3-11 ☆

「……せっかく、身綺麗な状態で、逃がしてやりたいって思ってたってのに……」


 長衣カフタンの中へと閉じ込められたヒュマシャの頭上から、どこか恨めしげな感情を滲ませている青年の声が振ってくる。

 彼の背へと回していた腕を解き、硬い胸元へと寄せていた頬を離しながら、ちらりとおもてを向ければ、その声音通りのルトフィーの姿があった。「身綺麗な状態で逃がしてやりたい」と思うほどの存在を、抱きしめているとは思えないほどの苦渋に満ちた表情に、ヒュマシャは思わず笑いを弾く。


思ってた・・・・って過去形なら、いまはそうじゃないんでしょ? じゃ、いいじゃない」

「お前な……、俺がどんだけ我慢してたか……っ」


 あの浴場ハレムでの一件以降、妙にギクシャクしたふたりの距離は、その後、彼に詰め寄った事で一見修復されたかのように思えたが、その実、以前交わしていたような口吻けなどの触れ合いは一切なくなった。

 勿論、それは皇帝スルタンに復位しても、後宮ハレムはもう持たない、ヒュマシャを側室イクバルとする事はない――という前提を踏まえた上での修復だった為、当たり前と言えばそうなのかもしれないが。

 抱擁も、「ごめん」の声と共に触れたのが、最後である。

 相変わらず同じ部屋で寝泊まりし、時間を共にはしてきたので、健康な成人男性であるルトフィーからすると軽い拷問に近い生活だったのかもしれない。

 ――けれど。


「我慢なら、あたしだって……してたわよ」


 触れたかった。

 指に、手に、腕に、髪に、口唇に。

 抱きしめたかった。

 抱きしめて、欲しかった。


(でも)


 自分から迫っていても、やはり気恥ずかしいものは気恥ずかしい。

 ぷいっ、と拗ねたように視線を横へと流しながらヒュマシャが唇の先を尖らせると、一瞬の間を置いた後、「はぁ~」と長いため息と共に、かくん、と青年のおもてが少女の肩口へと落とされた。


「……お前、これ以上はないくらい図々しいくせに……ズルいだろ、それは……」

「な、何がズルいのよ……。だ、だって、自分で……、言ってて、は、恥ずかしいんだから、仕方ないじゃない……っ! それとも、言葉にせずに、あたしから迫ればいいわけ!?」


 肩口に圧し掛かる彼の髪が、吐息が、肌に触れるたび思わず声が上擦る。

 それは、あの日、浴場で自分が零した甘い声とどこか似ていて――。


(ちょ、なんか恥ずかしい……っ)


 照れ隠しにも似た感情で、よくわからない詰め寄り方をしてしまう。

 逃げるように逸らしていた睫毛の先を、ゆるゆると肩口に伏しているルトフィーへと向けると、榛色ヘーゼルの瞳もまた、真っすぐ自身を捉えていた。

 少女の藍晶石カイヤナイトが、吸い込まれるように、囚われる。


「アホか」


 青年は顔を持ち上げると、ふ、と戯言めいた笑いを唇の端に滲ませた。

 シュル、と頭布ターバンを解き、絨毯の上へと音もなく落としていく。橙の装飾ランプの灯りに照らされた彼の栗色ブリュネットの髪が、その輪郭を黄金ブロンドに染めていた。

 ス、とルトフィーの手のひらが、少女の白磁の頬へと触れる。ヒュマシャは小さく肩を揺らしながら、一瞬それへと視線を這わせ、ゆっくりと再び睫毛を持ち上げた。

 その、瞬間。


「――俺に、抱かせろ」


 低い声と共に、頬へ触れていた指が、半ば強引におとがいへかけられ上向かされた。あ、と思った時には眼前に青年の顔があり、そのまま噛みつかれるように口吻けられる。

 ふわ、と鼻腔を擽るのは、柑橘系の――彼の、におい。


「ん……ッ、ぅん……」


 開いた口唇へと、するり舌が忍び込んできた。

 歯列を撫ぜられ、熱を絡みつかせるように、口内を掻き混ぜられる。舌と舌が触れ合うたびに、水音が耳朶を舐める。

 粘膜同士が擦れ合うその音と、どこか酸欠にも似た陶酔感に、まぶたにとろりと悦楽が落ちてきた。そのくせ、胸の裡はバクバクと心臓が大きな音を立てており、いまにもそこから飛び出して行きそうだ。


