47-かごの中の二人
ショッピングデートからの帰り道には由比を呼び出していた。
記憶を見つけてくれたお礼も兼ねて、由比に外の景色を見せたかったのだ。
涼音の時と違って、歩いてる時の手のふりが大きい。本当に明るくて元気なイメージそのままだね。イタズラ好きそうな目はそのままにキラキラと外の風景を映しているようだった。
時々、電車の中で覚醒して外の景色を眺める事もあったそうだけど、こうやって自分の意思で歩いて帰るのは初めてとの事。由比をはじめとしたちびっ子達は、基本的に外出しないので外で覚醒したら一人では帰って来れないのだ。
「ふーん、生米って淋しい街だね。」
「もっとキラキラした都会かと思っていたのに。」
「住宅地なんてそんなものだよ、静かで住みやすいって思えばさいいさ。」
「ふーん、由比は都会がいいなー!」
「僕のところなて、もっと何もない田舎だよ?」
「えー!。」
「大丈夫さ、涼音も都会大好きそうだから、たぶん都会にいるさ。」
「お父さんも来る?」
「……そうね、今いろいろ準備してるところだよ。」
由比と涼音は、本当に似てる部分や同じような考え方が多いような気がする。
元が同じ人なんだから、アタリマエなのかもなのだけれどね。
ほんとうにね、涼音達と一緒に暮らしていけたら楽しそうな気がするんだ。
それには、僕は今までの仕事とか捨てて来なきゃならないけどね。
嘘はないのだけれど、僕の心の天秤には不安も乗っていて、揺れ動いているのだ。
……もう一つ、別のリスクもあるしね。
帰宅した僕らは、いつものように定位置で語り合っていた。
僕はいつもの椅子に座り、涼音はいつもの床のクッションの上に座り、僕を見上げるように見つめている。上目使いで僕を見つめるようになるから、そのかわいらしさに時々ドキっとしてしまう。いつの間にか定まっていた僕達の定位置は、彼女の戦略なんじゃないかと思ってしまう事すらある。
仕事柄、綺麗な女性のこんな表情や視線には慣れてる筈なのだけれど……、商品、いや素材といったら失礼かな……、綺麗なモデルさん達にこんな感情を感じる事はない。身近な存在では、やっぱり受け止める心のチャンネルが違うんだね。
彼女が僕の方へ座ったままススっと膝の前まで近づいてくる。
かまって攻撃が来るかと思っていたら、椅子に座る僕の膝の上に涼音が腕を組み、その上に頬をのせて顔が斜めにしてきた。……膝を机がわりに惰眠をするかのようなポーズ。……これ疲れないのかな?
僕は手を自然に彼女の頭の上にそっと乗せてしまう。
「最近、記憶の方はどうなの?」
「うん、だいたい思い出した気もするけど、やっぱり何か大きく思い出せない気がするんだ。」
「やっぱり、そういうのって不安だったり怖かったりするんだろう?」
「うん、怖いよ。」
「そうだよね……、でも約束した通り、返すべき時がきたら全て返すからね。」
「だから、僕を信じて待っていてね。」
「うん、私はお父さんを誰よりも信頼してるよ。」
こんな言葉を聞いて、僕は思わず彼女の頭をナデナデしてしまう。
嬉しそうに、されるがままになっている彼女。
彼女の言葉や気持ちには嘘がないだろう、少なくとも今の涼音の人格は本心からそう思っているのだろう。……今の涼音はね。
「……早く、娘を卒業したいなぁ。」
翌日、いつものように親バカ全開で生米の駅まで涼音を送り出した後、僕はマンションの部屋で切り刻まれた紙片を片づけていた。
それは切り刻まれた僕の似顔絵。カッターで切り刻まれて、そしてクシャクシャに丸められた僕の似顔絵。……やはりそれを見ると心が痛い。
これを涼音と二人で片づける事は、僕にはできなかった。
これを切り刻んていた彼女は、本当に僕を忘れようとしていたのだろう。
そして、一時的にだけど、実際に忘れることができた。
それらの悲しい紙片を、見えないように紙の袋に詰めて、それを丸めて、そして燃えるゴミの袋の中に入れるだけ。それはあっという間に終わっていた。
