51-理解できない
翌日、涼音の出勤に品川まで一緒に行って帰宅の途についている。
駅の中のコンビニで買い物をして、それぞれ向かう方向へお別れになる。
すごく悲しそうな顔をするので、人目も気にせず頭をポンポンしてから手を振ってホームへと向かった。
ちょっと記憶に残ってしまいそうな、彼女の悲しげな顔。
彼女は表情豊か……。考えてみたら人格によって若干表情も違うから、顔の筋肉も発達してるのかななんてバカな事を考えたりもしていた。
電車のガラス窓越しに見える風景は雨で滲んでいた。
7月か……早く梅雨あけないかな……。
夜には涼音がSOA(ゲーム)で召喚レイドを行う準備をしていた。
召喚レイドとは、モンスターを倒してると稀にドロップされる『魂の石』を使ってモンスターを召喚して戦うもの。
モンスターを1000体とか狩ってドロップされるレアな『魂の石』。
そこから召喚されるモンスターは強力で、ソロや人程度のパーティでは倒しきれずに、通常は24人という参加上限いっぱいに人を集めて戦う。
そして無事に倒せたら、参加者全員にランダムにレアアイテムがドロップされるという美味しい仕組み。
SOAでは、この『魂の石』レイド募集が頻繁に行われる。人気の個人イベントなのだ。パーティーが主催して開催することが多いけど、個人主催も珍しくない。
それは一期一会で他の参加者やパーティーの実力を計ったりできる出会いの場でもある。
そこでパーティーが実力者を勧誘したり、逆にパーティー参加を希望したり、あるいは個人のフレンド申請なども行われたりする。
好みのキャラとお友達になれるチャンスでもあるのだ。
可愛いかったり、カッコよかったりしてさらに実力が伴えば1度に10人以上からのフレンド申請があることも珍しくない。
悪趣味だとは思うのだけれど、今回涼音は新しく作った花衣(かい)というキャラで実験と称して男釣りをするつもりらしい。
通常は募集主がリーダーとなり、進行や作戦の大枠を決めるので、募集主のキャラは目にとまるし、そして声も全員が注意深く聞く事になる、可愛いくてイケボな募集主ならフレンド申請が大量に飛んでくることになるわけですけど……。
さて、僕は今回はサブアカウントで彼女の采配を見てみますか。
” 花衣:魂の石レイド募集!物理7魔法7回復3盾2支援4 ”
募集を呼びかける文字が全体チャットに表示される。
花衣は回復職だから77424か、2枚盾の標準的な構成ね。
僕は今回はサブアカウントなので魔法攻撃職で参加だ。
あっという間にメンバー枠は埋まり、花衣(涼音)がリーダーとしてほぼ定型文と化してる作戦と配置を説明する。女性キャラからの募集ということで、やはり集まったのは男性キャラが多い。
……花衣(涼音)声が気持ち悪いんですけど。僕が普通を知ってるからそう感じるのか、あからさまに作ったような声と話し方を正直気持ち悪いと感じてしまっていた。
実際に戦いが始まってからの指揮と立ち回りはさすがだね、モンスターの攻撃パターンを全て記憶してるに違いない。恐るべしチート級記憶能力。
実際のところ、キャラが違うとはいえ、僕が彼女のSOAのプレイを見るのは本当に久しぶりだった。……やっぱりプレイヤーとしての涼音は上手だなと改めて思える。僕も参加した盾の動きを見て勉強ね。
『魂の石』で召喚したモンスターは24人総がかかりで1体倒すのに30分くらいかかる。それを彼女が募集主として提供した石と、僕が提供した石、それから参加メンバーがさらに1個提供してモンスターは3体。約1時間半のプレイとなった。
「……それで、実験の結果はどうだった?」
SOA終了後に僕と涼音を音声チャットを接続していて、悪趣味な実験の結果を聞いていた。
「……フレンド申請が5人」
少し不満げな涼音の声。
「戦闘指揮がうまいから8人くらいがボーダラインだと思っていたけど、そこまでいかなかったか。」
「えー!男性多かったから10人くらい行くと思ってたのにー!。」
「だって話し方がなんか作ってるぽいというか、あざとさ感じたしね、ゲーマーってそういうの見抜くものだよ。たぶん普通に話してたらもう少し増えたかもね。」
