43-由比ふたたび
部屋に着くと、やはり涼音は疲れていたのだろう、いつもの休憩落ちに突入。
床に座ったまま眠っている涼音の身体を、そっと横にして薄い毛布を掛けてあげる。
ピュアのように同僚をお猿さんだと思えたり、職場を動物園だと思えたら少しは楽なんだろうね。
涼音が眠っている間に夕飯の下ごしらえを始める。冷蔵庫の中を見たら食材が少なかったので、今夜はチャーハンかな……、明日また食材の買いだめにいかなきゃだ。
眺めてみれば、このキッチンも僕が初めて来た頃に比べて小物が増えている。主に100円ショップで購入したものばかりだけど……。100円ショップのグッズだけでキッチンってかなり便利になるし充実してくるよね。
月乃も便利になったと喜んでいる、……主である涼音がお調理しないからキッチン小物なんて滅多に買って来なかったんだろうね。
そして……、夕飯とお風呂を済ませて9時過ぎの事だった。
何か出るんじゃないかと予想していたら、思った通り出て来た……。それも面倒そうなやつ。イヤらしい男のような表情でニヤニヤと僕の顔を見て笑っている。
これはだぶん……ドロップ事件の前にも見たことのある変なモノ(人格)だ。どうせ今回もニヤニヤしてるだけなんだろうと思いつつも一応声をかけてみる。
「君は誰?」
「ぐふふふふ……ミラーとでも名乗っておくよ。」
意外にもソレは返事をしてきた。しかも『ミラー』だと……。
鏡みたいな名前を付けてやがって、今即興で思いついたのだろうか?でも、鏡を知ってるから『ミラー 』って名前を付けたんだろうな。鏡はコイツよりは少しだけ上品だぞ。
「ミラーか……、鏡を知っているのか?」
「ぐふふ 知っているさ……。」
相変わらずニヤニヤと僕を見つめている、正直気持ち悪い……。だがそれを表情に出すわけにもいかない。こちらの心情を隠して、コイツの情報を引き出さなきゃいけない。
「ミラーは何をしに出てきたの?」
「グフフ、別にー……。楽しそうだから出てきただけ。」
「ミラー、おまえさ、以前も僕に前に現れた事あったよな?」
「ええ、会ったことはあるよ。ぐふふ、あなたがココにいると面白いのよね。」
やはり、コイツはドロップ事件の前に会った人格と同一だったようだ。
……まだ残っていたのか。たぶんコイツは以前から涼音や琴音が言っていたバグとかウイルスの類だと思う。なるほど、ミラーを名乗るだけあって、鏡と同じく楽しいことをしたいだけみたいな会話が続いた。でもコイツからは鏡には感じた事のない異質感を感じさせる。……僕の分類では「変なモノ」、コイツは鏡の真似事をしてるんじゃないのだろうかと思えてきた。
コイツは20分くらい気持悪いニヤ付き顔で話し続けて去っていった。
後に残るのは涼音の寝息。
やっぱりこうなったか、なんか僕が来ると何かが起きるというか、僕は待たれている気さえしてくる。いろいろタイミングが良すぎるんだよね。
「お父さん……。」
由比が覚醒した。
ミラーの相手で精神的に疲れていたので、明るい由比の覚醒はありがたい。
「また変なモノが覚醒して疲れてたところだよ。」
「お父さんがいつも直ぐに帰っちゃうからでしょ!。」
アレ?いつもより由比の口調がきついような……。
「しかたないだろう、僕にだって生活があるのだし……。」
「お父さんは主が一番大切じゃないの?」
「そんなわけないだろ、涼音が一番大切だよ……。由比もね。」
「じゃ、もっと行動で示してよ!」
うわ!由比に責められっぱなし……。
ピュアから涼音に戻った直後を思い出す……。いやそれよりもきつい。
「今だって由比以外誰もいないんだからね、お父さんのせいだよ!」
「え?誰もいないって……、中の人(別人格)が誰もいないってこと?」
「そうだよ、主もみんなもいないよ、だから由比が出てきたんだからね!」
オイオイ、ミラーが落ちてホッとしてたのに、アレは前哨戦に過ぎなかったのかよ。
「みんなお父さんが悪いんだからね!主のことを大切にしないから。」
「……大切にしてるし、行動で示してるつもりだよ。」
「今だってこうして来てるだろ。」
「ううん、由比には誠意が感じられない、大切にしてないでしょ!」
「……酷いなー、由比ちゃんわかってよ、僕は本当に涼音が一番大切だと思うし、行動で示してるつもりなんだよ。」
「ううん、じゃあどうして最近いつも直ぐに帰っちゃうの!」
「……そんな聞き分けのない事言うと、明日にも帰っちゃうよ。」
