23-比翼の鳥
美理との会話を終えた後、僕は考えていた。
爆発しそうになってた僕への感情。
その後の美理の意味深な言葉。
そういう事には鈍い僕でさえ、涼音の想いには何となく気付いていた。
それが彼女のストレスになりつつある事には気付いていた。
なのに、僕はそれを見ないフリしていた。
僕はズルい人間だ。
自分で反吐が出るほどズルい人間だ。
実は、僕は人を愛するという事がよく判ってない。
人への好きはわかる、異性としての好きもわかる、恋もなんとなくわかる。
でも、僕にはその先がわからないのだ。
僕が自分をアダルトチルドレンと考えた要因の一つでもある。
僕だって、これまでの人生の中で、元妻をはじめ、何人かとお付き合いはしてきた。いずれも、僕から好きになり、僕から申し込んだ付き合い。でも付き合いだしてから、自分の心や想いがそこから先へ行こうとしないのだ。
たぶん行き方が知らない。
だから、僕は元妻と別れた後、恋愛により一層臆病になり、恋愛バリアーをはっている。恋愛バリア……、それは離婚を伝えない事。
僕も涼音と同じく、他人と長い時間同じ空間にいるのことを苦痛に感じる人間だ。
これまで3度、延べ約1週間くらいの時間彼女と同じ空間で過ごして、不思議に拒否感が出ないどころか、心地良さを感じている。彼女も同じ性質を持っている筈なのに、僕と一緒にいて苦しくない事を驚いていた。
僕達は一緒に生活するには、相性が良いのかもしれない。
でも、雪村(彼氏)との付き合いが再開したばかりの今、僕が下手に動いたら、大きな混乱になるとしか思えない。それなのに美理は、僕が素直に彼女の気持ちを受け止める事が、全ての事を解決する鍵だと言ってるように感じる。
僕はズルく臆病な人間だ……。
でも、僕の存在が涼音を壊す事になるのは嫌だ。
美理の言葉は僕の背中を押してる気がする。
少しだけ勇気をもって素直になろうかな。
それは彼女の為に。
――――――――――
在天願作比翼鳥
在地願為連理枝……
「比翼連理」を心の底から願えない私は、
悪い娘でしょうか……
――――――――――
翌日、僕の端末には涼音からこんなメッセージが届いていた。
中国語?漢詩?漢文?、こんなの判らないよ。
直接聞いてみようと彼女にメッセージを返信した。
――――――――――
ワタシ ニホンジンアル
イミ ワカラナイ;;
――――――――――
ところが、涼音も判らない、送った記憶もないという返事が来た。
それなら、他の人格達だろう。
僕は人格を呼び出す為に電話して、一人づつ声をかけていった。
だけれど、誰も送った覚えがないし、誰が送ったかわからないという。
結局、送信者不明のメッセージ。
しかたないから、ネットで漢文の意味を検索してみるた。
それは有名な漢詩だった。
” 比翼連理 ”
” ともに連れ添う男女の情愛 ”
” 仲むつまじいこと。 ”
” 比翼の鳥は半身しかなく雌雄で一体となる伝説の鳥。 ”
” 二人で合わさり飛べるようになる ”
” 別々に埋葬されても、そこから生えた木の枝が結びつく ”
” どこまでも一緒でいようとする伝説の鳥。 ”
涼音の中の何が(誰が)このメッセージを僕に送ってきたのかわからない。
でも、メッセージの送り主が涼音の中に存在するのは間違いない。
僕の心にチクりと痛いものが刺さったように感じた。
やはり、僕は前に進まなければならないのだろう。
僕は決断していた。
翌日の夜。
昨夜あんな事があったというのに、ゲームの中での涼音(桜花)は明るかった。
もちろんポテ君はいない、早速ポテ君の代わりを探し始めるポジティブで明るい彼女。
僕には判っていた。今、ゲームをしてる彼女は、明るく脳天気な桜花の人格なのだろうと。
涼音がどんな想いでポテ君の消えたゲーム画面を見てるかと思うと切ない。
深夜に音声チャットを始めると、思った通り涼音の声は重く暗いものだった。
……、そうだね僕は決断したんだ、勇気を出して少し前へ進もう。
「あのね、僕はさ、実は恋愛とかが、よく判らないんだ。」
その後、僕は彼女に、僕の壊れた恋愛観を伝えた。
人(女性)を好きになる事はできる、恋もたぶんできる。
でも、その先に進めない事。
僕が人の愛し方を知らない事……。
過去に女性と付き合った時は、勝手に僕が暴走して、自らその関係を壊してきた事。
「私も判らないよ。」「私だってそうだよ。」
彼女は、こんな僕の壊れた恋愛観を、時々同意してくれながら聞いてくれた。
「僕は恋愛的な好きとか愛とか、君に嘘を付くみたいで言えないんだ。」
「だって、ほんとうに確証がないから……判らないから。」
「だからね、僕は涼音に、恋人ではなく僕のパートナーになって欲しいんだ。」
「お互いを支え合えるパートナーになりたいって思うんだ。」