「ぁ、……ふ、ぅ……んッ」


 気づけばヒュマシャの細腕はルトフィーの首へと回されており、頬に触れていたはずの彼の手は少女の金糸の中へと埋もれていく。ぱさ、と音を立てて落ちたのは、少女の髪を纏めていたはずの頭布。

 その中にしまわれていた金糸が、ふわ、と薔薇のにおいと共に宙に散った。

 同時に滑り落ちるように、少女の長衣が頭布の後を追う。

 ざりざりと、髪の掻き分けていく指の腹が、ぶわ、と熱を孕み火照るうなじへと辿り着くと同時に、ルトフィーのもう片方の腕が、ヒュマシャの細腰へと回された。ふわりとした長衣の中に閉じ込められた少女の口唇と、彼のそれが、吐息の合間に僅かに離れる。

 ツ、と糸を引いた唾液が、ぷつ、と途切れた。

 軽く乱れた互いの息を追うように、再びちゅ、と口唇が触れ合って、少女の痩躯は彼の腕の中に捉えられたまま、ゆっくりと絨毯の上へと押し倒される。上から覆いかぶさってくる心地いい重みに、ヒュマシャの身体の一番深いところが熱を帯びた。

 軽く足を動かせば、その付け根はすでに濡れており湿りをはっきり自覚できる。


(キスだけで、こんな濡れるんだ……)


 初めて彼に出会った時が嘘のようだ。

 欲の滲んだ愛撫でなかったとはいえ、身体中を触られたのに、一切反応しなかった青い身体が、いまはこんなに熟れている。

 自分だけこんなに早々に反応しているのかと思ったが、先ほどから太ももに当たっている硬いモノの正体は、言わずと知れた男性の楔なのだろう。

 時々、ぐり、と押し付けられるたびに、眼前の青年の眉が、悦楽に歪む。


「わざと、当ててる」


 何となくどう反応すればいいのかと気まずそうにしていたヒュマシャへと、ルトフィーが意地悪そうな色を宿した瞳でニ、と笑った。


「……揶揄ってるでしょ、絶対……」

「ふはっ、揶揄ってはないけど、反応は見て楽しんでるな」

「それを揶揄ってるって言うのよっ」


 軽く唇を吐き出して抗議する少女へと、ちゅ、と青年の影が落ちてきた。重なった双眸が、次の瞬間、互いに零した笑みに溶ける。

 ちゅ、ちゅ、ちゅ、と何度も何度も濡れた響く中、次第に口吻けの深さが濃くなっていく。柔らかな舌を絡めていると、青年の手のひらがゆっくりと細い少女の身体の線をなぞる様に這っていく。

 長衣の下に着ていた夜着の腰紐サッシュが解かれ、ふるっ、と晒されるのは、決して大きいとは言えない胸。寝ころんでいるため、ただでさえ心許ないそこの肉の大半が横に流れてしまっている。


「迫るとか、大事おおごと言ったくせに、このサイズでごめん……」


 ヒュマシャは自分が嫌いではないし、自己肯定感も低くはないが、それでも可哀想な胸という事実は事実である。


「アホか。ちょっと理性がトビそうなくらいヤバいっての」


 白い肌を舐める指が、柔らかな双丘をこねるように揉み始めた。

 たゆ、たゆ、とささやかなその丘が、彼の手の中で形を変える。


「この、柔らかさとか……」

「ぁ……ふ、ァ……」


 そして、淡く色づいた頂きを、指の腹でくり、と潰された。


「こんな、敏感なのとか……」

「ンッ、ア……ッ」


 甘い疼きが、触れられた場所から身体全身に痺れのように広がっていく。


「たまんないけどな」


 彼の口吻けは、気づけば頬、首筋へと下りていき、指でいじられているのとは逆の胸の頂きへと至る。ぬるりとした柔らかな感触の後、舌先で擽られるように転がされ、少女の身体が甘い快感にビクッ、と大きく震えた。


「ぁッ、ア……、ン……ッ」


 胸を嬲る青年の息が荒く、榛色の瞳はすでに欲の色に染まっている。

 太ももに楔を押し付けられている頻度が、浴場での戯れよりも明らかに多い。ぐ、と当てられた瞬間、切なげに眉を顰めているので、恐らくその行為は気持ちがいいのだろう。


(って、ちょっと待って……。あたしばっかり蕩けさせられてていいわけなくない!?)


