46-切り刻まれた僕
「あー!本当に何処あるのよ!」
1時間くらい過ぎてから、再び現れた刻美と僕は話していた。
「僕がそっちに行って、直接声をかけて呼び出してみようか?」
「来てもいいけど、今の涼音に貴方の声が届くとは思えないけれど。」
僕の提案に彼女は否定的だった。
それにしても、刻美は涼音のことを『主(あるじ)』ではなく『涼音』と呼ぶ。時雨もそうだったし、鏡の元にいる人格達にとって主は鏡で、涼音はまた別人格という認識なのかもしれない。
僕としては、僕の知ってる涼音が涼音であって欲しいのだけれど……。
「今ね、探すだけじゃなくて原因も同時に調べているの。」
「涼音の汚い部分まで覗いているわ。……涼音が知ったら叱られそう。」
刻美は、まるで仕事の愚痴を僕に言いながら作業してるって感じだった。
それは、僕と涼音が作業しながら会話してる感じと少し似ている。
先程の苛ついた感じは薄れて、淡々と作業してる感じがする。……僕との会話はその気晴らしなのだろうか。
「ねえ、刻美さんって普段はどんな事してるの?」
「記憶の出し入れの管理かな……。記憶を収納したり、見せたくないもの封印したり……。」
「貴方、時々記憶と話しているでしょう?……たまに勝手に外に出ちゃうのよね。」
「あー……、それは何となく判る。」
僕が毎晩のように話していた記憶の断片が、彼女の言った勝手に外に出ちゃうモノなのだろうと察した。
「似たような記憶を重ねて別のモノに見せかけたりとかもしてるわ。」
「それってどういう事。?」
「……例えばトランプ2枚、ハートのジャックとクラブのジャックが記憶だったとするでしょう、2枚は似てるけど実際には別ものよね。」
「2枚を真ん中あたりで切って、ピタっとくっ付けるの、そうすると上から下に見ていった時に、初めはハートのジャックだったものが、ゴチャゴチャした絵柄のあたりで入れ替わって、下まで見ていくとクラブのジャックになってるってこと。」
「記憶の書き換えはできないから、こうやって似たような記憶を重ねるのよ。」
僕は友人の死について二つあった記憶を思い出していた。
あれはもしかしたら、『友人の自殺から死』というカードに、似たような状況で『生きていた』というカードを重ねていたのかもしれない。もちろんん、その逆の場合もありえるけど……。記憶の編集って事になるのかな。
もしかしたら……、僕を長い間悩ませていた疑問、『鏡の人格を洗脳』。
僕はその答えも同時に得たような気がした。
暗示の可能性消せないけど、記憶の重ね合わせを工夫したら可能なのじゃないかってね。刻美が鏡に作られた人格で鏡の元にいるという事実が、それを裏付けているような気がする。
「どうしてそんなことするの?」
「そんなの決まってるじゃない、涼音を壊さない為よ。」
何だかんだ言っても、涼音は中の人達に守られてる気がするな、あの鏡でさえも守ってくれてるような気もする。
「ねえ、記憶ってどんな感じでそこにあるの?」
「えっとね、半透明で引き出しのついた衣装ケースが沢山ある感じ。」
「半透明だから、外からでもボンヤリ中身がわかるけど、引き出しを開ければハッキリ見えるのよ。」
「今、その中から貴方の記憶と原因を探してるよ……。どこやったのよ!見つからないわ。」
数分後
「……見つけたわよ。」
「え!!ホント!?」
「うん……由比にお礼を言ってね、見つけ出してくれたの由比だから。」
また由比か、あの子は本当に……、言葉にならない感謝の気持ちが大きく膨らむ。
「わかった、由比にはお礼言っておくよ、」
「ふー!疲れた……。私は寝るけど、原因は貴方にもあるからね、もっとしっかりしなさい!」
「はい……、でも本当にありがとう。」
刻美って、図書館の司書みたいなイメージだったけど、図書館のお姉さんってイメージに変わった。微妙な印象の変化。
刻美が消えると、間もなく涼音が覚醒した。
「……お父さん。」
「涼音、おかえり」
「お父さん、ごめんね……。」
今回は自ら記憶を壊したということもあってか、自分である程度把握していた。
「お父さんは、人間の醜いところとか汚いところとは嫌いって言っていたでしょう。」
「私ヤキモチ妬いたり……、そういう汚いの隠したくて……。」
「そういうドロドロしたの見せたくなてく、封印したんだ。」
刻美の言っていた通り、僕が原因だった。
「僕はね、偽善とかそういうのは大嫌いなんだ、欲望がすぐ裏に見える偽善とか、自分さえ良ければとか、そういう汚いものが大嫌い。」
「世の中そういう奴ばかりでさ、だから僕は世界に諦めちゃってるんだ。」
