52-僕は浮気者

 月乃と状況確認をすすめていくと、桜花やピュアも行方不明らしい。

 やはり、二人は涼音と密接な関係にあるということなのだろう。どちらも涼音本体と共有するものが他の人格とは違って多いのだから。


「しかたがありませんね、明日のお仕事は私と月斗でやってきます。」

「それしかないよね、よろしく頼むよ。」


 お仕事に対応できるの別人格は月乃、月斗、桜花そしてピュアの4人しかいないのだから、これ以外の選択肢ははじめからなかった。

 そして僕は翌日涼音の元へ行く事に月乃と相談して決めていた。

 僕がいたからといって何か具体的に何かできるという訳ではないけれど、それでも近くにして応援したいのだ。


 その夜は、「明日仕事行きますので早めに寝ますね」と月乃が眠った後は何も出てこなかった。

 記憶の断片すら出て来なかった。当然の事なのだろうけど、記憶の断片は涼音と強く繋がってるってことね。




 翌日夕方


 品川駅で待っていると、無彩色のビジネススーツを着たロングヘアの小さい女の子がJRの改札から吐き出されてくる。

 彼女と目が合うと一瞬だけ笑顔になり、またすぐに無機質な表情で真っ直ぐ僕の方へ歩いてくる。


 目の前で立ち止まった彼女の頭をポンポンと2度軽く撫ででします。

 目の前に立たれると、身長の差から彼女の頭が斜め下に見えてしまい、条件反射のように頭に手を持って行ってしまうのだ。


「おつかれさま」

 彼女から仕事用の重い大きなバッグを受け取る。これも条件反射みたいになっている。


「ありがとうございます、本当に来てくれるとは……。」

「何を今更、僕は有言実行なの。今までだってそうでしょう。」

「あなたはそうでしたね。」

 一瞬彼女の表情が緩み、呆れたような顔にも見えた。


「えっと、月乃さんだよね?」

「はい、月乃です。ごめんなさいね。」

「いや、謝る事じゃないから……。」


 二人は手を繋いで赤い電車に乗っていった。運よく座れた座席で彼女は僕の手を握り続けていた。


 月乃を二人でこうして帰るのは久しぶりのこと、それなのに違和感とかは感じない。

 そして、月乃のようにクールな人、明確に距離感を提示してくれるので、僕にとっては話しやすい存在でもあるのだ。今となっては月乃のブレない一貫性……『同一性』って言葉でもいいかもしれない。これがとっても安心できる。


 それは裏を返せば、同一性を保てない涼音に対して不安が育ってるということ。


 ふっと、涼音と初めて直接会った日の自分の気持ちを思い出していた。

 あの時の僕は涼音を見て安堵していた、この人とは恋愛とか面倒なことにはならないとね。趣味の違いなど、自分の世界とは違う世界の住人だと感じだからだ。

 それが今は恋愛なのかどうかよくわからない関係になっている。僕をこちら側に引き寄せたのは、二人で同じ空間にずっと一緒に居ても苦痛にならない居心地の良さだった。


 もしあの時に現れたのが月乃だったら、月乃が主人格だったのなら……。僕は違った形でこの女性を好きになっていたかもしれない。

 僕が尊重する自分の世界とは、フラフラしないもの。長期的には変化(成長)したとしても、短期間にコロコロ変ってしまうものではない。


 月乃の安定感は、僕を安心させてくれる。……ありえないIFだけどね。

 第一、月乃の性格なら何があっても、よく知らない第三者(僕)に頼ってくるような事はないだろう。月乃は涼音以上に頑固なのだ。


 今日は生米の駅になっても涼音は覚醒してこなかった。……アタリマエ。

 今の彼女はバラバラになった小さい欠片を修復してる途中なのだから。


 


 食事を済ませて部屋に戻ると、彼女は涼音のように床に座り込んだ。

 月乃にとっては慣れない仕事、涼音以上に疲れているのだろう。


「お疲れさま、月乃」

 僕は床に座り込んだ彼女を抱きしめた後で、身体を横にさせて僕の膝枕に頭を載せた。彼女は何の抵抗もなく、僕の膝の上で目を閉じる。


 眠る彼女に何度か耳元で声をかける。

「涼音、早く戻っておいで。」

 これがどう影響するかは判らない。けれども、僕の声が彼女に何らかの影響を与えていた事は承知しているから、早く涼音に元通りになって欲しいという祈りを込めた呪文のようなものかもしれない。



