いや。

男は懐から、嗜好品を取り出した。

私にはこの匂いのほうが落ち着く。


…煙草。

彼女は何かを気にしているらしかった。


フッ、…匂うのか?

…いえ。


男は深く息を吸い込むと、

長い溜息と共に煙を吐き出した。

少々の間をおいて、男は再び語りだした。


…仕事の依頼は、普通直接には受けん。

まして、君のような得体の知れない力を魅せられては、

正直引き受けたくない。


男の否定的な返答を受け取りながらも、彼女の目は真っ直ぐに男を見つめたまま微笑んでいる。

…ずいぶん私に対して正直になってくれましたね。


…男は呆れた表情を浮かべた。

君に隠し事は無用だろうな。


…貴方は魅力的な方ですね。

彼女は男に再び穏やかな笑顔を見せた。


殺しのプロを目の前にして、そういう冗談を言える君には、本当に恐怖を覚えるよ。

男は苦笑した。

 


たしかに、殺しの依頼を出す人間には、

標的がこの世から消える事を喜劇の様に感じている者が多い。


だが、この娘の笑顔は少々奇妙だった。

その笑顔には私に対する信頼感と征服欲が向けられていた。

それはまるで、主人が飼い犬に向けるような笑顔。



…依頼に応じて頂けますか?


断ってもいいのか?


…残念ですが、どちらにしても協力して頂きます。

お断り頂いた場合には、

ここでの出来事を全てお忘れ頂いた上で、

私の"指示"に従って頂きます。


…私には選択の権利もないのだな。


…ですが、協力頂けるのでしたら、

それなりの報酬を払います。それは今後必ず貴方の為になります。


これは、交渉でも、依頼でもない。

しかしあくまでも、私の意思で依頼を受けさせたいのだな。


…はい。わたしを信じて頂きたいのです。



この女は、人間の面を被った悪魔なのか?

人殺しで生計を立てる私が言えた義理じゃないが。



…依頼を受ける。ただし、やるからには徹底的にやる。




逃れられないのなら、この娘の深淵を覗く前に事を終わらせよう。




ありがとうございます…。えっと、貴方のお名前は?


…教えん。と言っても、もう意味もないな。

ゴート、ゴート・グルーだ。


…よろしくおねがいします、ゴート。

再びこの娘は穏やかな笑顔を見せ、握手を求めてきた。



娘の友好の印を無視して、私は疑問に思っている事を確認した。



…少し整理させてくれ。

胡散臭いインチキやヤラセではなく、君の力の様なものが、

眉唾物ではなく、実際に確実に人を操る力があると言うのは理解した。

あのTVショーで起こっていた事が程度の差はあれど、

真実だとすれば、君の姉も君と同じ力を持っているという事だな。


…そうです。そして、さらに姉は私よりもはるかに人を操る術に長けています。


いよいよ、現実味がなくなってきたな。

やはりこれは"催眠"という現象をとうに通り越している。


対象者が君のような力を持つ事も考慮しよう。

だが、やはり疑問が残るんだ。

どんなに他人を操る能力があったとしても、

純粋に弾き出された弾丸を跳ね返す事は出来んだろう。どうして殺せないんだ。



…それは、そもそも姉の前に近づけないからと言っておきましょうか。



…はじめ、私は姉を拘束するつもりで様々な方に協力して頂いたのです。

…けれど、姉はその報復として、私の協力者の方々に危害を加えました。


…姉には"護衛"が大勢いるのです。

計画は事前に察知されてしまいます。

"護衛"の壁は厚く、失敗し、その後警備はさらに厳重になってしまいました。

スナイピングなどの長距離射撃であれば、

可能性はまだありますが、警備が厳重になってしまった今では、ほぼ不可能です。


"護衛"?


…文字通り、姉の護衛です。

常に姉は半径数キロメートルほどの姉の周りにいる人々を無意識化のうち暗示にかけています。暗示の内容はおそらく、"命をかけて姉を守ること"

警備が厳しくなって、不特定多数の監視員が町中至るところに配備されています。

万が一、銃弾が発泡されても、音に駆けつけて周りにいる者が姉の肉の壁になりますし、姉は滅多なことでは外に姿を現しません。


…"肉の壁"と物理的な"外の壁"さらに監視員か…。

一国の重要人物並の警備だな。


…それに加えて、ふだん"護衛"は暗示にかかっている事に気がついていません。


つまり、標的の周りにいる市民たち全てが障害になるのか。



…殺しは、一度失敗しても、その場で確実に相手を仕留めなくてはいけないものだ。

でなければ、次回標的を始末する事は酷く困難になる。下手な手を打ったな。



…ええ、なので正攻法は使えません。

…なのでまずは、姉に接触してもらいたいのです。



…なんだと。それが出来るなら、さっさと標的を仕留めればいいじゃないか

…投擲武器や爆発物で始末する事も出来るが、


…たしかに、そもそも建物ごと爆破出来れば姉を殺す事は可能なのかもしれません。

しかし現実的ではありませんし、

その場合貴方を含め、多くの方が犠牲になってしまいます。


気がつくと、いつの間にか彼女はうつむき、視線を私から逸らしていた。


フッ、もしも、私が君であったなら、

迷わず私に暗示にかけて、

標的諸共、"玉砕"させるんだがな。

そもそも手段を選ばないので有れば、君のその"力"で君の"軍隊"を突入させればいい。


その時だった。



そんな事はさせません!!



