27-美雪の理由
二人でゆっくりと昼下がりを過ごしたあとで、僕は一人スーパーに買い物に来ていた。今回は、涼音の仕事の事もあるので、少し長めに滞在する予定があったので、その食材の買い出しだった。
それは、彼女の冷蔵庫の中が壊滅的だと知ってしまったから……。
実際、お料理は月乃任せで本人は全くしないという彼女が、計画的にスーパーで食材を購入してくるなんて事はないわけで。
月乃もあれで、実は自分が動く事が好きではなく、ヤレヤレといった感じで料理をしてるに過ぎない。何でも、頭の中にいる時より主(涼音)の身体を使ってる時は何倍も疲れを感じるのだとか。
その結果、キッチンに立つ者を悩ませる食材のストックになっていた。月乃は、よくあのストックから涼音のリクエストに応えてお料理できるなって、感心してしまう。
自炊って、1食の食材を買ってたりすると意外に高くついて、下手すると外食してた方が安くつくなんて事になったりする。特に、調味料の価格がバカにできない。
ある程度まとめ買いをして、計画的に食材を利用していくと節約になるんだよね。
また、僕にとって食費の負担は滞在費……、家賃代わりという考えもあった。
二人の関係は、また一歩進んだとは思うけど、冷静に考えてみると、これまでと大して変化してない。僕の生活ベースは、仕事も含めて栃木の都宮にあり、涼音はココだ。今回の滞在だって、一時的なものである。
さらに言えば、彼の存在。
客観的に見たら、「まだ彼氏のいる女性と浮気した男」程度の立場なのは承知している。そこは、スパッと行動してスッキリさせても良いのだけど、アレがどう絡んでくるかわからない。
アレとは、人が離れて行くことに過剰反応すること。
今となっては、前回の来た時の大混乱激は、その影響だと思ってる。
はじめは、それは涼音の心の奥底にあるのかと思っていたけど、ティアに出会って感じたのだ、アレはティアなのだと。
ふぅー、結局のところ、まだまだ問題山積み。
おっと、涼音からメッセージが届いた、どうしたかな?
――――――――――
みちのくの
忍ふもちすり 誰ゆへに
みたれそめにし 我ならなくに
――――――――――
これは、また差出人不明のやつね。
レジで会計を済ませて、軽食コーナーの椅子に座って検索してみる。
えっと今度は百人一首ね
” 東北のしのぶもじずりの模様のように乱れる心 ”
” 誰のせいでしょう? 私のせいではないですよ ”
恋歌みたいだ、なかなか面白い表現だと思う。
「心の乱れは誰のせい?私のせいじゃないよ」か…、彼女らしい歌を送ってきたなって思える。
気になって、涼音に電話をしてみる。
予想はしていたけど、送った覚えもないし、寝てもいないという。数分記憶が飛んでる気もするから、その時に誰か送ったのだろうと言う。
やっぱり、差出人不明のままか…。怖くはないけど、こういう味のあるメッセージを送ってくれる人格が誰なのか気になる、話してみたいなって思う。
昔から頭の良い人……、知的な何かを感じさせてくれる人って好きなんだよね。
今度は電話が着信。
仕事仲間からだ、嫌な予感がする。
予感は的中していた。僕が引き継いだお客様との間にトラブルがあって、助けてくれと。
今から来て欲しいと言われたけど、今神奈川にいると断ったのだけど。
数分後に電話がきて、今日じゃなくてもいいから頼むと……。
仕方ないから月曜日に行く事にした。……せっかくの予定が台無しじゃん。
夕飯を食べながら、僕は月曜日に一度帰る事を涼音に告げていた。
最初は、「聞いてた話と違う!」と不満そうだったけど、火曜日か水曜日にはまたココに来ると告げると、やっと納得してくれた。
「あのね、一つお願いがあるんだ、僕に何か手書きでイラストを描いてくれないかな?」
「え?お父さんの肖像?」
「いやいや、それはいらない。」
「ほら、SOA(ゲーム)で使ってるアバター、あれをイラスト風で頼む。」
「あ!あのアバターいいでしょう? 気に入ってるんだー、それならいいよ。」
僕らの出会いの場であるゲームSOAでの彼女のアイコン。
SOAではプレイヤーが自分の好みで、好きに作れるようになっている。しかも、その自由度が高く、人によってはゲームを始める前のアイコン作りに数時間を費やす人もいる程だ。
僕のアイコンは、ひねくれたお大人のイメージ、目は赤く、髪の色は銀髪にしてるけどね。涼音さんのアイコンは、実物を目の前にしてる僕から見て、雰囲気が本人に似てると思う。
実は最初からソレを書いて貰うつもりだったから、意外に話が早く済んで良かった。
「手書きのイラストなんて超ひさしぶりー。」