結局、その夜、僕らは愛とか好きとかという言葉は使わずに、互いの気持ちを交換していた。二人とも、その先に問題が山積みなのは理解している。
それでも僕らは、お互いの想いを交換した。
そして、その直後から、彼女には明るい声とテンションが戻っていた。
これでいいのかな……。臆病な僕の不安は消えない。
だけど、僕は、僕達は、僕達の関係は、一歩だけ前に踏み出したのだ。
その夜、涼音がいつものようにパタッと眠りにつくと、由比ができた。
「いつきさーん。」
突然、由比に呼ばれた。
ほんと、この子の声は明るい。
由比が復活出来て、本当に良かったと思う。
「報告あってきたの。」
「あのね、由比ね、身体が元に戻ったよー!」
「だから時雨と離れて、元の場所に戻ってきたよ。」
「身体が戻ったりするの?」
「うん、戻る事もあるけど、消えちゃう事もあるよ。」
「時雨と合体してたってのもあるけど、いつきさんと話してると、戻るの早いような気がするよ。」
よく判らないけど、そんなものなのかな?
「時雨さんは?」
「時雨さんも身体は戻ってるよ、そして元の場所にいるよ。」
元の場所に1人って事は、鏡の領域に1人で残ったって事かな?。
「時雨さん一人で寂しくないのかな?」
「もともと声も出ないし、はじめから1人だったから大丈夫だって。」
「そうなんだ……何にしても由比ちゃん、復活おめでとう。」
「うん、ありがとう。」
「これからも、由比が苦しくならないように僕はガンバルよ。」
「いつきさん、それって由比の出番なくならない?。」
由比の役割は、痛みや苦しみを引き受ける事だ。
「大丈夫、出番なくても、僕が直接呼び出してあげるから。」
「うん、いつきさんが呼んでくれたら由比すぐに出てくるよ。」
「さあ、今日はもう寝よう。」
「はーい、おやすみー!」
寝ようかと思ったけど、忘れるところだった。
あの人にも報告しておかなきゃだね。僕は美理を呼び出した。
「美理さん、出てこれますか?」」
「はい、何でしょうか?」
穏やかな落ち着いた大人の声が聞こえる。
言葉使いが月乃に似てる気がするけど、冷たさは感じない。
「全てを解決する鍵なのかどうか判らないけど、僕らは一歩だけ前に進んでみたよ。」
僕は、涼音と気持ちを交換した事を美理に報告した。
「ええ、見ていたので、判ってましたよ。」
「私はコアの一つですから、だいたいの事はいつも判ります。」
コア?一体どういうことなのかわからない。でも何か重要そうな立場の気がする。
そういう存在だったのか、道理でお見通しなわけだね。わざわざ、報告しなくても良かったのかな。
「それに、あなたが仲良くして下さっている由比と私は強くつながってますので、あなたの事もよく見えていますよ。」
つまり、僕が由比にデレデレしてるのとか全て筒抜けって事らしい。
「でも、本当にこういう事が、全ての問題を解決する鍵になるんですか?」
「だから、それは、あたな次第ですよ。」
僕がぶつけた疑問をフワリとかわして、美理は消えていった。
僕はふと思い立って、今の涼音領域のまとめ役だろう桜花と、元まとめ役の月乃に声をかけてみた。
「桜花さん、月乃さん、今夜は涼音がゆっくり眠るようにお願いします。」
「おやすみなさい みんな。」
「はーいのん!」「承知しました。」
月乃さんは一応敵だから桜花さんと一緒にお願いしてみたのだけど、二人から返事がきた。月乃さんが、ちゃんと答えてくれた事に安堵を覚える。
僕は昨夜からある仮説をたてていた。
涼音は、人と離れる事に大きな抵抗を持っている。
だから鏡は、彼との別れを代行したのではないかと思えてきた。
以前に僕の考えの通りなら、鏡は裏というより本心なのだから。
その別れの行動と、涼音のどこかにある人と離れたくないという想いが絡み合って、今回の複雑で面倒な事態を引き越してるのではないだろうかと考えた。
あるいは、鏡は、こんな状態を作り出す涼音を消そうとしてるのかもしれない。
心は離れてるみたいなのに、不思議と別れることへの行動が重かった涼音。
そして、大混乱……心は離れたままなのに彼とよりを戻す事になった。
この二つがそれで納得できる。
実際に、彼とよりを戻す事で、何が彼女を消さない事につながるのかという理由は全く見えてこない。それどころか、彼女の気持ちは以前と変わらず、彼と離れている。
あの時の僕達は、人から離れたくなかっただけの、都合良い理由を見せられただけじゃないのか。
それなら、僕が彼女の気持ちを受け入れても良い事になる。
この仮説は、僕の免罪符なのかもしれない。
―――――――――――
偶然は必然
積み重なる偶然の先の必然
私は待っていたのかもしれない
―――――――――――
翌日も涼音から差出人不明のメッセージが僕の元へ届いていた。
漢文ではないけど、やっぱり意味がよく判らない。一体誰なのだろう?