急に怒号をあげた娘は、珍しく穏やかな表情を崩し、怒りの表情を浮かべていた。



…私はっ、姉とは違うっ!

娘は歯を食いしばり、苦悶の表情を浮かべている。



おそらく"先程の言動の何か"が娘の姉殺害の動機なのだろう。

確かに、彼女の力を使えば、依頼という周りくどい手順をとる必要はないはずだ。

しかし、あくまでも形にこだわるのは、それが彼女の理念であり、彼女の流儀なのだ。



…君の依頼だ、やり方に口を出されるのは嫌いなんだが、

むしろ私の身を案じてくれるというなら、感謝しよう。

私も、死にたくはない。


落ち着きを取り戻した娘は呼吸を整えた。


…すみません、取り乱してしまいました。



いや、構わないさ。話を戻そう。


男は疑問点をまとめた。


通常の手段が使えない、私に対象に接触させる…

ああ、そうか。私が対象に吸収されるのを待つのか?



…さすがです。

その為の準備として、貴方に直接お会いしたかったのです。


彼女は続けて説明した。


貴方には"ダブル・バインド"二重催眠と呼ばれる状態になって頂きます。


二重催眠?


…私が使うものは本来催眠術や心理学の中で言われる"二重束縛性"という意味ではありません。一見すると矛盾した暗示に対して、さらに強力な暗示をかける事で、対象に対する抵抗を少なくする事が出来ます。


例えば本来の二重束縛では、母親がケーキを食べて良いという言葉と共に、それを嫌がるような表情をして、子供に対してケーキを差し出したとしましょう。

この場合、与えられるメッセージは矛盾した二つのもので、当人はそれに困惑します。しかし、私の場合はその基盤となる暗示に対して優先順位をつけるのです。

先ほどの例で言えば、

例えば、ただしどのような状況であっても私の言葉の通りに従いなさいと言う具合です。

この場合、暗黙の了解の内に潜在意識では命令に従わなければいけない事になっています。

母親の言う事を聞かないという選択肢を自分から排除してしまっているのです。

私の場合は、もう少し複雑な形をとりますが…。


長い説明を聞いた後、男は皮肉を言った。

…まるで私は君の人形だな。


…正直、申し訳ない気持ちもあります。


彼女は再びうつむき、視線を外した。



…本当は姉を殺したくない。



不意な告白に意表を突かれたゴートだったが、

何よりその娘の表情に驚嘆したのだった。



微笑。

それは嬉しい気持ちを押し込めたが、不意に漏れ出た感情に、

恥じらいを感じたような表情だった。



この"女"は、やはり変わっている。

先程見せた見知らぬ誰かが殺される憤怒の言動とは別に、

たった今垣間見た表情と言葉が一致していない。

行動がよりその者の本心を現すと何処かで教わった気がする。

その場合、この女の願望は…。



…どうかしましたか?

先ほどの微笑は一瞬の出来事だった。

気がつくと、"娘"は憂いを帯びた、

これからの悪事に自責の念を感じているかのような表情を見せていた。


…気のせいだったのか。

ゴートは疑念を抱いたが、むしろ元々心配する必要のない事だと、

その出来事をなかった事にした。



…私はただ、依頼を受け、人を殺すだけ。

殺す対象も、依頼人の心情も、私には知る必要のない事だ。




…ゴートさん。再三重ねて、感謝しています。

わたしの"強引な"お願いでもこうして聞き入れて下さって。


別に構わないさ、"断れない依頼"なら悩む必要もない。

それに私は人間としては既に壊れているからな。


…やると言ったからには、徹底的にやる。

この女の依頼が理不尽なものだったとしても、私の流儀が、曲がることはない。


…準備に取り掛かる前に、ひとつお伺いしてもよろしいでしょうか?


なんだ?


…本当に理由を聞かないのですね、何故、私が自分の姉を殺そうとしているのかを。


…聞いたってしょうがない。

私は正しいや正しくないには興味がないのでね。

あくまでビジネスだ。ただ、今回のはビジネスではなく、殆ど厄介ごとに近いがね。


…そうですか。


…しかし、君という"悪魔"に捕まってしまったのは、今まで行ってきた私の"業"のようなものなのかもしれないな。


…"業"?


…"因果応報"というやつさ。

ただ、私は悪いことしてきたという反省は一切していないがね。




…最後に私もひとつ聞きたい。

標的、つまり君の姉カマラは、君に何度も命を狙われている。

それならば、真っ先に考えつくのは、カマラ自身も君を狙って刺客を送り込むのではないかと考えたんだが。




…刺客が送られた事は一度もありません。

もちろん、私が居場所を知られないように様々な処置を講じてはいますが、

姉は、探ろうと思えば、殺そうと思えば、幾らでもその機会はあるのです。


しかし、それをしないと?


…そうです。姉は私を絶対に殺さないです。



なぜ断言できる?寝首を掻こうとする者を知っていながら、なぜ野放しに出来る?





…姉は、私を愛していますから。

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