「えー!!ぶーぶー!」
ゲーマーなんて長くやっていれば可愛いキャラなんて飽きる程見てるから、実際はあざとい作り込みや、つくったような話し方なんて簡単に見抜くんだよね。ベテラン揃いで危なげなくクリアできたけど、ベテランだからこそ場数が違う、簡単にキャラのわざとらしさを見抜いてしまうんだね。
「この実験を続けるなら、今度は普通の話し方でやってみるといいよ。」
「えー!つまらない!……もういいやこんなの。」
悪趣味な実験をしたかと思えば、この反応……、何なのだろう。
そして、この日以来彼女はまたSOAに興味を失ったようだった。
その日以後、夜は寝てばかりいる。帰宅してお風呂を済ませると眠りに入る、0時前後に少し起きるけど、またすぐに眠りに入る。
そんな生活パターンが続く事になっていった。
……かと言って、寝るのだから音声通話を切ろうかと提案すると、それはダメと拒否される。
結果的に、僕は毎晩あまり会話をする事もなく、彼女の寝息を数時間聞き続けるというパターンになっていた。
そして、週末が近づくと、日曜にお気に入りのバンドのライブに行くと言い出した。ライブに行くというのを止める理由もないし、息抜きにもなるだろうと考えて、 今週末は僕が涼音の元へ行くという定期便をとりやめることにする。
バンドのライブとか定番のデートコースのような気もするけど、二人の音楽の趣味が違うのは双方了解済みである。。
涼音が好きなのはロックとボカロが好き。僕はテクノ・クラッシック・ジャズを中心にポップスから演歌まで楽しめる。
ジャズやクラッシック……、テクノなんかもそうだけどインストルメント音楽を楽しめるようになると便利なことがある。
音楽をメロディや和声(和音)進行、楽器の音色やテクニックで楽しむ事ができるようになる。そうなると世の中の音楽のほぼ全てを楽しめたりする。歌詞が気に入らなきゃ声も楽器として頭の中で処理して聞いていたりする。
そう……、音楽なんて最新がどうのって言うけど、バッハの頃から大して進化してないのだ。
音楽の三大要素、『リズム・メロディ・ハーモニー』これの時間的進行、歌モノならこれに歌詞のメッセージ性とかが加わる程度、楽譜という不自由な音楽伝達言語を逆手に取った表現の幅、そして演奏のテクニックを含むグルーヴ感。そこに音楽の楽しみはある。ラップやヒップホップですらこの枠から抜け出せていない。
だから一緒にライブに行ったら、僕なりの楽しみ方で楽しめるとは思うのだけれどね。彼女の領域に踏み込みたく無いというのがあったかな。
『大好きな先輩が〇〇ってバンド好きだから、私も〇〇聞いて好きになる!』なんてベタな展開は好きじゃないんだ。……捻くれすぎですかね?
……そう、僕らはお互いの世界を持ち、不可侵が心地よい筈。そう思っていたのだけれど、それだけじゃなかったのかな、最近自分の気持ちが穏やかじゃない。
そもそもどうしてこうなった?
日曜日の夜
「こないだナンパして来た奴と会ってきたよ。」
……突然、そんな話を聞かされる僕の立場って一体!?
「ただ飯食べてきたの?」
「うん、食べたよー。 その後カラオケいってさ。」
そうだよね、ご飯だけで済むわけないよね。定番コースだよね。
「成り行きでさ、お口でアレしてきちゃったよ。アハハ!」
……コレ、僕は一体どう反応したらいいのだろう?。
正直に何でも言ってくれる……そういう問題?
「ふーん。」
冷静を装ってやっとひねり出した言葉。
「もう会わないよ、興味ないし。」
「ふーん。」
それって自分の行動や発言へのフォローなのでしょうか?
……だとしたら、そんなものほとんどフォローになってないからね。
「しかし、やっぱSTYLE4いいわー!」
彼女は気にすることもなく、ライブの感想で盛り上がっている。
そして、いつものように甘えてもくる。僕は半分上の空でそれを聞いていた。
何だろう、ほんの数週間前には感じなかった新たな不安と問題。
僕は彼女の行動を抑止したり禁止したりするつもりはない、でもこれはキツイな。
これがティアの影響力なのかな?美理はこんな涼音を望んでいたのか?