 後宮に入る前、散々仕込まれた夜伽作法に閨房技術。

 なし崩し的に始まってしまったのでいまさら夜伽作法もクソもないが、少なくともあそこで学んだ閨の技術は、いま発揮されるべきものではないのか。


「は、ン……ぁ、ちょ、と……! ルトフィー、まっ……待ってってば!!」

「なんだよ?」

「ンぁっ……そこで喋んないでっ」


 すでにぷっくりと膨らんだその頂きを口唇に食みながら喋るルトフィーの顔をそこから離させ、ヒュマシャはごくりと一度、唾を飲み込んだ。


「ね、ねぇ。あたし、何もしなくて……いいの?」

「何もって……なにが?」

「だって、教本には、寝所に侍った時は、皇帝を悦ばせる事だけに努めなさいって書かれてたわ」


 残念ながら、胸を使って愉しませる事は出来そうにないが、口淫なら嫌と言うほど模造品を使って練習してきた。後宮に入る女はみんな処女である事が絶対条件であるが、そのくせ経験もないくせに全員ある程度の床上手という、ある意味男の理想が詰まった存在である。

 閨の中では皇帝の望むことをするようにと教育されていただけに、このまま自分ばかり快楽に揺蕩っていていいものか。


(まぁ勿論、皇帝陛下によってその辺りのお好みは違うとは聞いたけど……)


 でもああして勃ち上がったモノを押し付けているのだから、彼もきっと快楽を得たいのではないか。


「アホ」


 そうを訊ねると、ルトフィーから呆れかえった声が返される。


「望むままに、って言われたんだろ。だったら、このままでいい」

「そう、だけど。でも……」

「あー、もううっさいな。黙れ」


 離れていた口唇が、やや乱暴に重なってくる。


「俺が、抱きたいんだよ」


 吐息を多分に含んだ声音が、少女のいうよう口唇の上で紡がれた。眼前で、欲の滲む榛色と少女の瞳が交わり合う。

 そしてそれ以上の戯言はいらないと言うように、双丘の飾りを弄んでいた指が、す、と肩へと一度這わされ、夜着の袖を抜いた。その後、下へ伸ばされた指先は、脚の線を確かめるように足首からふくらはぎ、膝小僧、その裏へとツゥ、と滑っていく。


「……ふっ……、ァ……っ」


 ゾクゾク、と、くすぐったさとも快感ともつかない感覚が、背筋を舐めるように上がっていった。下腹部がきゅう、と疼く。中で、とろぉり、蜜がしたたり落ちるような感覚を陥った。

 ルトフィーは、「は……ッ」と荒い息をひとつ吐くと、そのまま少女の内腿を抱えるように膝を割る。ぐ、と抱えられた膝小僧が薄い腹の方へと押し付けられた。

 そして彼は、少女の肌を蹂躙していた節ばった指を、秘所へと差し入れる。一切のムダ毛を処理されたそこは、何の抵抗もなくニチャ、という粘度の高い水音と共に指を受け入れた。

 同時に、先ほどから疼いて仕方のなかった花弁に、甘い痺れが走った。


「……ァ、ん……ッ」

「は……すげ、濡れてる」


 指は花弁の中に挿入はいってこずに、蜜を孕んだそこを、指の腹で舐め上げるように上下に動いている。くちゅ、くちゅ、と濡れた音と共に、ジンジンと鋭い快楽が生まれては散り、散っては生まれた。


「ア、は……ぁあ、んぁ、ヤ、ん……んっ! ぁあんッ」


 もっと色っぽく艶っぽく、誘うような甘い喘ぎ声の練習さえしたのに、実践では何の役にも立たない事を、身をもって思い知る。自分が、どんな声を出しているのかわからない。ただただ、与えられる悦楽に、酔う事しか出来ない。

 もっとその甘い刺激が欲しくて、知らず少女の細い腰が浮き上がる。すると、花弁を舐めていた指がその中央へとぐ、と差し込まれ、ピリ、とした小さな痛みが生まれた。


「ん……っ」


 愉悦に寄せられていた眉根に、僅かに苦痛が滲んだのか。膣中へと差し込まれていた指が、それ以上進むことなくぴたりと止まる。


「……痛いか?」

「ん……、いまは、そんな痛くはないけど……」


 でも、先ほどまで与えられていた気持ちよさはなく、異物感が腹部を埋めている。ルトフィーは、荒い息をもう一度吐くと、下唇を一度噛んだ。そして、秘所に指を差し入れたままの状態で、その僅か上にある小さな花芯を親指の腹でぐに、と押し潰す。


