22-とまり木

 週刊ポンコツ娘・週刊親バカ。


 計ったように週末近くになると何かがあり、僕は涼音の元へ駆けつけていた。

 タイミングが良い……、良すぎる気がする。

 でも、僕は雪村に涼音の事を任せたのだから、週刊は廃刊かな。

 たぶん、これからは僕が彼女の元に駆けつける必要は減るだろう。


 改めて涼音と付き合う事になった雪村。

 雪村は一応この世界で彼女の多重人格を知る2人目の人間なのだから。これからは涼音に近くで寄り添う必要がある事態になったら、彼がそれをしてくれるだろう。

 そして、僕は二人にとってのカウンセラーのような立場で二人を応援していく事になるだろう。

 これは、客観的に考えて正常な形だ。



 ……少なくとも、はじめはそう考えていた。


 でもね……。

 あのポンコツ…失礼、雪村の事が僕には不安でたまらなかった。

 これまで見てきた彼…、そのままならダメダメ。果たして彼は変ってくれるのだろうか。僕が付き合い再開に際して言った事を、彼は理解しているのだろうか?

 不安でたまらない。


 僕は、1時間以上かけて涼音さんの事や、他の人格への対応の仕方を文章にまとめて、雪村にメッセージで送信した。題して「涼音さんマニュアル」を作って送ったのだ、タイトルを見たら涼音怒るかもしれない。


 どうして僕がこんな面倒な事を…、僕は面倒な事は大嫌いだ。

 どうしてこうなった。




 18時前、雪村からメッセージが入る。


――――――――――

美緒って子がずっといて

何度も帰れって言ってきます

この場合は帰った方が良いのしょうか?

―――――――――――


 一瞬、自分が打ち上げ花火になって空に打ちあがり、ドカーンって消えたい気分になった。……それは、自分がした事を否定して無かった事にしたい気分。

 さっき、1時間以上かけて作成して送った「涼音さんマニュアル」にも書いてあるだろうに、僕の時間を返せって気持ちにもなった。


 最初の質問・相談がコレかよ!

