40-変化のはじまり
休日の朝のまったりタイム。
僕はいつもの椅子に座って、タブレットでニュースチェック。
涼音は床のいつものクッションの上で携帯端末とお戯れ。
いつのも配置、僕達の定位置。
二人っきりの休日、このままゆっくり、まったり……しません!。
「さぁーお掃除しようか。」
「ぶーぶー」
「ダメダメ、本当は僕だって床に転がってくつろぎたい時もあるんだから。」
「私の隣でいいじゃん!」
「自分の周囲を見てもう一度言ってみて。」
涼音はガサガサと自分の周囲の物やゴミを移動してスペースを作っている。
「……場所作ってもダメ! はじめるよ。」
「えー! ぶーぶー!!」
少しだけ強制力を発動してお部屋のお掃除を始めた。
大きめのゴミ袋を数枚準備と……。
まずは、脱ぎ捨ててある衣類を発掘する。
これを大雑把に分類してがら数枚のゴミ袋に詰め込む……時間短縮の為です。
3袋の衣類入りゴミ袋ができた、これそのまま捨てたら泣くよね。
涼音に、この3袋の衣類を順番に洗濯するように指示。
大雑把な分類は洗濯の為にしてたんだよね。これなら1袋づつ洗濯機にぶち込むだけ、涼音でもできる簡単なお仕事。
洗濯の為に、涼音は衣類袋を持ってリビングを離れる。
僕はまた数枚のゴミ袋を用意して、部屋の端から簡単に手掴みできるゴミを分類しながら、それぞれのゴミ袋に詰めていく。……これも結構大変で、少なからず時間がかかった。
涼音は、分類された衣類を洗濯機に突っ込み、洗濯機を動かすだけなのだから時間はかからない。すぐに戻ってきてゴミを拾い袋に詰めていく僕を後ろから見守ってる。
手伝ってもらう必要はないんだよね、むしろ部屋の主が僕の後ろで見ていてくれる事は大切。僕がゴミだと思っていても、本人にとってはゴミじゃないものもあるのだから。
大きなゴミが無くなれば、当然そこにはゴミではない物が残る。
全体を俯瞰して、物の種類と、その種類別の収納先というか定位置を大雑把に確認する。
収納先と定位置を整理しながら、床にある物をあるべき場所へ移動していく。
あらたに収納先や定位置を作ったりもする。
この過程でも、部屋主に手伝ってもらってはいけない、要望はしっかり聞くけどね。部屋の主は、何が何処にあるか把握してなければならないのだ、把握してなければ、部屋主は物を探す為に、また散らかすという事になりかねない。
汚部屋の片付けは、部屋主が自主的に一人でするのでなければ、第三者が勝手にやったり、部屋主を手伝ったりしてはいけないのだ。
僕(第三者)が一人でやって、部屋主にはその様子を見ていてもらう、必要があれば物の配置などを指示する現場監督に徹してものらうのが良い。……部屋主は管理監督者であることが望ましい。……部屋主には物の所在を全て把握して欲しいのだから。
そんな事してる間に1度目の洗濯が終わり、二人で洗濯ものを干して、洗濯機は衣類袋2つめの洗濯をはじめる。干すスペースの関係で、洗濯は2袋で一時停止ね。
そして、再び物の収納及び定位置への移動を開始する。
必要なモノがあるべき所に収まって、広い床には小さいゴミと、物だと思ってたけど実はゴミだったものだけが残ってる。
大きなゴミを袋に突っ込んで、細かいゴミは掃除機バキューム!