僕の心の中には、いろいろ迷いが生じている。
一番の原因は、人の愛し方をしらないポンコツな自分のせいなのだけれど……。
初めの頃に感じていた、二人で過ごす事が心地よいという感覚が薄れてきている。
お互いの世界を持ち、過度に干渉しないけど、ふっとその世界から現実に戻った時には涼音が近くにいてくれる。
僕も涼音も他人と長い時間同じ空間にいることを苦痛に感じる人間。だから、二人ともその心地良さに驚いていたのだ。
今の彼女には自分の世界がない、あったとしてもそれは僕なのだろう……。
彼女は窒息しかけている、僕も窒素うしそうだ。……苦しい。
早く全て(記憶)を約束の通りに返したい、でもまだ早い……、そんな葛藤の中にいた。
夜9時を過ぎた頃に涼音からメッセージが入る。
―――――――――
終わった
今から帰る
―――――――――
美容室終わったらしいので、部屋を出て駅まで迎えにいく。
人通りの少なくなってきた街を感じながら歩いていく。
夜の街は、空気が独特の湿度を帯びていて不思議な感じがするんだよね。僕が夜を好きだからかな、その空気を感じるとワクワクしてしまう。
それにしても、涼音が利用してる美容室というかサロン……、最寄駅から車で送迎してくれるらしい。完全紹介制だと言うし、どんだけ高級サロンなのよ!って思ってしまう。
実家に何年も戻ってない彼女には関係ないかもだけど、実家は小さな会社を経営してるらしい。それを冷やかして「お嬢様」って呼ぶと機嫌悪くなるけどね。
そういえば、回転寿司に行ったが事ないらしく、今度一緒に行こうねなんて約束もしていた。……庶民の味方である回転寿司は絶対に体験してもらおう。
人通りの減った駅前で彼女と合流。
「エヘヘ、どう?」
彼女は、その場でクルっと一回転してみせた。
「おお!!綺麗!!」
「艶とか全然違うじゃん! 照明のせい?なんか少し赤っぽく見える気がする。」
「エヘヘ、でしょ!でしょ! カラートリートメントしてもらったの。」
「普通に黒髪なんだけど、光りがあたると少し赤く見えるの!。」
「あーそれでか……、自然で良い感じだよー、カラーもきつくないし、何よりキラキラしてる。」
「エヘヘ。」
嬉しそうな涼音の頭を、軽くポンポンして、手を繋いで歩きはじめる。
仕事帰りに美容室に直行したので、彼女はスーツ姿。これなら夜道を二人で歩いていても僕の犯罪者臭はしないよね。少なくとも薄まってるよね。
時間も遅いので、夕飯は牛丼チェーン。このお嬢様、回転寿司は行った事ないけre
ど牛丼屋に一人で入るのは抵抗ないらしく、しかも牛丼が好きだったりするらしい。
今夜は僕と二人だけどね。
その夜の深夜、僕は鏡(裏人格)と話していた。
「記憶の巻き戻しの件、教えてくれてありがとうな。」
僕はたぶん、悪人顔してる……、鏡と会話する時の礼儀だから。
「フフ、私は刻美に伝言を頼んだだけ。」
「それって、鏡が教えてくれたようなモノだろ。」
「フフフ、その後にも刻美と話していたらしいわね。」
「珍しいのよ、刻美はいつも機嫌が悪いから、他の人(別人格)と話すなんてことも滅多にないのに……。」
「あたながいると本当に面白いわね。 フフ。」
「そういや刻美さん、最初は苛ついていてたね。」
僕は初めに記憶の巻き戻しの件を伝えに来た時の、刻美の苛ついた口調を思い出していた。
「おまえがいつも引きこもって、裏で何かしてるから刻美は機嫌が悪いんじゃないの?」
「フフ……。」
笑うだけで、彼女は何も答えてはくれない。
「まあいいさ、引きこもって楽しむのが鏡だもんね。……自分で表に出たくないのだろう。」
……彼女は何も答えず楽しそうに微笑んでるだけ。
「僕はね、最近になってやっと、おまえの言ってる事が正しいんだろうなって思えてきてる。」
「おまえが生きる事を涼音に託したなら、引きこもったままで、表に出る気はないのだろう?」
「フフ……本当に面白い、巻き込んだのがあなたで良かったわ。」