「……ッ!! ひぁあアあァッ!!」


 刹那、ビリ、と電気が走ったかのような鋭い快感に、ヒュマシャの背が弓なりに撓った。逃げるように腰を引いた少女へと、青年は足を抱えた腕を、細腰へと回してくる。

 とろ、と一瞬で零れ落ちた蜜を親指に絡ませ、花芯を引っ掻くように花弁を上下させながら、濡れた膣をひろげるように掻き混ぜた。


「や、ぁ……っ、アぁあァっ、んぁっ、は……ぁンッ」


 チュク、チュク、と淫靡な音に鼓膜をも犯され、腹の中の指の違和感は悦楽の淵へと流されていく。寄せては引く波のような甘さにただただ酔っていると、「は……ッ」と再び青年が荒い息を吐いた。


「悪い……、俺が、もう限界……っ」


 挿入いれさせてくれ。

 そう言った彼の瞳は、情欲に濡れ切っている。

 ヒュマシャが軽く顎を引くと、青年は秘部に収めていた自身の指を抜き取り、そこに絡みついた蜜をぺろりと舐めた。やや乱暴に、長衣を脱ぎ、夜着の腰紐を解く。シュル、という衣擦れの音と共に、ふわ、と柑橘のにおいが舞った。

 ちら、と下腹部へと視線を向ければ、天を衝く熱を片手で御しながら、少女の秘部へとそれを収めようとする、青年の姿。

 歪な形をした先端が、くちゅり、濡れた花弁に口吻け――そして。


「ンッ、ア……ぁ……ア、ッ!!」


 脳髄まで甘く痺れるような先ほどまでの快楽とは全く違う、ただただ熱い質量が、差し込まれた。あれほど濡れていたというのに、蜜が潤滑剤になる様子は全くなく、ただただ重しのような痛みが下腹部を焼く。


(……想像以上に、痛い……)


 痛いと言うより、むしろ重い。

 熱くて重い、鈍痛だ。

 耐えきれず、思わず縋った青年の腕に、少女の爪が立てられた。


「……ッ」


 声なき呻きに、痛みに耐える為にぎゅっと閉じていた瞼を持ち上げれば、下唇を噛み締め、眉根を苦しげに寄せたルトフィーのおもてがあった。少し癖のある前髪が揺れる額には、汗が滲んでおり、日頃どこか甘さを含んでいる垂れ目がその眦をやや鋭くしている。


「……だい、じょうぶ?」


 自身同様に、彼も痛いのではないか。

 そう思いかけた声は、自分の想像以上に掠れていた。


「いたい?」

「……いや……俺は、痛くは……ないな」

「くるしそう、だけど……」

「……ほっとけ……めちゃくちゃ気持ちいいんだよ」

「……っ! そ、そう……」

「ば……、締めんな……っ!」


 女にとって、好きな男が自分の身体で気持ちよくなってくれる事ほどの快楽など、この世にないのではないか。先ほどまで翻弄されていた熱よりも、何倍も幸福度の高い愉悦がビリビリとうなじに痺れを走らせる。


「ルトフィー」


 自身を組み敷くいとおしい青年の名を、呼ぶ。

 知らず、ツ、と双眸から、雫が一筋流れ落ちた。

 青年ののどぼとけが上下するのへ、ほっと頬に笑みを滲ませる。


「すきだよ」

 

 たぶん、ずっとこれからも――。

 掠れ声でそう呟けば、切なげに寄せられていた彼の眉間が一層濃く皺を刻んだ。


「……ッ、悪い、もう動く……っ」


 ぐい、と突然押し込まれた腰が、次の瞬間には荒々しく引いて行き――そして再び忙しなく押し戻ってくる。痛みというよりも、ただひたすら重いその感覚に、揺さぶられた痩躯はただただ吐息混じりの喘ぎを繰り返した。

 パタタ、と少女の頬に落ちてくるのは、青年の汗。

 何かに耐えるように寄せられた彼の眉根は、切なさばかりが滲んでいる。


「ヒュマシャ……ッ」

「んッ、ァ……、っ、ア……ぅあ……っ」


 数回繰り返された、その波のような熱の行き来は、「もぅ、出る……ッ」という低い呻きと共に終わりを迎える。頭上で、荒い呼吸を繰り返す青年の身体が、やがてくたりと落ちてきて、少女は受け止めるように彼の背へと腕を回した。

 肩口に顔を埋めていた青年へと、ちらり、視線を這わせれば、榛色の瞳が向けられている。

 どちらからともなく、口唇が寄せ合い――そして。

 貪るように舌を這わせ、吐息を絡ませ、再び互いの身体を求め始める。

 愉悦の波が、再び肌を震わせた。

 溺れるように甘い時間を揺蕩う少女の頬に、ツ、と涙が流れ落ちる。

 これが最後と知りながら、その夜、互いの口を塞ぐように幾度も幾度も、求め合った。


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