この頃になると、気持ち良くて鼻歌もでてくる。
最後にモップがけで、床に輝きが戻ってくる。
……3時間以上かけて、汚部屋が普通っぽい部屋になった。
キッチンとお風呂は、僕が使う時に片づけていたんだよね。行方不明になるほど物があったりしないからね。キッチンとか食器棚に関しては涼音人格には管轄外だしさ。
散らかすような人格が最近出て来ないってのもあるけど、最近は気のせいか、僕が呼び出さなければレギュラー人格もあまり表に出てこなくなって来た気がする。
僕が初めてココ(涼音の部屋)に来た時よりは、明らかに他の人格が出てくる頻度が減っていた。
以前は、涼音が眠るのを待っていたかのように、由比とか りさが出てきていたんだけどね。最近では彼女が眠っても、記憶の断片か変なモノばかりだ……その変なモノも頻度が減っている。
だから最近では、僕が涼音が眠った後に相手にしてるのは、主に記憶の断片達だった。
もしかすると、彼女は記憶を一部欠落させていることもあるだろうけど、以前よりストレスが減ってるのかもしれない、だから他の人格に退避する機会が減ったのかもと僕は考えていた。僕の想像通りなら、良い傾向ってことになる。
本当は、それ以外にも原因があったのだけど、それを僕が知るのはもう少し後の事だった。
さすがに疲れて、その日の午後は二人でのんびりを過ごしていた。
温かい日差しがマンションの窓に差し込む、キラキラ輝く床、気持ち良い。
こんな天気が良いと、旅行なんかしてる人も多いのだろうね。
僕らは二人でお部屋に引きこもりだけど……。
時にイチャイチャ、時に無干渉で……時計のないこの部屋では時間をあまり気にしない……、お互い素直に我がままに時を過ごしている。
そして、それが僕らには心地良い。
夕方、僕は月乃と肩を並べてキッチンに立っていた。
お料理を担当してる月乃に、水戻しパスタのコツとかを教えておきたかったので、二人で夕飯を作る事にしたのだ。
いつもは、冷たさや冷静さばかりが感じられる月乃だけど、こうして二人でキッチンに立っていると、家庭的な面というのだろうか、女性らしい可愛らしさも感じる。 月乃が交代して勤務した帰りなどでも、時々感じてはいたけどね。
たぶん、この時の僕はデレデレしていたのだろう、いや月乃と二人合わせてイチャイチャ状態だったのかもしれない。
考えてみれば、他の別人格達もそうだけど、彼女達にとっては、彼女達の存在を認識し、涼音としてではなく、自分達を認識して親しく接してくれる初めての存在(男性)なのかもしれない。
唯一の男性人格である月斗も、近所の羽尾ラーメンに一緒に行った時には、喜んで機嫌良かったし。……その時は男同志の約束だって事で、涼音に交代してもらって行ったのだ。(男同志の怪しい関係ではありません。……念の為)
その時に判明したのは、涼音を時々苦しめていた、辛い食べ物が好きな人格の正体が月斗だったいうこと。
不意に月乃から涼音に交代した。
「まだできてないよ、月乃さんに教えてる途中だから、待ってて!」
「私だってお料理するもーん!」
「え?お料理はいつも月乃じゃん。」
「私だってやろうと思えばできるの!」
そう言って彼女は不器用に包丁を掴み、月乃がやりかけだったピーマンのカットをはじめる。
……怖すぎる、不器用すぎる……。
記憶力のせいもあってか、優秀で何でもできそうなのに……。
少なくとも、不器用ではない、お裁縫は得意だったりする。以前、自分の服を器用に針と糸で手直ししてる涼音を見たことがあった。
……だけど、この包丁さばきは……怖すぎる。
たぶん彼女は、僕と月乃にヤキモチを妬いて強引に交代して出てきたのだろう事は、すぐに理解できた。
「わかったから、じゃ涼音は見てて。」
「……うん。」
結局、彼女はキッチンの隅の床に体育座りして僕を見上げていた。これじゃ手元とか見えていない筈。
この状態じゃ、月乃を呼び出すわけにはいかないね、……しかたない、月乃にはまた今度教えよう。
涼音は僕が料理を作り終えるまで、キッチンの隅に座って僕を見上げていた。
僕が盛り付けを頼むと、子供のようにはしゃいで盛り付けをする。
……涼音は他の人格達にヤキモチを妬いたりするんだということを、この時初めて判った。
さて、僕としてはどうなのだろう、涼音人格が一番大切だけど、月乃やピュアも女性として素敵だなと思ったりする。ちびっ子たちは別枠ね。あの子達は本当に自分の子供のような存在。
これは浮気なのだろうか?……なんか罪悪感も沸いてくるけど、僕にはまだよく判らない。
ブログなどで見かけた、多重人格の沢山の人格達と仲良く暮らしてるという人は、どんな風にこの感情を処理してるのだろう?
