50-変化の理由

 月也の事を涼音に聞いたら、彼女月也のことを知らなかった。

 どんだけ強力に幽閉されているのだろう……。


 僕の願いが月乃に届けば良いのだけれど、そうじゃなければ月也は永遠に自殺だけを考えて幽閉され続ける存在になるのだろうから……、それは悲しいと思えた。……変れる可能性はあるのだから、まおだって僅か数ヶ月で変わって来たのからね。


 僕は月也ともイザとなれば意思疎通ができる相手だと思えたし、これまでもいろいろあったけれども乗り越えてきたので油断もあったと思う。

 

僕の知らないところではいろいろ変化が起きていた。





 スーパーに食材を買い物にいったら可愛い雨傘にもなる日傘を見つけた。

 フリル付の黒い傘。白い細い線で猫がお散歩してるかのようなイラストが描かれている。ゴスロリの時も合わせやすそうだし、普段使いでもそれほど派手過ぎないと思える。コンパクトな折り畳み傘なので、涼音の仕事用バックにも収まるし丁度良いかもしれないと衝動買いしていた。


 今は梅雨も中盤、天気予報じゃ読み切れない雨も少なくないからね。

 それに、紫外線大嫌いな彼女だからきっと役に立つだろう。

 さらに、彼女は基本的におしゃれなのだけれども、傘は透明なビニール傘しか持ってないからね。


 帰宅して早速傘を手渡すと、思った通り涼音は満面の笑みで大喜び。

「これくれるの?」

「この傘を僕が使えると思う?」


 マジマジと二人で傘を眺める……。


「ないわ……。」

 当然のごとく意見が一致する。


「もちろん涼音にあげるけど、条件があるよ。」

「え!! 何?」

「これを毎日仕事用のバックに入れておくこと。」

「帰宅する頃に雨になってたりすると、心配だったんだからね。」

「うん!入れておくよー!ありがとう。」


 おしゃれな傘を買ったとなれば、当然のように防水スプレーの儀式だね。

 汚れも付きにくくなるし、お部屋の中でやっちゃいましょう。


「じゃ防水スプレーするから、マスクして。」

「え!何で?」

「防水スプレーって少しでも吸い込むと危険だって知らないの?」

「えー!!そうだったの?」

「肺がコーティングされちゃうんじゃなかったかな。」

「防水スプレー使った後具合悪くなるのは、そのせいだったのか……。」

「オイオイ、危ないなー、注意事項くらいよく見ろよ。普通は屋外でやるものだよ。」


 ……そういえば僕がプレゼントみたいなことしたのってこれが初めてかな?

 いやスタンドやキッチンまわりの物をいろいろ買っている気がするけれど……。

 何にしても、喜んでくれるのはイイネ。嬉しそうな顔を見れるのはイイネ。

 こういうのが見たくて、みんなプレゼントとかしちゃうんだろうね。





 入浴後には、ある程度髪を乾かした彼女は僕に背を向ける。

 恒例の娘ブラッシングタイムの開始になる、最近はブラシを手渡してもこない、それがアタリマエって感じになっている。


 機嫌良さそうに髪の毛を預ける彼女。カラートリートメントの効果もあって光にあたった部分がほんのり赤い。

 綺麗な髪……、おかげでブラッシングするのも楽しい。


「あ、そうそうこないださ、ナンパされてさー。」

「またですか……。」

「しつこいのいてさ、一人だけ連絡先交換したよ。」

「ふーん。」

「一度だけ食事の約束したよ。」

「ふーん……まあタダ飯ありがたく食べればいいさ。」


 正直なのは良いのだろうけど、ナンパされて食事の約束したとか聞かされる僕の心は穏やかでない。時々、涼音のこういう感覚を疑ってしまうんだよね……。

 少なくても『お父さんだけいればいい』って人の発言じゃないと思うのだけれど。

 後ろを向いているからわからないのだけれど、どんな表情で言ってるのだろうね。

 ……なんかご機嫌な顔で言ってるような気がして、心に棘が刺さる。


 ……なんか今回の涼音はおかしいんだよね。 ……今までと何か違うような。






 その夜は、涼音はSOA(ゲーム)にログインしようとはしなかった。

 お互いにその時間が来ても話題にすることはなかった。

 そのかわり、彼女が途中までしか見てないと言っていた少し古いテレビアニメを動画配信サービスで二人で見ている。


 主人公が理屈屋の長身の腹黒さんで、いろいろ策を張り巡らせて目的を達成していくお話、ヒロインがチビっ子でロングヘアの女の子だったりしたので、二人で僕達みたいだねと盛り上がっていた。スミマセンね理屈屋の腹黒で……。ヒロインは運動神経良いんだからね。