そう言うと彼女は、汚部屋の中から、見た事もないようなペンやら絵具のようなものを発掘していく。まさに、これが『汚部屋あるある』、持ち主は意外にも、物のある場所を認識してるんだよね。……とは言いつつ、時々「あれ、どこだっけ?」って首を傾げながら発掘してた。
彼女は早速、鉛筆でラフを書き始めていた。何度かラフを書き直している。
「うーん、やっぱり手書きは面倒!微調整面倒いし。」
確かに、パソコンで百枚近いレイヤーを使いわけで編集していくのとは勝手が違うのだろうね、ちょっと考えても修正とかはパソコンの方が絶対早いしさ。
作画レイヤー(絵を重ねる透明なシートのようのもの)を異常と思えるほど多数に分割する彼女、それなのにレイヤーに一切名前をつけないのは、全て記憶してるからだという。……今回は手書きだからレイヤーとか関係ないけどね。
やっとイメージが完成したのか、「これでいい?」とラフを見せてくる。
「うん、それでお願い!」
彼女が何を書いても、僕は初めからNG出すつもりはなかったけどね。
「じゃ、ペン入れはSOA終わってからするね。」
「うん、楽しみにしてるよ。」
彼女はSOA終わったら、いつもの休憩をする事なくペン入れを始めていた。
「休憩しなくて大丈夫? そんな急ぐものじゃないし。」
「ううん、大丈夫。」
「だって、お父さんに何かあげるの、これが初めてだもん。 嬉しくってさ。」
そう言って彼女はペンを走らせ続けた。
真剣にイラストを描く彼女の横顔は、とっても綺麗だった。人間、やっぱり真剣に何かに取り組んでる時の顔って素敵だよね。
「きゃーー」
突然彼女の悲鳴が聞こえる。
見ると、よく乾いてないところを何かで擦ったらしく色が滲んでいた。彼女は慌てて「ホワイト、修正液でもいいんだけど……」と呟きながら部屋の発掘をはじめるけど、なかなか出てこない。
結局、僕が夜中のコンビニに修正液を買いに行くはめになった、はじめの店に丁度良いのがなくて2店舗目で発見して無事購入。
2時過ぎにイラストは完成した。
彼女に似たアバターが、この部屋に置いてあるお気に入りの猫の縫いぐるみを抱いてるイラスト。世界に一枚しかない手書きのオリジナルイラストを描いて貰えて感激です。
イラストを描きが上げた彼女は、集中力が切れたのだろう、その夜はあっという間に眠りについた。
ふと気付くと、涼音が僕にすりよって来た。
自然に抱き寄せて、唇を重ねる。
!?……違和感。
彼女は荒い息づかいで、積極的に僕の身体を触ってくる、その全てにすごい違和感を感じる。
「君は誰?」
僕は違和感を言葉にした。
「やめないで、もっと気持ちいいことして……。」
艶のある声……でもこれは涼音の声じゃない。
「だから、君の名前は?」
僕は上半身を彼女から離した。
「もう……、美雪です。」
「あぁ、美雪さんか!!噂は聞いてたよ。」
僕はすっと彼女から距離をとった。
「えー酷い、どうして離れるの?」
美雪は……、淫乱で気持ち良い事が大好きのキス魔だと聞いてた。
名前とこの噂は知っていたけど、僕が出会った事のない人格だった。
たぶん、正確には、出会わせて貰えなかったが正解だろうけど。
僕は、一度彼女を抱き寄せて、強く長く唇を重ねて、また離れた。
「今回はこれで我慢してよ、それよりも話してみたかったんだ。」
「えーー!」
「僕だってこういう事嫌いじゃないから、また機会あるから……、だから今夜はお話し聞かせて。」
「じゃ、抱きしめてくれたらお話しでもいいよ。」
結局、僕は彼女を抱きしめながら話す事になった。
「いろいろ言われてるけど、美雪さんだって涼音さんを助けてくれているんだろう?」
「……、樹さんはさんは、ちょっと違うみたいだからいいか……。」
彼女は、しっとりとした艶やのある声で、過去の話を教えてくれた。
彼女は、主(涼音)本人が大して好きでもない彼氏との時や、成り行きでしかたなくなった時に、交代して受け入れてたらしい。他にも、電車で痴漢にあった時にも交代したりと。主が友達から誘われて、イケナイ事をしてお金を貰っていた時も、アレは彼女が代りにしてたらしい。
自分だって好みがあるから、本当は誰でも良いわけじゃないのだけど、主が拒否する全てを受け入れてきたら、こんなになっちゃったという事を語ってくれた。
美雪曰く「好きでもない人の相手するんだから、気持ち良さを求めるしかないじゃん。」
僕の知る限りでも15人も彼が代替わりしてるし、街へ行くといつもナンパされるとか言ってたし、そういう事もあるんだろうね。
そして予想通り、美雪は僕に会う事を、主(涼音)と月乃から禁じられていたとのこと。
今回は昼間に愛し合う僕と主を見て、我慢できなくなって、みんなが寝た隙をついて出て来たらしい。
ハイ!夜這いの理由も了解です。……って、オイ!覗いてるんじゃねーよ!!