僕自身にも問題がある。
涼音には普通以上の『好き』を感じてる、たぶん『恋』もしてるし、全ての人格の中で涼音の人格が一番大切だ。……これは間違いない正直な気持ち。
でも、それが一般に言われる『女性に対する好き』なのかどうかは正直判ってない……。だから涼音には正直に、『恋人』ではなく『パートナー』になってくれと告白したのだ。
僕自身の欠陥はやはり直ってない……。
付き合い出してから僕の気持ちが、何処へ行ったら良いのかわからないでいる。……迷い子になってるのだ。
後で聞いた話だけど、キッチンで座っているときに、涼音は月乃に叱られていたとか。
翌日も僕は月乃に水戻しパスタのコツを教える事ができなかった。
「お父さん、今日は私が夕飯を作るよ!」
涼音が突然そんな事を言い出したからだった。
「どうせ月乃に作らせるんだろ?」
「ううん、今日は私が作るの! 月乃が教えてくれるって。」
昨日、涼音と月乃の間でどんな話があったのかは判らないけど、そういうことになったらしい。本人がやる気になるのは良い事だし、月乃が教えてくれるっていうなら、たぶん大丈夫……、きっと食べれるモノがでてくるだろう……。
僕は、彼女達の言葉を信頼して任せる事にした。
「見ないでー!」ってリクエストがあったのもあるけど、僕は彼女達の調理の様子は見ないで、いつもの椅子に座ってタブレット端末を操作しながら待つ事にした。
時々、悲鳴のような声や、「何してるんですか!」という月乃らしき声が聞こえるけど、そこは聞かなかった事にしておこう。
食事は30分くらいでできあがった。
「エヘヘ……、味は保証できないよ!」
涼音はそんな事を言いながら運んできたのは、肉うどん。お肉好きだね。
少し不格好なお肉やネギの乗ったうどんだけど、彼女の初めての努力の成果を嬉しく思わない父親……訂正、彼氏などいるわけがない。
一口、二口を口に運んで……当然のように……。
「うん、普通に美味しいよ。 がんばったね、ありがとう。」
「……ほんと?ほんとうに美味しい?」
「マジだって、普通に美味しいよコレ。」
「エヘヘヘ……、良かった。」
「月乃に言う通りにやっただけなんだけど……でも、本当に私が全部調理したんだからね。!」
明るい笑顔でドヤ状態の涼音。
不格好な肉やネギを見ればそれはわかる。味は正直言うと少し薄いと思うけど、それは僕の好みの問題もあるからね……。
何よりも、はじめての涼音人格の手料理、そして、それを作るのを頑張ってくれた彼女の気持ちを考えたら、やっぱりこれは最高のお料理。
そう、食事の満足感は料理の味や見た目だけじゃないよね、食べる時のシチュエーションとかってすごい影響する。ごちそうさま、涼音、ありがとう月乃。
彼女の短いゴールデンウィークは、概ね平和に過ぎていった……。ほんとうに楽しい時間というのはあっと間、涼音と過ごしているとそれを今までになく感じる。
僕はさらに1週間滞在して、主夫業という名の下僕をすることにしていた。
朝のブラッシングから始まり、勤務先の最寄り駅まで送迎から、お部屋の掃除と食事の用意、涼音が眠った後の記憶の断片達との会話までとフルコースです。
雪村という地雷は除去した筈だけど、それでも1日に1度くらいはショック落ちする。
彼女の記憶のトラウマは雪村だけではないのだから、当然なのだけどね。それでも以前より頻度が減った。
……でも頻度が減ったけど、ショック落ちの深さが深いものが増えて、だんだん「1年目・二人の夜」という魔法の効果が無くなってきてもいる。
雪村地雷は多頻度だったけどショックはそう大きくなく、やはり他のトラウマの方が彼女への影響力が大きいという事なのだろう。
それと気になるのは、転生した氷の事だった。
氷とはその後二度程話したけど、他の人格のように会話が弾む事はなく、どちらかというと、呼び出されたので仕方なく僕と話してるといった印象だった。
そういう感じは まおにも当初はあったのだけど、まおの場合は会話が不器用なのと、人と楽しく会話すると言う事を知らないけど、頑張って打ち解けようとしてるのが感じられたし、それが逆にいじらしいと思えた。
でも、氷は殻の中に閉じこもって出てこない印象。
由比にとっては先輩にもあたる訳で、何度か「仲良くしてる?」と訪ねてみても、良い返事は帰ってこない、それどころか氷の話題を避けるような雰囲気さえ感じる。
ましろとは過去に何かあったとして、あの誰にでも好かれそうな由比ともうまくいかない氷の存在は謎に違和感を感じていた。
帰宅を翌日に控えた日曜日の夜、僕は久々に琴音の声を聞いていた。
僕しか認識できない琴音、だけど彼女が僕に教えてくれることは重要な事が多い。
そんな琴音から、また嫌な知らせを聞いていた。
「また変なモノが大きく育ってきていますね、何か影響が出て来るかもしれません。」
前回も似たような警告を受けた直後に、ドロップが覚醒して大変な事になったばかり。
今度は一体何が起きるというのだろう。
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