 そういえば、この部屋にはテレビがない。

 僕もテレビは滅多に見ないから気にしなかったのだけれど、普段の彼女はパソコンと携帯端末だけ。パソコンは仕事とゲームにしか使ってないから、実質携帯端末だけが彼女の外との接点のようなもの。

 ここ数ヶ月一緒にいる機会も多く毎晩のようにお話しているけれど、彼女から現在の友人の話は聞いたことがない。


 ……そりゃ窒息もするだろし、ゲームの世界に人(友人)を求めるのも当然だとは思えるのだけれどね。




 アニメ一期分を一気に見ると時間なんてあっという間だね、0時を過ぎていた。


 僕がいつもの椅子に座るりニュースチェックをはじめると、僕の目の前に腰を降ろして僕の膝を揺すってくる。


「もっとかまって!」

「はいはい」

 とりあえず頭を撫でる。……もうコレも条件反射。

 嬉しそうに僕を見上げて来る。……コレ確信犯だろ狙ってやってるだろ。


「あー、眠いよ、眠ろー!」

「え?いいけど……。」


「もっと遊ぼうよー!」

「はい?」


「眠いよーお父さん、ベット行こーよ」

「……えっと?」


 ……これはどういう状況だろう?


 状況を観察して、さらに本人達にも確認してみる。

 どうやら、まだ遊びたい涼音と、眠りたい涼音が交互の入れ替わってるらしい。

 これも解離なの?……見事に本人っぽいけど同一性がないね。

 間違いなく、どちらも僕が知ってる涼音だ。……ほぼボーダレスに入れ替わってる。


「うーん、じゃ、僕は眠る方の涼音を支持しようかな。」

「えー!!」

「うん、眠ろー!」

「ぶー!じゃベットで腕枕してね。」

「いつもしてるだろ、いいよ。」

「お父さん、ベットまでお姫さまだっこー!!」

「はいはい。」

 もう、どちらがどちらなのか判別つかない。


 僕が今お姫さま抱っこして運んでいるのはどっちなのでしょう?

 涼音という人格でさえ、ほんの一時の迷い、思考の葛藤がこうやって解離しちゃうんだ。

 

 僕の見ている涼音とは一体……。


 その夜も、いつものように記憶の断片と語らい明け方近くに眠りについた。

 記憶の断片達の名前は年代(時間)が違うだけで当然のように全員が『涼音』。

 一体僕は、涼音と名乗る人格とどんだけ会ってるのだろう……考えてみたらピュアも呼び名を付けたけど、元々は涼音だったよね。






 日曜日……、梅雨まっさかりで今日は朝から雨だった。

 引きこもりな二人にはお天気はあまり関係ないのだけれどね。

 しかも朝ゆっくり眠っていたので、時間はすでにお昼近い。

 マンションから見下ろす木々は雨に埃を洗い流されているせいか、濃い緑がいつもより近くに感じられる。


 ぼーっと窓辺に立ち外を眺めていたら、パソコンを操作していた涼音に呼ばれた。

「お父さん、SOAのアカウントは消したよ。」

「……そのまま続けてねって言ったのに。」

「それでね、また新しいアカウント作ったんだ、今度はお父さんもパーティー入る?」


 彼女なりに金曜日の夜のことを考えてのことなのだろうか?

 それならどうして……。

「どうして前のアカウント使わないんだ?」

「ちょっと実験したくてさー。これ見て。」

 パソコンの画面を見るとSOAキャラメイク画面だった。そこには涼音には全く似ていないけど、世間一般の評価なら可愛いと思えるキャラが表示されていた。どこかで見たことある雰囲気……幼女向けのアニメのヒロインみたいな作り込んだあざとさを感じてしまう。


「かわいいでしょう!がんばって作ったんだ。」

「……うん、かわいいけど、元々のSOAキャラが涼音に似ていて好きだけどね。」

「だからこれは実験よ。男の人ってこういうキャラ好きでしょ?どのくらいモテるか試してみたくてさ。」


 どれくらいモテるかの実験?それを彼氏みたいな立場の僕の前で言う?

