4-12
【静かな革命】――と、後にそう呼ばれる事となった革命が、東と西の入り混じる地で、起こった。
その名の通り、近隣諸国で起きた【革命】のように、支配者層の首が落とされる事もなく、王朝が代替わりするわけでもなく――。
そして、それは同時に、かつて世界を震え上がらせたと言われる帝国がその歴史に幕を引いた事を示していた。
その晩年は、まるでこうなる事を最初から予見していたのではないかと言い出す学者が後の世に出てくるほどに、民主政となるにあたり過不足のないように――、民に混乱が生じないように――列強諸国に蹂躙されないよう準備されていた最期だった。
歴史書に云う――。
トゥルハン帝国・最後の皇帝であったルトフィー一世は、私欲のために
権力を振りかざし、世界最強と謳われた
自らの権威を誇示する為に、国内の南北を走る鉄道工事を進め、重税を強い、苦言を呈する古参の忠心であった
また、
一説に、【
その名もなきひとりの少女への暴行の噂話が、一気に
斯くして――。
五百年以上にも亘り広大な領土を支配し、一時期は世界最強と謳われたトゥルハン帝国は、国内に起こった革命軍――後に、「共和国政府」と名乗る組織によって皇帝位の廃止を宣言された。
まるで、自身は以後、死人であるとでも宣言するかのように――。
日中は、まるで玉座の如き強大な白い雲が居座るどこまでも高い空も、その厳しい陽射しが西の空へと傾く時刻には、その色を青から橙へと変じていた。
さほど外気温は下がってはいないものの、ときおり身体を吹き抜けていく風は心地よさを感じるには十分なほど涼を孕んでいる。ふわ、と鼻腔に届くにおいは、潮のそれ。きっと、日頃暮らしていた宮殿よりも、一層海に近づいているからだろうとルトフィーは軽く目を細めた。
夕焼け色に染まった空を映した海は、その揺れる水面に黄色や赤、橙色の光をいくつも弾いている。遠くには、蒸気を上げながら滑る大きな船。僅か離れた場所にある船着き場には、ちょうど海外からの船が入ってきており、荷下ろしの為に人が出入りを繰り返していた。
そこからス、と視線を流して行けば、そろそろ日暮れだというのに未だ
大通りには、子供同士が大きく手を振りながら「明日、また」とでも約束しているのか、楽しげに帰宅する姿があった。
(平和、だな)
皇帝が正式に廃され、「トゥルハン帝国」という国家は滅亡した。
新たな共和国が誕生し、国の代表には元革命軍のリーダーのひとりであった男が大統領となるらしい。
確かに、数日前に【革命】が成り、前日まで確かにあったはずのものが今日は失われているというのに、市井の暮らしは変わらなかった。
ただ、当たり前の――いつも通りの日常が、そこにあった。
(二年前――、)
否。
それよりも、もっと前――【黄金の鳥籠】にいた頃からか。
ずっと、こうなる日を夢見て、その為だけに生きてきた。
そのために、諦めたもの。
捨てたこと。
数え始めたらキリがない程、ありとあらゆるものを失ってきた。
(でも)
ついに、この日がやってきた。
最後の皇帝として、国を終わらせる。
その日がついに、やってきた。
自分の思い描いた通りの終わり方で。
「陛下?」
目の前を行くユーフスが、足を止め周囲へと
「ユーフス。俺はもう『陛下』じゃない」
皇帝位は、剥奪された。
この国は、既に帝国ではなくなったのだ。
「はい。ですが、俺としては今までも、これからもずっと皇帝陛下はルトフィー陛下、ただおひとりなので、特に違和感はないです」
それは、二年前の政変の時と同じ言の葉。
初めて出会ったころより変わらない生真面目なその発言に、ルトフィーは今度こそ堪えきれないように破顔した。
「ふはっ、よっく言うぜ。お前、新しい共和国の中枢に選ばれてるんだろ?」
「彼らに、ウェネト共和国との
「そりゃウェネト・
「まぁ、実際やり取りするのはナクシディルなんですが。それに、あっちとしても新しく出来た共和国とのやり取りがスムーズなのは有り難い話でしょうし……だからこそ、その対価として、ルトフィーさまの亡命を快く受け入れてくれたわけで」
「そう、だな」
一昔前の【革命】と言えば、血生臭さが付きまとうものであったが、近年人権などというものが世界中で幅を利かせるようになり、その結果ルトフィーの身柄も処刑ではなく、追放という形になった。
曲がりなりにも、一代国家の皇帝であった人物に対する敬意を、革命軍――「共和国政府」の面々は持ち合わせていたらしい。
(いや、違うか。恐らく、ユーフス達がそうなるようにしてくれたんだろうな)
ユーフスだけではなく、新政府の中枢入りする面々はかつてのトゥルハン帝国高官たちの名が少なくない数、上げられている。
「じゃあ、そろそろ……行くか」
ユーフスの案内に従い、ルトフィーは再びと歩を道へ落として行く。向かう先は、密かに手配された亡命用の船が止まる入り江。人目を避けるように足早に辿り着いたその場所で、ひとつの影を見止めた青年は、ヒュ、と息を小さく呑んだ。
足下で
かつて自身がこの国と引き換えに諦めた少女が――。
そこに、いた。
喉元まで競り上がる感情に、呑み込んだ息が、音を探すように胸の中で泳ぐ。
「……ヒュマ、シャ」
ようやく紡いだ声は掠れており、潮風に攫われ溶けた。
けれど、その声が聞えたのか、橙色に染まった夕焼けの世界で少女はまるで花がほころぶように、頬を咲かせた。
「
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