 彼女は1時間くらいで目を覚ました。もちろん月乃ままです。

 状況を聞いてみると、由比とましろを解放して涼音の修復を手伝わせているらしい。

 ちょっとえぐいのだけれど……、バラバラになった身体をペタペタ張り合わせして修復してるらしい。


「由比、おつかれさま。」

「お父さん、来てくれてありがとうー 由比がんばってるよー!」

「そりゃ由比達がバラバラにしたんだから、頑張ってもらわなきゃだよ。」

「そうなんだけどさー。……ぎゃははは!」

「どうしたの?」

「今、あるじの背中に足くっつけちゃってさ。おかしくて。……ぎゃははは」

「おいおい、ちゃんと元通りにしてくれるんだろうな?」

「大丈夫だよー!パーツは全部あると思うし。」


 頭の中で起きてるだろう事を想像すると、かなりえぐい画像が浮かぶ。

 人格の修復ってこんなのなのでしょうか?……そうなのでしょうね、少なくとも今の涼音の中ではそうなのでしょう。

 かなりえぐい状況っぽいけど、一応は急ピッチで涼音の修復が行われているらしい。


 

 一方で、記憶を管理してる刻美は機嫌が悪かった。

「もう!またバラバラになってるし、もういい加減にしてよね!」

「ごめんね、今回は僕が原因みたいなものだから……。」

「あなたに文句言ってもしかたないから、いいよ。」

「鏡は話聞いてくれないし、あなたくらいしか愚痴言えないのよ。」

「……そういうものですか……。」


 鏡の奴が笑って後ろで見ていそうでシャクに障る。

 そのうち出てきて、「貴方がいると面白い、フフ」とか言い出すのが目に見える。

 あいつは裏人格とか自分はオリジナルとか言うけど、肝心な時に何もしてないよな。……いや、鏡はいつだって何してるのかわからないのだ。

 ……そのうち僕が鏡に愚痴攻撃してやる!





 僕には涼音の修復にどれだけの時間がかかるのか全く判らなかったのだけど、意外にもその修復速度は早いものだった。


 夜11時頃には、まずピュアが覚醒した。

 涼音から嫌な記憶を全て取り除いたような存在がピュア。

 なんか身体が継ぎ接ぎみたいになっていて、悲しいと言う。涼音と一緒にバラバラになっていたのね。突貫工事で作業が行われてるらしくて、さっきの背中に足とまでは行かなくても身体の取り付け具合が変だと言う。そして現在は上半身しかないのだと。正直、映像としては想像したくないです。


 これは後で聞いた話なのだけれど、刻美が僕にはそれが良いだろうと気を利かせて、ピュアの記憶を最初に再構成したらしい。

 確かに僕にとってピュアは癒しの存在だから、ありがたいです。


 ……なんか、僕の趣味とか好みが、中の人達にバレバレになってる気がしないでもないけどね。



 ピュアは覚醒して少し甘えた後、ハッと何かを思い出したかのように少し離れた所にあった携帯端末を手にとり、操作しはじめる。

 真剣な眼差しで画面を見つめて、一心不乱に操作を続けていた。


 はじめは、涼音のプライバシーだから思って遠くから眺めてるだけだったけど、あまりに長い時間真剣に操作を続けているので画面を覗き込んでみる。


 すると、彼女はいつくかの連作先をブロック処理、いつくかのSNSからの退会処理をしていた。その中にはピンク色の画面でいかにもアダルト系の出会い系SNSも含まれていた。


 彼女は、それらの内容をすごい勢いで確認しては、退会処理などを行っている。

「こんなのまでやっていたのか……。」

「ハイ。見られちゃいましたね、恥ずかしいです。……嫌になっちゃいますよね。」

 正直なところ、僕は若干のショックだったけれども、それをピュアが一生懸命消してる状態。月乃などの別人格は、きっと主のプライバシーだといって手を付けない部分だろうけど、ピュアは記憶の一部が違うだけで涼音なのだ……、限りなく自分に近い存在がやっていることが許せなくて行動を起こしてるのだろう。