「帰ればいいじゃん!」
「……そんなことを言って、僕が本当に帰ったら涼音が悲しむかもだろ、由比ちゃん責任取れる?」
「由比は15歳だから、責任なんてないもん!。」
「帰ればいいじゃん!。」
その言葉を最後に彼女は再び目を閉じた。
由比は涼音の気持ちを代弁するようなところがあるけど、こんな風に由比に責められるとは思っていなかったのでショックだった。
やはり、僕の先へ進めない悪癖や涼音の性質から感じるリスクが僕の行動や態度に出ていて、それを見透かされたのだろうか?……ううん、僕は涼音が大切だし、親バカって思うくらい行動で示してきたつもり。
でも由比は涼音の奥底にある気持ちを代弁してきたのだとしたら……。
僕は激しく落ち込みながら、涼音の寝顔を見つめる事しかできなかった。
「樹さん……。」
しばらくしていつものと冷たい声。月乃が覚醒した。
「月乃さんいたんだね、由比が誰もいないって言ってたから心配してたよ。」
「はい、その由比は先程処分しました。」
月乃はいつも通り感情のない声で衝撃的な事を言い出した。
「え?処分って一体……、由比には何も問題ないだろ?」
僕は先程のことが原因と察しながらもそれを表に出さなかった。
「大問題です!」
「え?」
怒気を含んだ月乃の声に少し驚いた、こんな彼女の怒気を感じるのは久しぶりだ。
「由比はバグってましたので、ましろに処分させました。」
「由比……、あの子は影響されやすいですから。」
一瞬にして状況を察してしまった……。涼音の言っていた『ウイルス』というのはこういう事だったのかと。確かに既存の人格をバグらせるなんて、ウイルスって表現がぴったりだと思える。
それでも由比を処分だなんて……。
あんな事を言われても、やっぱり僕にとっては由比は大切な人格だった。
そして、それを実行したのがましろだなんて…。
「何もそこまでしなくても……。」
「放置できませんでしたので……、由比はすぐに戻ってきますよ。」
中の人のまとめ役である月乃にここまで言われたらしかたない。
そして、これは相談ではなくて結果報告なのだから、今更どうしようもないのは事実。
すぐに戻ると言ってくれているし。
それでも、由比という存在が今の瞬間は消えてる事を思うと悲しい。
どうして由比ばかり……。
全人格を貫く痛みから由比が自らを犠牲に救ったのは仕方ない、……それが由比の第一の存在理由なのだから。
ティアの入れ物を作る時は『由比じゃなきゃダメなんだって』と言っていた。
あの自称コアの美理と特別な繋がりを持つという由比。
そして今、月乃は『あの子は影響されやすい』と言っていた。
由比は確かに、主の心の奥底を代弁するかのような時がある……。だからさっきも僕はソレなのかと思ってショックも受けた。
由比はやっぱり何か特別なのかな……。
「他のみんな(別人格)は戻っていますし、主は眠っています。」
「……そうか。」
喜ぶべき報告なのだろうけど、それを素直に喜ぶことができなかった。
そんな僕を察してくれたのだろう、報告を終えるとピュアが覚醒してきた。
「月乃さんが、樹さんを癒してくださいと言っていたので出てきました。」
ピュアはそう言って僕を優しく抱きしめてきた。月乃には僕の心のツボがバレバレなんだね。
みんなの優しさがありがたい筈なのに、やはり由比の事がショックすぎて呆然と甘える事しかできなかった。
「月乃さんから伝言があります。」
「え!何?」
「『最近、貴方と仲良くしていると主がヤキモチを妬くので、皆に貴方がいる時には交代するのを控えるように言ってました。ですが、このままでは貴方が壊れてしまいそうなので、今回はサービスしますね。』だそうです。」
……最近、僕が呼ばないと中の人が出て来なかったのはその為だったのか。
「伝言ありがと……、月乃さんもそういう事は自分で言えばいいのにね。」
「どうせ貴方は怖くて冷たい私より、優しいピュアの方が良いのでしょう!」
一言だけ月乃が強い口調で言葉を発して、またピュアに戻っていた。
……まったく、……それってヤキモチなんじゃないのかって思ったけど、口にすると泥沼展開しか見えないからやめておこう。それに、こうしてパッと交代して発言できるなら、伝言頼むなよって……。それ以前に会話はしっかり聞いているのね。
ピュアに甘えて1時間くらい過ぎた頃いつものように涼音が目覚めた(覚醒した)。
「お父さん、おはよう!」
……いつも通り過ぎるだろう!!