「でも嫉妬とかヤキモチみたいな、心の奥底にできてしまうドロドロまでは否定しないよ。」
「だってそれって、意図して生まれるものじゃないし、意図して消せるものでもないでしょう?」
「……それによって生じる表面的な行動は止めれても、その奥底のドロドロまでは消せないでしょう?」
「だから、そこまでは否定しないよ。」
「逆にさ、涼音が僕にそいう気持ちを持つ程に好きになってくれたんだってことを、僕は嬉しく思うよ。」
「だから、そのドロドロは捨てなくていいんだよ。」
「うん……、わかった。」
音声チャットでは、彼女の表情は見えない、今どんな顔して僕の話を聞いていたのだろう。
「あ、そうだ!、涼音の記憶を見つけてくれたのは、由比らしいんだ、由比ちゃんに代わってもらっていいかな。」
「うん。」
彼女は直ぐに由比に交代してくれた。
「由比、刻美から聞いたよ、涼音の記憶を見つけてくれたの由比なんだろ?。」
「うん、由比がんばったよー!」
「真っ暗で狭いところに落っこちてたんだ。」
「そうなんだ……、由比……いつもありがとう。」
「エヘヘ。ありがとう。」
「由比はいつも全力で涼音の事を助けてくれるよね。」
「僕が涼音から離れないのはね、由比の存在も大きいんだよ。」
「涼音の元から離れてないって約束、それは僕と涼音の口約束だけど……。」
「由比達みんなとの約束でもあるから、10人以上との約束は僕にとって重いものなんだ。」
「だから、由比、これからも宜しくね。」
「うん、任せてー!由比は主とお父さんの為なら頑張れるよ。!」
そして、涼音に代わってもらった。
「由比にお礼言ってきたよ、……さて涼音も戻ったし、今からそっち行くね。」
「え!!来てくれるの?」
「うん、今から支度して行くよ、娘は精密機械だからメンテナンスは頻繁にしなきゃね。」
「嬉しいー!! 待ってるよ。」
嫉妬、ヤキモチか……。
僕もかなりのヤキモチ妬きなんだけどね。
かごの中の鳥は、今は僕しか見えていない……、なのに近くにいない。嫉妬が大きくなるのもわかる。
週末のように時間がある時は、それを大きく感じてしまうのかもしれない。
これまでも様々な原因で週末付近に事件が起きることが多かったけど、これは偶然ではないのかもしれないね。本当に僕が様々な事件の原因だったのかもしれない。
最低でも週末は彼女の近くにいるべきなのだろう。
記憶の約束……、ティアやドロップを戻して、他の人との繋がりを大切にするようになったら、少しはこれが収まるかな?
でも雪村と別れてまだ一ヵ月弱、もう少し……理想的には三か月くらいは我慢したい。そうじゃないと、また混乱が起きる気がする……。これは涼音を僕だけのモノにしたいエゴ?……いや違う!。あの混沌の日々に戻さない為の時間が必要なのだと自分に言い聞かせていた。
……早くても6月いっぱいは戻すべきじゃない、……そう考えていた。
出発が遅くなったので、僕が彼女のマンションに着いたのは夜になってからだった。途中で月乃に涼音の食事をお願いしていたし、僕も途中で夕飯をとっていた。
「ただいま。」
「だだいまって、それおかしいでしょ!」
「いいじゃないか、単身赴任から戻ったようなものってことで……。」
「まあ、いいけどね。」
涼音は元気に僕を部屋へ入れてくれた。
彼女の部屋に入ってみると、汚部屋とまではいかなくても結構散らかっていた。
1週間前には何ともなかったのだけれど、僕が平穏だと感じていた裏で彼女の心の中はこの部屋の中みたいなものだったのだろうね。
パソコンデスク周辺には山の切り刻まれた紙が散らばっている……、それが昨夜僕が聞いていた音なのだろう事は容易に察しがついた。
お風呂に入った彼女は、またいつものように独り言なのか中の人(別人格)とお話をしているのか呟いている。
僕は、切り刻まれてクシャクシャになって散らばってる紙片を何枚か手に取り開いてみた。
その紙に書かれていたのは僕の似顔絵らしき人物イラスト。
僕だと断言できないのは、そのイラストに描かれていた顔が僕にしてはカッコ良すぎと思えたから、……彼女にはこんな風に見えているのだろうか。
涼音らしきキャラと僕ららしきキャラが手を繋いで立っているイラストもある。
……全部カッターで切り刻まれて、そしてクシャクシャに丸められているけど。
ふっとパソコンのキーボードの近くに置かれていたメモ用紙に目がいった。
そこは、イラスト用のペンで書かれたと思われる文字が綴ってあった。
” 嘘つき どうせいなくなるくせに ”
このメモに、僕は自分の心を見透かされたかのような衝撃を受けた。