その夜、僕が涼音と音声チャットをしていると、彼女がいつものようにパタっと落ちた。それは、いつもの事なのだけど、今日は少し様子がおかしい。
鼻歌、部屋を動き回る気配。
明らかに誰かが出ているのだけど、僕の呼びかけになかなか応じない。
「あれ、どこかから人の声がする?」
僕の声に気付いたようだった。
僕は苦労して音声で誘導して、その誰かにチャットしてる携帯端末を拾わせた。
名前は「まひる」。
かわいらしく丁寧な話し方……印象年齢はりさと大差ない感じがする。
知らない場所に突然いてびっくりしたらしい。
僕が、身体に何人もの人格が同居してると話すと、すごく驚いている。
全く自覚はないらしい。
産まれたばかりという自覚もなく、「まひるはずっといるよ」と言う。
ずっと、……赤ちゃんの頃からいると。
父の名前は「せいじ」母の名前は「あみ」だという。
おかしい、涼音の両親の名前と違う。
探りを入れてみると、お父さんを尊敬してるという共通点はあるけれど、家庭内の状況は涼音から聞いていたものとは全く違う。
でも、多重人格の中の人格の一人だという認識は全くない。
その身体を、当たり前のように自分の身体だと言い切る。
その為か、他の人格の名前を呼んでも交代できない。
僕にとって、こんな事は初めてだった。
そして僕の中に広がる異質感。……この子の存在は何かおかしい。
一番納得できそうなイメージは生霊。
どこかで子供が眠ってたら、何故か涼音の中で目覚めてしまったという状況なら納得できそうな感じ。……ううん、それはさすがに……無いよね、中の人格であって欲しい。
結局、まひるという名の女の子とは、一時間弱お話しをしていた。
お話しを終わりたくても、彼女は消えないし、他の人格に交代もできなかったのだ。
いつまで続くんだろう……。そんな事を考えていると、何の前触れもなく眠るように彼女は去っていった。
覚醒した涼音に、いつものように、今までの出来事を報告した。
別人格との出来事は、彼女の記憶に無い場合が殆どなので、こうした報告は僕にとっては日常になっている。
僕の報告を聞いた涼音の反応は、やはり今までとは違うものだった。
「お父さん、その子の事は忘れて。」
「変なモノを定着させちゃダメ!。」
……叱られた。
僕はいつも新しい人格に出会うと名前を確認して、その人格を理解しようとしてきた。それを涼音に止められた事は無かった。
僕からの認知が、その人格達の存在に何かしら影響がある事も薄々感じていた。
外部の僕が認識して名前を読んだりする事で定着しやすくなるのかなってね。
確かに、僕もまひるに関しては何か異質なものを感じてたし、彼女も「変なモノ」と言っている。
うん、気を付けよう。
ほんとうに、涼音の頭の中は不思議な事ばかり、僕はまだまだ理解が足りてないみたいね。
「鏡、鏡は出てこれるか?」
鏡(裏人格)を音声チャットで呼び出したのは、これが初めてだった。
「フフ、どうしたの?」
悪役テンプレな雰囲気に、少し太い声。
さすがに慣れてきたかな。
「ゲームに新しいオプションを追加しようと思ってな。」
たぶん僕は、鏡と話す時は悪人顔してると思う。
「フフ、それはどんなもの?」
「僕が涼音と一緒に暮らすかもしれないというオプションだ。」
「あるいは、すぐ近くで僕が生活する事になるかもしれないオプションだ。」
「フフ、そのオプション楽しそうね。」
「了解したわ。」
そう言って一瞬で去って行く。
そして悪役っぽい去り際、ホント、ブレないよね鏡って。
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