なんとなく全員に知られてる気はしてたのだけどね……。
また、賭けの対象にされてないなら、いいや。
自分から誘って断られたのは今回が初めてで、悔しいっても言ってたけどね。
レイプのトラウマから生まれたと聞いていた美雪が、どうしてこういう事好きなのだろうって疑問があったけど、なんとなく彼女を判ってあげれそうな気がした。
「今度、一緒にお酒飲んでみようか?」
「酔わせて何をする気?」
「何もしないって!」
「僕がお酒に誘ったって事なら、堂々と出てこれるだろ?」
「あら、策士ね……、でもいいわよ……その後でするんでしょ?。」
「だから、しないって!」
「なーんだ、つまらない……。」
僕はもう一度彼女を強く抱きしめ、唇を重ねてから頭の中に戻ってもらった。
それは、話してくれた事へのお礼のつもり。
その後、僕はまた記憶の断片とお話をして、眠りについた。
日曜日の昼下がり
「ねえ、ちびっ子の好きお菓子を知ってたら教えて。」
「わかるよ。」
「えっとねー、りさはマシュマロ、由比がゼリー、まおがチーズケーキ、ましろがプリン。」
「みんな、バラバラじゃん、覚えきれない。」
結局、涼音にちびっ子達の好きなお菓子をメモしてもらってコンビニに行くことにした。
昨夜の美雪との一件で、月乃・美雪・そして主(涼音)でお酒飲む事にしたから、ちびっ子達には好きなお菓子を買ってあげたいなって思ったからだった。
それにしても、知識としてはあったけど、みんな本当に好みがバラバラね。
そして、別人格といっても胃袋は一つ、一度にあげたら大変な事になるよね。
結局、午後のおやつは、りさ・ましろ、夕飯を少し少なめにして、夕飯の食後のデザートは、由比、まおにした。
同時には出て来れないし、口だって一つしかないから、交代で出てきてもらって楽しく食べてもらった。
4人とも大喜びで楽しく食べてくれて、僕も嬉しい。
4人の笑顔を見てるのが嬉しい。あの、まおですら慣れてないみたいだけど、はにかんだ笑いを見せてくれている。
なんか、急に4人の子持ちになったみたいな気がして新鮮。
僕って子供いたら絶対に超親バカだよね……いや23の娘にすでに超親バカだけどね。
その後大人は、缶酎ハイを一人1本づつ。
結局は涼音さんの身体に吸収されるわけで、3本も大丈夫かと心配してたら、「私はお酒強くて酔わないから」と豪語。
……全然ダメじゃん、3人で交代して飲み終わったら、酔っぱらった涼音は速攻で速攻で眠りについて、そのまま朝まで目覚める事はなかった。そして、その夜は誰も出てこなかった。主が……、というより身体が泥酔すると何も出てこれないのね。
大人グループは部屋の明かりを間接照明にして、人格を交代しながらしっとりと飲んでいた。
美雪も実質年齢は30くらいになるみたいだし、みんないろいろ背負ってきた厚みを感じる会話になってた。実質年齢の話をすると、月乃と美雪が二人とも怒るんだけどね、そこに余裕の涼音が知らんぷりしてたりしてね。
仕事、バグと変なモノやティア、そして雪村(彼もどき)、不安要素はあるけど、この週末は平和で楽しいものだった。
翌朝、僕は涼音の出勤にあわせて、神田まで同じ電車に乗り帰宅した。
「すぐ戻るから、お仕事大変だろうけど、なんとか頑張れよ。」
「うん」
別れ際には、通勤客で込み合うホームから電車に向かって手を振っていた。
時々思うけど、涼音って大胆というか度胸あるよね。
そして、手を振る彼女を可愛らしいと感じている。
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