いつも通りすぎる……、爽やかな目覚めのような涼音の声。
本当にいつもいつも、……場の雰囲気を壊す天才かよ!。
その後は「かまって!かまって!」攻撃を受けて、逆に僕が彼女を癒す事になっていた。
「由比がバクってさ、処分されたんだ……。すぐに戻る筈って言ってたから戻ったら教えてね。」
「うん!すぐに教えるね。」
僕は由比の言葉は伏せてこれまでにあった事を涼音に説明していた。
彼女はリビングの床の上で僕に抱かれたまま僕の話を聞いていた。
バグってたとはいえ、どこか涼音の中にある気持ちが由比が代弁したのだと思えていたしね。それでも僕は自分の感情に迷いを感じつつも、涼音が一番大切であるし、それを行動で示してきたような気はする。
……僕もまだまだ足りないのかな……。
「ねえお父さん。」
「うん?」
「どうしたら娘は娘から卒業できるの?」
「娘がポンコツ娘じゃなくなったらかな。」
「ぶー!!なんかその言い方ヤダ!」
「まあ、涼音がいろんな事から逃げないで、自分で受け止めれるようになったらかな。」
「うん……なれるかな?」
明け方近く、記憶の断片との語らいも終わり、寝ようかなと思っていると琴音が現れた。
「私がやりますね、あとは主のことをよろしくお願いします。」
「え!ちょっと、どういう事?」
返事はなかった……。
そのまま中に潜ってしまったらしい、後には涼音の寝息しか聞こえない。
何をするつもりかわからないけど、由比のように自己犠牲を感じさせる言葉に嫌な予感しかない。
少しの不安の中で僕は涼音を抱き寄せて眠りについた。
平日の朝は忙しい。
……ってより涼音の寝起きが悪いんだよ!。
落ちた時からの覚醒では「おはよう!」って元気に目覚めるのに、朝はいつも目覚ましで起きてから10分くらいは幽体離脱していたかのようにボーっとしてる。
本人は寝てるつもりでも、他の人格が起きてたりするのでよく眠れてないのかもだけど、それなら本人だけ落ち寝して他の人格が仕事していた後の、生米駅(最寄り駅)での元気な目覚めの説明がつかない。
……こんなことを考えてしまうのも忙しいせいかな。
いつものように彼女の髪をブラシで整えて、勤務先の最寄駅まで送っていく。
さぁ、今日はどうなるかな?……この大変そうな職場も後約1週間だ、がんばれ涼音。
涼音を送り出したあとは、やはりイロイロ考えてしまう。
今回はみきちゃん消失からのピュア覚醒(涼音行方不明)からの来訪で、来てみたら思った通りミラー(変なモノ)との対話や由比のバグと波乱というか事件発生。
あまりのタイミングの良すぎに、僕を呼ぶ為、僕を引き留める為に何かが心の奥底でワザとやってるんじゃないのかとさえ思えてくる。
もし、このことを誰かに伝える事があれば、本当にそんなに都合よくいろいろ起きるものかと、疑われそうな気さえする。
……バグった由比の言葉に涼音の深層にある気持ちが含まれてるのだとしたら……、この偶然への違和感は単なる妄想ではないのかもだ。
そんな事を考えながら、スーパーで食材を買い込んで涼音の部屋に戻り、僕はいつものように眠ることにした。
夕方迎えに行ってみると涼音は元気でした。
「今日は2時間くらいしか寝てないよ、褒めて!」
「いや、そこ褒めるとこじゃないから!」
お父さんとは厳しいものなのだ、ここは絶対褒めるとこじゃない。
「ぶー 頑張ったのに。」
「ハイハイ、お疲れ様!」
電車の中で周囲の目も気にせずに彼女の頭をポンポンする。
「それにー、最近月乃が冷たいんだよ、なかなか交代してくれないの。」
「イヤ、月乃さんは元々冷たいから……。」
「何か言いましたか?。」
「気のせいだよ、何も言ってないって。」
突然の月乃の声に、慌てて弁解にならない弁解をする。
……人間慌てるとこんなモノ。一言だけ月乃に交代したらしい、実質年齢とか月乃の噂話するとすぐに出てくるよね。……意外に僕ら会話聞いてる月乃。
「涼音の仕事なんだから、落ちた時に交代してくれる月乃には感謝しなきゃでしょう!」
「そうだけどさ……。」
もちろん僕の言葉は月乃が聞いてる事を前提にしたもの。……僕は知っている、月乃は双子の月斗と同じく本当は怠惰で、仕事もお料理もやりたくなんかないって事をね……、人格でも双子って似るものなんだね、口には出さないけど。
「桜花のんいる?」
思い立って桜花を呼んでみた。
「はーい!桜花のーん!。」
「元気な声聞いて安心したよ。 じゃ戻っていいよ。」
言葉通り用事はなかった、ただ呼んでみただけ。
「酷いのーん!」
「あは、ごめんって、最近SOA(ゲーム)する機会減ったから、桜花出番が少なくて消えてないか確認だよ。」
「大丈夫、SNSとか桜花の仕事はたくさんあるのーん。」
「ならいいけど、SNSで『のーん』言ってても大丈夫なの?」
「普段は言わないのーん!」
「僕の前でもそうしてくれないかな?」
「ノーのーん、こう言わないと、お父さんは桜花って判ってくれないのーん!」
桜花……、意外にちゃんと考える子だったのね、僕が普通に話す桜花と涼音の違いを判別できない事を知っていたのか……。
でもね、僕だってずっと一緒にいて桜花と涼音の違いに気づいてきているんだよね。桜花の明るさはストレートに明るい、涼音が明るくなる時は、雑に明るい。……表現難しいけどこんな感じ。でもその違いは言えない……涼音にブーブー言われるのが目に見えている。
生米の駅について涼音とコンビニに寄った後でマンションへ向かう。
コンビニを出て歩き出した彼女、少し違和感を感じる……。様子がおかしい。
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