「巻き込まれたか……、今なら判るさ。最初に時にりさを表に出したのも鏡なんだろう?」
「フフフ、さあ、どうかしらね。」
「今更だけどね、まあ引きこもって見ていてくれ、ゲームは続いているからね。」
「そうね……、フフフ、本当にあなたで良かったわ。」
鏡は全くブレていないんだよね。涼音に色々な事があってブレまくっても鏡だけは全くブレていない、最初に出会った時のままだ。
唯一、鏡に変化があったのはピュアが初めて現れた時。
過去のトラウマを全て除去した時、鏡も消失……。本人に言わせれば『封じられていた』感覚だそうけど。僕はあの時、鏡は涼音と融合していたのだと思っている。それは医療的に人格が統合された時のような状態。
涼音とは違う雰囲気を持つピュア、あの時のピュアこそが本来の涼音の姿なのだろう。……そう思えてしまうのは、僕がピュアを好きすぎるからかもしれないけど。
それは別としても、過去の記憶の断片達と語っていても、涼音は年代ごとに大きく揺れている。22歳……、わずか半年前の彼女を見て驚いたのは、まだ記憶に新しい。
あのあたりから僕は、何をもって涼音を涼音の人格と考えて良いのか判らなくなっていた。
鏡は一番初めから答えを出していた「涼音は私が作った人格」だと。
僕はそれが信じられなかったけど、涼音と一緒に過ごして来た中で、いつかしか、それは本当なのだろうと思えてきたのだった。
……ほんとうに鏡は初めから一切ブレていないのだ。
そうだとしても、鏡が涼音を表に出して引きこもってる以上、僕は涼音を第一に考えて守る事には変わらないのだけれどね。僕が出会って仲良くなったのは鏡ではなく、涼音なのだからね。
翌日、僕は帰宅する為に彼女と一緒に混雑する通勤電車に乗っていた。
以前の勤務先の時は神田まで一緒だったけど、派遣先が変わったので品川の乗り換えで別れる事になる。
いつもの事のような気がするのだけれど、別れる時の彼女の悲しそうな目が焼き付いて離れなかった。
それからの日々、以前のように朝におはようの連絡、お昼休みの定時連絡、そして生米の駅から自宅までのお迎え音声チャット、夜中のまったり音声チャットという日常のサイクルに戻っていた。
仕事に慣れてきたのもあってか、少しづつ仕事の愚痴も出はじめてきている。
以前のような激しくストレスを感じるようなものでもないので、軽く同調して聞き流す程度だけどね。お仕事してれば、少しくらい愚痴が出るのは当たり前だろうから。
……時々何か地雷を踏むのか落ちたり変なモノが出て来る事はあったけど大事にもなってない。
途中の駅で桜花から緊急連絡があって、電車の中で音声チャットを接続した事があった。
「桜花のーん!」
「どうしたの?」
「私だって、たまには樹さんに送り迎えして欲しいのーん!」
「……おい!そんなことで呼び出したのかよ!」
「嘘のーん!主が落ちちゃって眠ってるから出て来たのーん!」
「そうなんだ、大丈夫そう?」
「わからないのーん!、私も眠いのーん!」
「こらこら、寝るなよ!」
「はーい、がんばるのーん!」
「じゃ、このまま音声通話は接続したままにしておこう。」
「いざとなれば、どの人格がでてきても家まで誘導してやるよ。」
「はいのーん! 頼もしいのーん!」
その後、音声チャットを接続したまま、時々小声で話したりしてたけど、生米アラーム……訂正、生米の駅についたら「おはよー!お父さん。」って涼音が目を覚まして、心配したような事態にはならなかった。
「ねえ、お父さん、私はどうしたら娘から卒業できるの?。」
「そうだね……、だからポンコツ娘じゃなくなって、しっかり自分の世界を持って自立できたら卒業かな。」
概ね平和……。
僕は気付いていなかったんだ、彼女がかごの中から飛びたとうとしてる事にね。
二人はやっぱり窒息していたんだ……。
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