S1-未来を見せてあげる

新しい章が始まる前に、このエピソードを挟ませていただきます。


このエピソードの時系列は、本編の次の章と同時進行です。

本編に絡ませる事が困難だったので、ここに挟みます。

(フィクション成分5%)

―――――――――――――


 02:45

 

 涼音が幼い声で何かを呟いている。

 人格が代わったのだろうと、僕は声をかけた。


「君の名前をおしえて?」


「涼音だよ。」

 幼い声は意外な事を口にした。

 僕は驚いた、これまで主人格と同じ名前を持つ人格に逢った事がないから。


「おじさんは誰?」

「僕は、その身体の持ち主の涼音さんのお友達だよ。」


「わたし、お友達なんかいないよ!おじさんも知らないよ!」

「……それでも僕はお友達だよ、だから同じお部屋にいるんだよ。」


「ふーん……。」


 ……納得できないのは仕方ないよね。


「涼音ちゃんは何歳?」

「8さいだよ。」


 今まで僕が出会った人格達とは違うモノを感じる。

 でも、"まひる"という人格と話した時のような嫌な異質感ではない。

 たぶん、これは涼音本人……、幼児退行みたいなものかな?。



 話を聞いてみると、小学校から帰ろうとしたら、下足が見当たらなくて困ったらしい。そして、しかたないから上履きで帰て来たとのこと。


「明日は別の靴を履いて上履き持っていくの。」

 リアルな時間軸で、彼女は本気でそう考えているようだった。


「面倒な事になっちゃったね。」

「ううん 大丈夫だよ。」

「時々あるから、靴は、ゴミ箱とか探せば見つかると思うし。」


 ……イジメの記憶かな。


 慰めても仕方ないよね…慰めが救いになる事は少ない。

 それよりも……。僕は、8歳の涼音に未来を見せてやる事にした。


「あのね、不思議な事だけど、ここは23歳の涼音ちゃんの世界なんだよ。」


 理解できていないであろう8歳の涼音を抱き起して、大きな三面鏡の前まで連れていった。

 多くの事柄は言葉で説明するより、見せる事で理解されるのだ。


「ほら、見てごらん、これが23歳の涼音ちゃんだよ。」

「とっても綺麗なお姉さんになってるでしょ。」


「うわぁ!」

 8歳の涼音は目を輝かせて、鏡を見ながらクルクル回ったりしていた。


「ね、素敵なお姉さんになってるでしょ、これが涼音ちゃんの未来の姿だよ。」


「ほんと? ほんとうにホント?、私はお姉ちゃんになれるの?」

「なれるよ、ここは大人になった涼音ちゃんの世界なんだから。」

 8歳の涼音は、本当に嬉しそうに、そして興味深そうに鏡を覗き込んでいた。




 次に、涼音の書いたイラストを何枚か持ってきて見せる。


「ほら、これも大人の涼音ちゃんが書いたんだよ、イラスト書くお仕事もしてるんだよ。」

「わぁ!かわいい、わたし、絵を描くの大好き!」



 ベットルームに大量にあるゴスロリな服も何着か見せる。


「ほら、大人の涼音ちゃんは、こんな可愛い服を沢山持ってるんだよ。」

 8歳の涼音は目を輝かせて、服を見回している。


「着てみたい!」

「あは、ごめんね今はダメだよ、大人になったら好きなの着ていいよ。」

「ほんとうに?」

「ほんとうだよ、ここは涼音ちゃんが大人になった時の世界だって言ったでしょ。」


 ……ごめんね、着せてあげたいけど、万が一この服に何かしたら、僕が涼音に叱られちゃうから。




 少し後、僕達は先程までいたベットに腰を降ろしている。


「早くお姉さんになれるといいね、待ってるよ。」

「うん!」

 僕は8歳の涼音の長い髪の毛を撫でながら話しかけていた。


「さあ、じゃ今夜はもうオヤスミ。」

「はあーい!おやすみなさい!」

 そして目を閉じると、8歳の涼音は消えていった。



 これは「人格」と呼んでいいのだろうか。

 イメージとしては、記憶の1シーンだけを切り取ったかのような存在。

 記憶の断片のような……。




 この後の僕は、ほぼ毎晩のように記憶の断片達と語る事になる。

 3歳から涼音の実年齢まで。記録を見ると3歳以後の全年齢をコンプリートしていた。20以上の記憶の断片達。

 同じ年齢でも、違う時の記憶なのだろう、同じ年齢と何度も出会ったりもした。

 年齢の順番に出てくるのではなく、いつの涼音が出て来るのかわからない。15歳と話してた翌日は6歳とかね。


 ほぼ毎晩の事なので、僕も扱いに慣れてきていた。

 話の終わりには、「目を閉じて眠りなさい」というと、みんな消えていった。




 彼女の記憶の断片達を、概ね分類してみる。


▽3歳から中学の入学直前

 イジメや友達がいない事を悲しむ子が多かった。

 ……いつくかの衝撃的トラウマ

 お絵描きが好きだった。


▽中学から高校入学まで

 イジメや友達がいないは相変わらず。

 高校生に向けて受験の心配や将来への希望を持ってる子が多かった。


▽高校から専門学校まで

 ほとんどが、23歳だと知ると、まだ生きていたのかと驚いている。

 自虐的な考え方がほとんどだった。

 

▽社会人から現在

 仕事にポジティブに取り組み、そして実際に優秀だった事が伺える。




 面白い事も起きていた。


 記憶の断片は、決してその記憶が固定されたものではなかったのだ。


 例えば、

 高校受験を控えた涼音の記憶の断片を励ます。その後で、高校合格を喜ぶ涼音に、「応援してくれてありがとう。」とお礼を言われたりする。


 ある記憶の断片に「1年前の君にも会ったよね。?」と問いかけると、「うん、覚えてる、そろそろ逢えるかと思っていた。」なんて返された事もあった。もちろん、1年前にその断片と話したのではなく、1年若い断片と数日前に話した後の事です。


 仕事にポジティブだった断片に至っては、リアル涼音がダウンした時に、代わりに出勤し1日仕事をしてくるという事もまでやっている。

「仕事が簡単すぎてつまらなかった、もうこの仕事はしない。」という感想付きでした。


 こうなると、単なる記憶の断片ではなくて、人格と変わらないよね。


 もう一つ特筆すべきなのは、彼女の中には「友人が自殺して死んだ」という記憶と「友人が自殺したけど、生きている」という両方の記憶の断片が存在するということ。


 記憶って何だろう……不思議。


―fin

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る