P3-中の人の決断

本編に入れることができなかったエピソードを一つ紹介します。

時系列的には『―5― 裏返った砂時計』の初めの頃です。

(フィクション成分 10%未満)

―――――――――――――――



夕食後に、自宅のお気に入りの椅子に身体を沈めて夕端末を確認してみると、連絡用に使っていたSNSの鍵アカウント(指定した人しか見れないアカウント)に、涼音の呟きが届いていた。


――――――――――

さびしい

いたい

かなしい

……なれたら

つらくない?


いない いない

わたしのそばにはだれもいない

いない いない

どうしていない?

いない いない……

またみんな いない いない

わたいはいつも

ひとりぼっち


最寄り駅

――――――――――


どうやら帰宅する電車の中で投稿していたらしい。

これだけでは、まだ何が起きているのか判らなかった。

その後に少し時間を置いて投稿が続いている。


――――――――――

「大丈夫」

「みんないるよ」

「少し、離れるだけだから」

「今だけは隠れさせて……」

「そうじゃなきゃ主はいつまで経っても」

「強くなれでぇだろ」

「逃げちゃダメだよ」

「ほら、前むいて」

「向き合ってくれる人と向き合わなきゃ」

――――――――――


同じ涼音からの投稿だけど、これは中の人(別人格)達が交代しながら涼音にメッセージとして書いたものなのだろう事は、すぐに察することができた。……そしてその状況も同時に察する事ができた。

中の人達は、僕が涼音に言い続けていた事を理解してたのだ。それは、逃げないで自分で受け止めなきゃならないってこと。だから中の人達は自分達が隠れる事で、涼音が強くなる事、そして僕とちゃんと向き合えという事なのだろう。


本当に涼音の中の人達は、良い人ばかり。みんなで涼音を支えようとしているんだね。



また時間を置いて投稿が続いている。


――――――――――

やけに中が静かだ。

……まるで、最初から誰もいなかったみたいに。

そっか、私はもう、独りなのか……。

――――――――――


彼女は中の人がいることを『頭の中が騒がしい』と言っていたけれど、孤独な彼女にとってそれは孤独を埋めるもの、イマジナリーフレンドでもあったのだろう。


――――――――――

……私は誰?

……私はどうしてここにいるの?

――――――――――


この一連のメッセージを投稿の初めの頃から? あるいは、この辺でかな?

彼女は孤独感の中で解離していたのかもしれない。

あるいは、何度かあった記憶喪失みたいな人格が表に出てきていたのかもしれなし。



投稿は19時前くらいだから、すでに2時間くらい経っている。

心配になって音声チャットを接続すると、少し元気がないだけで涼音だった。

投稿されていた通りに、誰の存在も感じないのだという。


「みんな、涼音の為を思って隠れたんだよ。」

「……そうかな? 私は中の人にまで置いてかれちゃったのかと……。」

「みんな涼音の事をちゃんと考えて、隠れただけだよ。」

「そうかな……。」


そして、この後の1週間くらい、中の人達が表に出てくることはなかった。

結果的には、孤独感から彼女は僕以外を求めることになってしまったのだけれどね。


―fin



――――――――――――――

この時の涼音の孤独感は想像を絶するものだったと思う。

だけど、涼音のことを思ってこんな行動をする中の人達を、愛しく思う。

やっぱり、私は中の人達のことが大好きです。


こんな人達だから、もしこの先に涼音が医師を信頼して医療行為を受けたしたら、中の人達は、医師の説得に応じて、涼音の中に融合することを選ぶような気がします。


私の本音では、中の人達に消えて欲しくないのだけれど……。それは消えるんじゃなくて、本来の場所に帰るんだって考えなきゃいけないのでしょうね。

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