正直なところ、僕はまだ自分の彼女に対する気持ちが何なのか判ってないし、彼女の行動特性からのリスクを予想して、具体的な行動をできずにいたのだから。
……そして終わりを見つめる僕は、彼女との終わり方さえ考えていたのだから。
部屋に入って、散らかった様子を見た時には、明日にも二人で片付けようかと思っていたのだけれど、これらの切り刻まれてた僕らしきイラストやメモを見た今となっては、それを二人で行う事など出来ない。
僕は滞在を月曜日まで伸ばして、彼女の仕事中にそっと片付けようと考えていた。
お風呂上り、ある程度髪を乾かした彼女は、いつものようにクルっと背中を向けてくる。ブラッシングしろという無言の催促。
いつものように、丁寧に長い髪にブラシと通していく。
「また少し伸びた気がするね。」
「うん、少し痛んできたし、月曜日には美容室予約入れてあるんだ。」
「お父さん、長い黒髪好きって言ってたでしょ、だから大切にしてるんだよ。」
「今までは、美容室なんて滅多に行かなかったんだからね。」
彼女は真っ直ぐ前を向いたまま答えてくる。どんな表情してるのだろうね。
「そうか、じゃ僕も月曜日まで居ようかな、美容室行ったばかりの綺麗な髪を真っ先に見たいしさ。」
「うん!嬉しい!……私が髪を触らせるのは最上級の信頼の証なんだからね!。」
「はいはい、ありがとうございます女王様。」
毎度のことながら、昨夜の事が嘘のような穏やかな時間を過ごしていた。
……だけどね、僕は彼女の心の奥底のドロドロの一端を垣間見てしまっている。
それは、この穏やかな時間の奥底に潜むものね。
翌日、僕は気晴らしに彼女と出かける事にした。
直射日光の紫外線を極度に嫌う出不精の涼音との久々の外出。
恒例となってるファッションショー、どれも可愛いのだけれど、派手なのは避けてシンプルなものにして欲しいと精いっぱいの抵抗の末やっと決まった。
黒と白のシンプルなワンピース。
これは……なんと表現したらいいのだろう?形だけ見ればメイド服かな?でも白が多めなのでメイド感は少ない。袖とかスカートの裾の白く薄い素材感が軽やかな印象の中で、身体のラインは黒で締まってる感じ。
結局……、すごくかわいいです。
僕は普通に明るめのグレーのジャケットしか持ってきていない。ごめんなさい、今日も犯罪者臭全開です。僕は誘拐犯かパパ活オヤジですか?ゴスロリファッションの小さいくて可愛い女の子をエスコートしていて、犯罪者臭のしない違和感のないおじさんの服装を誰か教えてください。
二人でカフェに行って、ケーキと紅茶を楽しむ。
やや居心地の悪い僕……、彼女と僕の見た目のバランスが悪い気がするんだよね。……今更だけどね。
「秋葉原とか行くと、カメラオヤジが煩いんだよね。」
「私はレイヤー(コスプレ)じゃないから写真なんか撮られたくないのに、カメラマンなんてキモイし、嫌い!」
「あの……、僕はプロのカメラマンなんですけれど。」
「お父さんは別よー!、それにカメラなんて持ってきたことないじゃん。」
「ああ、カメラなんて重い荷物をオフ(休日)まで持ちたくないだけさ。」
実際には、涼音を目でフレーミングして、数えきれない程シャッターを切っていたのはナイショ。
「そういえば、レイヤーでもゴスロリってよく見るけど、何か違うの?」
「全然違うよ!それ、ゴスロリ愛好家を敵に回す発言よ!」
「私達ゴスロリは、これが服なのよ。」
「え、どういうこと?、……そりゃ服だよね。」
「レイヤーは見た目の表現でゴスロリを着てるだけ、それが生活の服じゃないから、本当に見た目だけで何でもいいのよ。」
「だからレイヤーのゴスロリは見た目だけで、生地や素材も安っぽいんだよ。」
「私達は、これが普段の生活の服だから、良い物を身に着けていたいの。」
「素材とか生地の質とか作りとか、普段の生活の服だからこそ質の良いものを選んでるのよ。……高いけど。」
「高くても数千円で買える見た目だけのペラペラを、少し良いなって思えると数万円しちゃう私達の服と一緒にしないで欲しいの。」
僕はゴスロリのプライドをそこに感じていた。
僕なんかは、普段の生活の服なんてペラペラの安いので良いと思っていたのだけれど、ファッションに凝るというのは、こういう事なんだね。
その後も僕らはショッピングセンターとかをブラブラと楽しんでいた。
あのね、かわいいゴスロリ娘さん、おじさんの手を引いて下着売り場に連れ込んで、「この下着かわいい!」なんて盛り上がるのは止めてくれませんかね。
これは無邪気なんですか?イタズラなのですか?それとも、何かの仕返し?
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