趣味が違うとかそういうレベルではなくて、もっと根本なところで考え方が違うような気がしてくる。
……判らない。
そんなこんなで、深夜に由比に愚痴ったりしていた。
由比の設定は15歳……、3年くらい存在しているから実質18歳くらいかな、そんな女の子に愚痴をこぼす33歳もどうかと思うけど、由比が一番話しやすいんだよね。具体的なことを言わなかったけど、最近の涼音が判らなくなってきてるってことを愚痴っていた。
そういう趣味はなかったと思っていたのだけれど……、女の子に慰められると癒されるね。
そして、僕のこの行動がまた事件を引き起こしていた。
ある夜、月乃が大慌てしながら出て来た。
「主がまた見当たりません!」
「また記憶喪失?」
「記憶というか、主の人格が見当たらないのです。何処に行ってしまったのか……」
「僕が呼びかけてみるよ。」
「お願いします。」
そして何度か呼びかけてみたけれども反応がない。
また長く覚醒を待つ夜になるのかとも思ったけど、今回はレギュラー人格達が皆元気にしているらしく、ただ一人でいつ覚醒するかわからない涼音を待つよりはマシ。
りさやましろも探してくれているらしい。
その時は1時間くらいで涼音が戻ってきた。
「月乃が涼音消えたって慌ててたけどどうしてたの?」
「由比んとこいた。」
「え?」
「由比に縛られて、由比の部屋に閉じ込められてたのー!。」
「そんなことできるの?」
「由比はあれでもいろいろすごいんだよ。」
まあ、美理と強い繋がりがあって何か特別な力があるような気はしていたけれども……涼音(主人格)を閉じ込めるなんて事ができるのね。少し意外な事だった。
「でもね、主人格(あるじ)舐めるなよ! って無理やり脱出してきたの。」
「……そうなんだ、とにかく無事で良かった。」
覚醒してからの涼音はいつも通り、半分眠り姫状態になっていった。
……覚醒してても由比に閉じ込められていても、あまり変わらない気がするのは気のせい?
後で由比に聞いたら、涼音が何か僕の嫌がるような事をしようとしていたから閉じ込めたのだとか。嫌がるような事……、詳しくは判らないけど何かのアカウント登録か、メッセージの交換だと思う。
そして、木曜日の夜にまた事件が起きた。
いつものように寝落ちした涼音の寝息を音声チャットで聞きながらパソコン作業をしていると、また月乃がでてきた。
「大変です、主が機能不全になりました。」
「はい!機能不全?」
『主が機能不全』って言葉を初めて聞いた。
以前から涼音の頭の中がマルチタスク(多重人格)パソコンみたいだなっては思っていたけど、本当に半導体で出来ていてプログラムが走っていたのだろうか?何かの機械みたいな表現だよね。
「……その……、主がましろに切り刻まれまして、バラバラです。」
「ええ!!」
「正確には、由比が主を捕まえて部屋に閉じ込めて、ましろが主をバラバラに切り刻みました。」
「それって大丈夫なの?」
「ですから機能不全です。元には戻ると思いますが……。少し時間がかかります。」
「ましろと由比は私が拘束しています。」
拘束という言葉から、月也を閉じ込めていた事を思い出した。
たぶん同じようにどこかに閉じ込められたのだろう。
「そういえば月也はどうすることにしたの?」
「……時々ですが、安全な時に私が見張ってる状況で外を見せて上げる事にしました。」
「そうか、少しでも外を見れるなら良かった、無理な提案を聞いてくれてありがとう。」
少しでも安全というのは、たぶん涼音の心理状態のことなんだろうな。
何にしても月也が自殺以外の事を見つけてくれたらいいなって思う。
「ましろと話しをしても良いかな。」
「……、しかたがありませんね、一時的に開放します。」
月乃さんって、まとめ役だとは聞いていたけれど看守みたいなこともしてるのね。
ロングヘアで長身だとは聞いていたけれど、看守の制服とかが似合いそうな気がしてきた。手にムチを持っていたりしてね……、いやいや僕にそういう趣味はありません。
「ましろ、どうしてこんな事したの?」
「だって、おとうさんを こまらせるから。」
「由比に聞いたの?」
「うん、ゆいおねえちゃんと いっしょに こらしめようって。」
「ましろ、ありがとう。 だけどね……こら!!」
「僕の為に他の人を切らないって約束したでしょ!!」
「……ごめんなさい。」
「うん、ちゃんと謝れたね、次からしないならいいよ。」
「僕の為にしたって事は判るから、ありがとうね。」
「……うん。」
「あとで月乃に言って出してもらうから、今は月乃のところに戻ってね。」
ある程度予想はしてたけど、やはり由比とましろは僕の為に動いたのだ。
それにしても涼音(主人格)を切り刻んで機能不全にするなんて……。
みーの時も驚いたけど、まさか涼音(主人格)を切り刻む事が出来るなんて思ってもみなかった。
さて、バラバラになって機能不全の涼音、今日はまだ木曜日……どうしたものか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます