24-中の人達

 深夜の音声チャットで、僕は涼音に人格達への疑問を質問していた。


「ましろは、転生したけど、年齢5歳って言ってたよね。」

「これは、転生したから5歳って事?」


「うん?」


「だから、転生前が5歳だったから、5歳に転生したってこと?」

「あー、そういう疑問ね。」


 涼音は、質問の意味を察してくれたようだ。


「ましろは、転生前はもっと大人だったよ。」

「私の中の変なモノを消去していく、人格クラッシャーて呼ばれてる兵器だったもん。」


「以前も聞いたけど、兵器とか怖いんだけど。」


「んふ、ましろの両腕は刃物なんだよ。」

「えぇ!!マジですか?」


「あはっ、たぶん、記憶はほとんど残ってないと思うから、大丈夫だって!」


「私の願いを、たまたま、ましろの入れ物が拾って、転生しただけだと思うから。」

「今のましろの中は、お父さんに甘えたいって私の気持ちが詰まってると思うよ。」


「そういえば、そう言ってたね。」


「んふ、刃物の両腕で抱きつかれてみる?」

「それは勘弁して欲しい、頼むから涼音さんの腕を貸してやってね。」


 本当に不思議な人格達の世界……。



「私の中の人格達には、年齢の設定みたいなのあるけど、0歳から産まれてくるわけじゃないのよ。」

 そう言って、涼音は僕に人格達の年齢の事を教えてくれた。



 人格が生まれる時は、ある年齢の設定と名前をはじめから持っている。

 どうして、そうなってるのかは、涼音にも判らないらしい。

 そして、歳をとるわけじゃなくて、ずっとそのままらしい。でも、全員じゃないけど、いくつかの人格は、いつのまにか年齢がスライドするらしい。


 例えば、月乃の場合は、初めは10歳だったそうだ。

 そして、ずっと10歳のままだったらしい。やがて、涼音が10歳に近づいたら、いつのまにか18歳になっていたそうだ。涼音が18歳に近くなったら、いつの間にか25歳になっていたそうだ。

 いつ年齢がスライドしたかは、よくわからないらしい。

 つまり、月乃は常に涼音より少し年上なのだという。


 何となく、状況を察する事ができた。

 月乃って人格の場合、数字としての年齢には意味がないのだろう。

 涼音のお姉さんのような立場であるということが重要で、涼音の成長に伴って整合性を取るために、あまり意味のない数字の年齢がスライドするって事なのだろう。


 実際に私達だって普段の生活で自分の年齢や身近な人の数字としての年齢なんて気にしてない、必要があった時に数字の年齢を思い出すだけだろう。せいぜい、年上とか年下って認識くらい。

 いつのまにかスライドしたというより、普段は数字の年齢なんて全く意識してないのだろうと思えた。



「え、ちょっと待って…。」

「じゃ月乃さんって、実際は10歳で生まれて……たぶん20年くらい経ってるから、実質は30歳くらいってこと?」


 僕がそう言うと、突然、冷たい声が聞こえてきた。

「女性の年齢を詮索するなんて、最低の行為ですよ!」


 突然月乃が出てきて、怒られた。

「はい、ごめんなさい。」


 月乃は一言だけ去っていった。

 アハハハ…。月乃さんでも年齢を気にしたりするんかい。

 でも、月乃さんの実質年齢が僕に近い事を、ちょっぴり嬉しいって思ったのは秘密。


 僕は涼音に質問を続けた。

 スミマセン…、懲りない自分です。


「由比はどのくらいいるの?」

「由比はまだ3年くらいかな…、生まれた時から15歳のままだよ。」

「じゃ、実質18歳? なるほどね。」

 僕は由比に誘惑された時の事を想い出していた。


「えっとね、りさはちょっと特殊かな。」

「りさも月乃と同じくらい一緒にいるけど、あの子はずっと幼女のままなの。」

 彼女がそこまで言うと、今度は幼い声に変わった。


「りさ、幼女じゃないもん! りさを幼女って言わないで!」


 どうやら、りさは自分が幼女扱いされるのは不満らしい。

 言動とか幼女そのものなのだけど、実際には20年くらいは生きているって事か。

 幼女扱いされるのが不満なのは少し理解できる。

 気をつけよう……。


 少し意外だったのは、涼音の中でも特別な存在である桜花が、まだ生まれて3年くらいだという事だった。



 涼音の中で、概ねこんな感じに分類されているらしい。


 ちびっこブループ

  りさ、由比、まお、ましろ


 大人達

  月乃、月斗、桜花、みー、美理、美雪


 JK

  美緒


 傍観者

  沙緒



 美緒も永遠のJKのような気がしてきた、実質年齢を知るのが怖い。



 みーは、だんだん言葉を話すのが上手になってきている。

 はじめは、言葉の音を発声するのに、あんなに苦労していたのに、最近では、わりとスムーズに言葉を言えるようになってきていた。

 それを涼音に報告すると、彼女は驚いていた。

 みーも月乃と同じくらい長い間存在するらしいけど、これまでそんな事はなかったらしいし、今でも「みー」しか言わないとの事。

 月乃は長くみーと一緒にいるので、「みー」しか言わなくても、何を言いたいのか理解できるらしかった。


 そうえいば、会社で涼音が昏睡した時「みーが推してる」って言ってたのを思い出した。

 現状では、みーは僕と会話する時以外には言葉を発しないらしい。僕と会話する為に、言葉を話せるように頑張ってくれたかと思うと、正直嬉しい。



 時雨に関しては、一時融合していた由比以外は、涼音さんも含めて存在を認識できないとのこと。

 時雨のいる鏡(裏人格)の領域は、やはり特殊なものらしかった。

 涼音から生まれた人格と、鏡から生まれた人格との差だろうか?

 時雨は声を出せないので、音声チャットで話す事はできない。独りでいる事を想像すると、少し切なくなる。

 今度行ったら声かけて沢山お話し(筆談)してみたいなって思えた。




 涼音がいつものようにパタリと寝落ちした後、僕は由比と話していた。


「由比は最近、出番あるの?」


「うん、時々呼び出されるよ。」

「お仕事で、苦しくなる事があるの。」


「大丈夫?」


「うん、由比は痛いの慣れてるから。」

「由比はあのくらい全然痛くないよ。」


 最近、涼音から職場の愚痴を聞く事が多くなっていた。

 職場での面倒ごとには、さすがに介入できない。当然、守秘義務もあるから、涼音も詳細に仕事の状況を語る事はしない。

 大雑把な情報の中で、僕は教科書的な励まししか出来ていなかった。


 実際には、誰もが職場でのストレスなんてのは抱えていると思う。

 多くの人は、それに耐えて、あるいは消化して働いている。でも、それが限界を超えると、心に大きなダメージを受けたり、酷い場合には自らを消す事さえある。

 僕には、またその度合いがよく把握できていなかった。



「彼氏はどう?」


「あの後、由比、一度だけ逢ったの。」

「あいつさ、由比達に怯えてるみたいで……。」

「由比、そういう態度が嫌い。」


「怯えてるの?」


「うん、由比わかるんだ、なんかオドオドしててさ。」

「絶対に由比達のことを怖がっている。」

「由比はやっぱり大嫌い。」


 雪村(彼)……、困った奴だ。

 僕が書いた『涼音さんマニュアル』の絶対しちゃダメ欄にも書いてあったろうに……。

 あの戦いの日以後、涼音はそれ以前のような激しいショック状態になる事こそ無くなったけど、彼への不満と愚痴は日に日に増えていた。呼び方は相変わらず「彼もどき」。



 僕は、涼音と想いの交換をした後は、再び彼とどうやって別れさせるかの模索をしている。

 僕が頭を下げて、よりを戻してお付き合いをお願いしたという手前、以前より困難で面倒な事であった。

 ごめんね雪村、振り回してピエロさせて申し訳ないけど、振り回されてるのは僕も同じなんだよ。


 だけどね、雪村は由比の報告にあった通りダメダメぶりを発揮している。

 涼音からの報告でも、時々「疑い」など、以前の雪村のような態度が出始めてきている事がわかる。

 僕が彼に告げた条件……。よりを戻す直前に告げた条件、彼の行動がそこから逸脱しつつある事は突破口だと思う。


 彼が以前とは変わってくれて、涼音を理解して、彼女の気持ちをしっかり掴んでくれるなら、僕がこんな事を考える必要はなかったのだ。

 やはり、人間というのは簡単に変れるものではないということね。


 これだけでも、十分に面倒な状況なのだけど…。

 前回の反省を踏まえて、もう一つ慎重に事を進める理由があった。


 僕の推測の通りなら、やり方を間違えると、また涼音の中の『人と離れたくない』という想いが働いて混乱を招く可能性がある。

 それは、僕が涼音と気持ちを確かめ合ったからといって、無くなってるモノではない筈。




 翌朝。


―――――――――

今はとて天の羽衣着る折ぞ

君をあはれと思ひ出てける

――――――――――


 あれから時々、涼音から差出人不明のメッセージが届いている。

 今日は和歌か何かかな…?。本当に一体、誰なのだろう?


 はいはい、ネット検索と…。


 えっと、竹取物語かぐや姫の昇天ね…。


” 今はこれまでと、天の羽衣を着る時に ”

” 君のことを、しみじみと思い出したのですよ ”


 やっぱり僕へのメッセージなのだろうな…。

 誰なのかわからないけど、こういう詩的なアプローチ嫌いじゃないんだよね。



 しばらくするともう一通メッセージが届いた。


――――――――――

今帰った

朝から気持ち悪くて

駅のトイレで吐きたくなって1時間くらい中にいた

会社に連絡して帰ってきた

今から寝るzzz

――――――――――


 電話してみると、気持悪いだけで熱はないという。

 たぶん眠れば大丈夫だと言っていたので、そのまま寝かせる事にした。

 その時は、こんな事もたまにはあるかなって軽く考えていた。


 そして、実際にはお昼過ぎには目を覚まして、電話で僕に元気な声を聞かせてくれた。それどころか、これから1人カラオケ行いって、ライブ配信するから聴けと言ってくる。

 これだけ元気なら大丈夫だろう。




 その後で僕は、約2時間弱、彼女達の絶唱を聞く事になる。

 ライブ配信とはいっても、1対1の音声チャット、リスナーは僕だけである。


 1曲目は「残酷すぎる天翼のテーゼ」

 僕でも知ってる少し古い人気アニメのテーマソング。

 お!なかなか上手じゃん、カラオケ配信を聴けって言ってくるだけの事はある。

 歌には自信があるのね。


「上手いねー!」

「エヘヘ、そうでしょう、これ歌うとオジサン達が喜ぶんだよね。」

「あー、ハイハイ、ゴメンナサイ、僕もオジサンデス。」



「次は私ですね。」

 冷たい声に代わった。

 月乃さんが歌うんかい!

 すごい驚いた。


 彼女はしっとりとした名曲「氷の華」を歌った。

 あのー、選曲が冷たいんですけど…。

 でも、やっぱり上手だった。


 ……というか、これって人格達のカラオケショーですか?。

 結局、月乃はコレ1曲だけだったけど、その後、涼音、由比、美緒の三人でマイクを回しながら、いろいろな歌を歌いまくってくれた。


 みんな、選曲の好みも、声も全然違う。

 もしかすると、桜花もいたのかもだけど、僕には涼音と桜花の声を聞き分ける事はできない。


 一人カラオケの筈が…多重人格って意外に便利ね。

 僕は聞いているだけだったけど楽しい時間を過ごせた。

 終わった後、涼音も「スッキリしたー!」って叫んでいた。

 うん、ストレス発散には、こういうカラオケで歌いまくるって定番だよね。


 夕方帰宅した彼女は、疲れたのだろう。いつもの、休憩(眠り)に落ちていった。





 その夜、ゲームSOA。


 涼音のパーティーに、ポテ君の代わりに、新しいメンバーが正式メンバーとして加わった。

 名前は「男爵」、以前は大手ギルドに所属していて、それなりに装備も実力のある剣士で、過去に何度かヘルパーとして、僕達のパーティーを手伝ってくれた事があった。


 男爵さんの中の人は、27歳の既婚者。

 奥さんも同じゲームをやっていて、基本的に別パーティーで行動してるとのこと。

僕は彼のそんな話を聞いて、なるほどなって思っていた。夫婦で窒息しない上手なやり方だと思えたからだ。


 この時は、これでまた安定したパーティーでゲームを楽しめるようになると思っていた。翌日から僕がSOAを休止する事になろうとは、思ってもいなかったからだ。





 翌朝。


――――――――――

今日は会社までたどり着いた

やっぱり、気持ち悪くて会社のトイレにこもった

上司に言って、これから帰る

――――――――――


 涼音からメッセージが届いた。


 昨日に引き続き2日連続で会社を欠勤。

 心配だけど、今電話しても、まだ会社か、家に戻る途中(電車)だろう。


――――――――――

把握

――――――――――


 僕は短いメッセージを返信した。


 2日連続か…、これは少しマズイな。

 昨日は、朝に具合が悪くなって、午後から夜にかけては元気いっぱいだった。

 そして、今日は会社に着いたらダウン。これは、どう考えても出勤への拒絶反応だよね。

 仕事のストレスは彼女にとって、僕の予想以上に大きなモノだったらしい。

 これか3日、4日と続けば、彼女は生活のベースである仕事を失う事になる。

 イラストの仕事はあくまで副業だ、彼女は好きなイラストを描いて、少しお金を貰える感覚だと言っていた。


 僕は大きめのバッグを引っ張り出して、着替えや仕事の資料を詰め込み始めた。

 そう、僕の中でまた親バカが発動して、傍に行くと決断したのだった。

 そして、今度は2、3日では戻れない予感がしたので、いろいろな物をバッグに詰め込んでいた。



 短いメッセージを涼音に送る。


――――――――――

今日、そっちへ行く

――――――――――



――――――――――

えー来てくれるの?

嬉しい!

――――――――――


 彼女の返信を確認した僕は、駅に向かって歩き出した。

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