 『お父さんだけいればいい』から脱却してもらいたいとは思っていたけど、これはちょっと僕の望む方向ではない。

 何かが変わった……、そんな気がした。


「うーん、僕はそういうのあまり好きじゃないから、パーティーの正式メンバーはパスかな。」

「ぶー、なーんだつまらない。」

「実験の結果だけ教えてもらえばいいさ、ちょっとサブアカウントで覗くかもしれないけどね。」

「うん、わかった。」

 少し不満そうな表情をしながらも、彼女は新しいアカウントのキャラメイクを続けている。


 彼女はここ1,2週間で何かが変わった。

 しかも急激に変ってきてるような気がする。


「ちょと確認にしたいのだけれど、記憶はどんな感じ?」

「うん、全部思い出したと思うよ。」

 彼女は、パソコンを操作したまま何でもない事のように答えた。


「もしかして、雪村のことも?」

「うん、思い出したよ、もう大丈夫だけど……あまり思い出したくはないかな。」

「え?そうだったのか……、じゃ本当に記憶は全部戻ったのね。」

「うん、たぶん戻ってるよ。」


 僕はパソコンを操作しながら、何でもない事のように返事をすることにショックを受けていた。

 一体いつの間に戻っていたのだ……、まさか2週間前の記憶の巻き戻しからの復帰の時?……わからない。

記憶の約束は、結果的に無駄になった、必要無かったということか……。




 記憶が戻って、そしてこの行動……人との繋がりを求めるようなこの行動って、まさか、もしかして……。


 僕は彼女の座る椅子の後ろから恐る々声をかけてみた。

「ティア……ティアいるの?」


 彼女のパソコンを操作する手が止まった、そしてゆっくりと振り向いて虚ろな瞳で僕を見上げてくる。

「いつきさん、お久しぶり……会いたかった。」

「ティアなのか?」


 彼女はゆっくりと頷いた。


 ティアの復活には入れ物になる人格が必要な筈では……。

「ティア、復活してたんだね……入れ物は大丈夫だったの?」

「うん、そうよ、だから戻れたの。」

「え?」

「氷と一緒になったの……深いところで眠っているけれど。」

「ドロップは……ドロップはどうなったの?」

「ドロップは私の中にいるよ。」

「……そっか……よかった、ドロップと一緒になれたんだね。」

「うん。」

ドロップと融合したという事だろう、これでバランスがとれるなら良いのだけれど。


「とりあえず、おかえりなさい。さて、涼音に代わってもらっていいかな?」

「うん、いつきさん、またね。」


 ティアを帰すと、また涼音は何事もなかったかのようにパソコンに向かいキャラメイクを再開していた。短い記憶の飛びは認識できないのか、気にしてないのかどちからなのだろう。




 僕は短い時間でいろいろな事に納得していた。


 美理ははじめからティアの復活を望んでいた。由比をティアの入れ物にしようとしたのは美理で間違いないと思う。由比の代わりに時雨が作った空(から)という人格の入れ物に、僕がティアをすぐに戻さない事に不満げだったのも美理だ。

 

 そして、氷を復活転生させたのは美理だった。


 その美理と最後に話したのは、氷復活の直後だった、あれ以来美理とは話していない。はじめて会った氷の話し方はティアにそっくりだった。……あの時にすでにティア、そしてドロップが氷に憑依していたのかもしれない。


 あの時によく考えていたら美理の思惑に気付けたかもしれないのに……。


 氷とはじめて話した時、ましろに対する反応が変だった……、ドロップも一緒なら納得できる。ドロップを攻撃して封印したのはましろなのだから、ましろに対して良い感情があるわけがない。


 その後の他の人格達の氷への微妙な対応もこれで納得がいく……。

皆、氷の話題を避けてるかのような感じがあったし。美理に口止めされていたと考えれば自然だ。


 一ヵ月以上前からすでにティアは密に復活していたのか、それは美理によって。

 そしてここ1、2週間でティアはかつての力(影響力)を取り戻したのだろう。

 それなら記憶が全て戻った事、最近の涼音の変化が全て説明がつく。


 元々、記憶もティア・ドロップも戻すつもりでいたから結果としては何も変わらないのかもしれないけれど、それを美理が僕に秘密で進めていたことがショックだった。……いや、隠してるわけじゃないということで、氷を僕に会わせたのかもしれない。あの時だって氷は美理の指示で僕に会いに出て来たようなものなのだから。


 美理は、僕がティアを戻さないと思っていたに違いない……。




 全てが戻った……。砂時計は裏返った。ループしなきゃ良いのだけれど。

 僕の中では、涼音へのリスクが大きく膨らんでいく。


 僕は不安を膨らませながら涼音に声をかけた。

「涼音。」

「うん?」

「ループだけはするなよ。」


 彼女はパソコンを操作する手を止めて振り返って答えた。

「うん、ループなんかしないよ。」

そして、またすぐにパソコン操作に戻った。


 ティアの影響か、あるいはティア無しでもそうなっていたのか……、この頃からアレは存在していたのかもしれない。

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