 ……僕には、いろいろと複雑な想いが生じる。


 これは窒息してたからだけじゃないよね、きっとティアも影響してるのだと思う。

  これは考えてみれば、すぐに理解できる。

 以前のティアは自分の周囲から人が離れて行く事に強い抵抗を示した。

 ティアが消失して戻ってみたら、自分の近くにいたのは僕だけだった。

 そのたった一人の僕もずっと彼女と一緒にいるわけじゃない。

 ……人恋しいティアは多くの人と繋がることをの望んで影響を及ぼしてるのだろうと思える。


 この時はまだティアの復活以外の要因……、もう一つの大きな要因に考えがまわっていなっかった。



 ピュアに甘えていた時に、それは不意に聞こえた。

「どうせそのままピュアが良いんでしょう!」


 それは一言だけで、その後もピュアとは話し続けた。

 空耳?いや絶対違うと思う、あの口調と声は涼音だったと思う。

 ……もちろん、涼音の修復はまだ終わっていなかった。



 深夜には桜花も覚醒してきた。

「のーん!」


「桜花おかえり。……ところで『のーん』っていつから日本では挨拶言葉になったんだ?」


「のーん、そういうことは、どうでもいいのーん。」

「大丈夫か?頭の中に脳みその代わりに胃袋でも突っ込まれたのか?」

「のーん!私は身体はバラバラになってないから大丈夫、いつもの賢い桜花のーん!」

 信じていいのだろうか?いや確かに桜花は以前からこんなだった、きっと生まれた時からこんななんだ。


「そういえば、最近はSOA(ゲーム)あまりしないから、桜花の出番減ってたんじゃないのか?」

「大丈夫のーん、そこそこ桜花も働いてるのーん!。」

「それなら良かった、必要なくなって消えたら寂しいからね。」


 桜花は桜花で、その脳天気な明るさと性格が一定していることに、僕は安心していた。けれど、桜花の働いてる先がSNS系のネットコミュニケーションのような気がして、やはり複雑な気持ちになる。



 結局、その日はそこまでだったけれど、思ったより早く修復は進んでいると思える。その夜も記憶の断片達は現れなかった。




 土曜日午前中。目覚めたのはピュアだった。


 涼音が覚醒してない状態ではピュアが主人格のようなものかもしれない。

 彼女も記憶の差違により性格とか考え方が違うけど涼音なんだよね。


 今日はお天気が良いらしく、暑くて目が覚めた二人。

 南に面したザラザラした曇りガラスは、日に当たる雪原のようにキラキラと輝いていてとっても綺麗。

 エアコンが効いてきた心地良い空気の中で二人はくつろいでいる。


 遅めの朝となった二人は、いつものテーブルでミルクティをまったり飲んでいた。

 涼音との時は、僕が朝のお茶を入れる役割なのだけれど、ピュアの時は彼女がお茶を準備して入れてくれる。



 初めてピュアが現れた時は、ピュアの素直さや純粋さを守りたいと思ったし好きだと思えたけれど、この汚い社会に放り出して傷付くことを恐れて、本来の涼音を求めた。その後に涼音の代わりに仕事をしてきた彼女の強さに驚いたりもした。


 その存在の在り方が特殊故、僕はピュアを頻繁に呼び出す事を避けていたのだけれども、本当はピュアを好きになってしまう事を恐れていたのだろう事は、今はよくわかる。

 ピュアの存在は、社会の汚さに諦めていた自分にとっては一つの理想かもしれない。少なくとも、涼音本体より、その倫理観は僕が理想として考えているものに近い。

 百歩譲って、僕の存在がありがならナンパされて、口でしてくる、なんて事はしない人格だと思う。……それは昨夜の行動を見ても明らかだろう。


 正直に言えば、僕の幼い頃からの理想は月乃タイプ、そしてタイプはまるで正反対のような感じもするけど、ピュアと一緒にいたら恋に落ちる気がする。

 いや、ピュアは僕のことを、主人格や別の人格の想い人ではなく、自分が付き合っている彼だという認識でいる。


 月乃はどんなに仲良くしようとも、涼音(主)の想い人だという事で一線を引いてくれるから、僕も同様に線を引ける。

 でもピュアとの間にそうした隔てる理由はない。ピュアは持ってる記憶が違うだけ。ピュアは涼音なのだから。


 ……だからこそ、ピュアは頻繁に呼び出すことを恐れていた。いや、避けていた。


 これは浮気なのだろうか?……主の一貫性が云々より、まず自分の一貫性がどうなのって疑いたくなるレベル?。

 でも、月乃もピュアも結局は涼音なのだ……。

 涼音と一緒になるということは、その全てと一緒になるということ。


 以前に涼音は月乃と僕がイチャイチャしていたことを嫉妬した。


 ……本当に、多重人格の人と付き合っている人って、この辺の問題をどう解決してるのだろうか?……それとも、いつくかの人格に恋心を持ってしまうような浮気者は僕だけなのだろうか?


 恋愛のしかたを知らない僕がこんな事を考えるなんて……。思わず一人笑いしてしまった。

 そんな僕をピュアは不思議そうに眺めている。

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