 ……というか、コイツまだ涼音のとこ居たのか。


 涼音のやつ、余っ程、彼に帰って欲しかったんだろうな。

 彼女は、彼氏との関係以前に、他人と長時間同じ空間で過ごすのが苦手、それは簡単に変わるようなものじゃないのだから。

 それでJK美緒に丸投げして逃げたんだと思う。美緒に「帰れ!」と粗暴に言われてる雪村の姿が目に見えるようだ。


 まあいいでしょう、何でも聞いてくれと彼に言ったのは僕なのだから。


――――――――――

朝言いましたよね。

別人格の考え方は涼音さんと無関係でななく、涼音さんが反映されてると。

帰るべきだと思いますよ。

――――――――――


 こんな状態で大丈夫なのか……。




 僕は深夜に音声チャットで涼音から報告を受けていた。


「あの後さ……。」

「もう……、彼が帰ってくれなくってさ、イラストの仕事もできないし……。」

「もうヤダから、ずっと美緒に代わってもらっていたの。」

「だから、彼が何してたかなんてのは、全然わからないよ(笑)」

「あ、でも彼がヤリたそうにしてたから、撃退したって美緒が言っていたわ。」

「夜の7時くらいにやっと帰ってくれて、ホッとしたの。」


 これが、今日よりを戻したばかりのカップルの報告だと納得できる人が、この世界にどれだけいるだろう?少しだけ雪村の事がかわいそうに思える。


「そうえいば、色彩なくてもイラストって書けるものなの?」

「私には、いくらでも色を見る方法があるって言ったでしょう。」

「イラスト書く時は、視力だけ桜花に貸してもらって、普通に見えてるよ。」

「それに私は記憶力いいんだよ、今まで見て来たものはフルカラーで動画再生する自信あるもん。」


「……そういうものなのね。」

「安心したよ。」


 なるほど、涼音さんと唯一記憶を共有し、ゲームの時など頻繁に入れ替わってるという桜花。桜花となら視力を共用できるってのは納得。

 僕は他の人格は声と口調で判るんだけど、桜花だけは涼音と区別つけられないんだよね。限りなく同一に近い涼音と桜花。


 彼女の記憶力も、神経衰弱の完敗で思い知らされたばかり。

 以前、彼女は「教科書とか問題集とか丸暗記していたから、試験は余裕だったよ」って言っていた事もあるしね。

 納得です。




「あ、そうだ! ましろが転生ってどういうこと?」


「私の中では、いろんな人格が消えたり生まれたりしてるんだよ。」

「世代交代とか代替わりが激しいの。」

「ましろは、昔いた人格なんだけど、今まで消えていたんだ。」

「それが復活したから、転生って言ったんだよ。」


「そうか、なんか急にかわいい子供が生まれたみたいで、びっくりしたよ。」


「あは、でもね、ましろは以前は人格クラッシャーって呼ばれていて、他の人格を消す為の兵器みたいな存在だったよ。」


「マジですか! 怖いんですけど。」

「大丈夫、ほとんど記憶ないと思うし、転生したましろは 5歳だよ。」

「……ならいいけど。」


 兵器と聞いて時雨のことを思い出した。

 時雨は怖くなかったし、きっとましろも大丈夫。そんな根拠不十分な説得を自分にしていた。



 ……涼音の中の事、僕にはまだまだ判らない事ばかり。



 こんな時間を過ごしていると、あの戦いの以前に戻っただけで、何も変わってないような気がする。

 精神的に疲れがたまりまくっていた僕は早めに回線を切って、数日ぶりに自分の部屋で眠りについた。




 さびしい


 みんなに、置いていかれちゃうのは嫌。

 わたしは、とまり木なんかじゃない。

 いつも、みんなと一緒にいるの。

 いつまでも、みんなと一緒にいるの。

 誰とも離れたくない。

 みんなに囲まれていたい。


 さびしい さびしい さびしい


 誰にも知覚されない深い闇の中。

 ティアは独りで呟いていた。




 あの日は満開だった桜はもう枝に残っていない。

 あの日から数日間は平和に過ぎていった。


 あの最初の相談以来、雪村からメッセージが届いていない。

 夜には日課のゲームSOAをプレイして、深夜には涼音と音声チャットする日々。

 涼音は、相変わらず彼(雪村)への愚痴やら仕事の愚痴を言ってくる。

 ましろや由比をはじめ、他の人格達とも仲良く会話を楽しんでいた。

 ……そう、あの日以前と何ら変わらない日々が戻ってきた。



 その夜、僕が日課のゲームSOAに少し遅れてログインすると、パーティーの様子が変だった。


 詳しく話を聞くと、パーティーメンバーで剣士であるポテ君が、他のパーティに参加している時に、マナー違反的な行動をしたらしい。それを指摘されると、逆切れして暴言を吐いて、その時のメンバーを酷く不快にさせたらしい。その時のパーティーリーダーが、ポテ君のメインパーティのリーダーである桜花(涼音)に報告。

 ……よくありそうなトラブル。

それで、桜花がポテ君を説教してるところだった。


 明るく脳天気なキャラであるポテ君は大学生。

 楽しい奴なのだけど、時々ハメを外してしまう事があるのを僕らは知っていた。 時々、ポテ君が桜花から説教されるのは、このパーティーでは風物詩みたいな恒例イベントなのだけど、今回はちょっと様子が違う。


「僕が他でしたことは、桜花さんには何も関係ないだろ。」

「どうして桜花さんに僕が叱られなきゃならないの?。」


「関係なくないでしょ、現にこうして相手のリーダーが私に苦情言ってきてるんだから。」

「いつも、いちいちウザイんだよ、親でも先生でもないクセに!」

「もう嫌だ、僕はもっと自由に楽しみたいんだ、抜ける!」

「ちょっと待って!」

 桜花の制止の言葉が終わらない内にポテ君はログアウトしていた。


「彼、若いから、調子に乗って暴走しちゃったんだよ。」松風が声をかけた。

「うーん、来たばかりで詳細しらないけど、いつものように明日には来るんじゃない?」僕も詳しく把握できてないけど声をかけた。

「うん、絶対戻ってくると思うよ。」みきちゃんも声をかける。


「……うん、きっとそうだよね。」

 桜花はちょっと落ち込んでるようだった。


 結局その日の僕らは、軽く素材収穫をしてパーティーを解散、早めにログアウトしていった。



 ログアウト後に心配になって、いつものムーンチャットでコールしてみるけど反応がない。電話をしてみたけどやはり反応はない。

 これまでのパターンから、涼音はきっと人格が落ちてるなって思った。


――――――――――

目が覚めたらコールして

――――――――――


 僕は短いメッセージを送信して、ネット探索を初めていた。


 レアな事柄をネット検索するには、コツがある。

 同義語からの選択、類似する事を示す言葉からの選択、ネットに投稿する時にどんな言葉で表現されやすいか、それら組み合わせを変更しながら目的の情報を探していく。

 ……どんなに調べても、多重人格が他の人格に洗脳とか能力制限するなんて話は見当たらなかった。



 彼女から音声着信したのは2時くらいだった。


「……お父さん あたし あたし…。」

「ポテ君のことだろ? 詳しくは知らないけど、明日にはいつものように戻るんじゃない。」


「うっ ううう…」

 彼女は、言葉を発せずに、泣き続けた。

 そして、泣き声が消えると同時に反応が無くなっていた。


 涼音が落ちたみたいなので、僕は由比を呼び出してみる。

 ……反応はなかった。


 りさはどうかな?

 ……反応はない。


 雪村には関係ないから大丈夫かなと、月乃を呼び出してみる。

 ……やはり反応はない。


「おとうさん。」

 困っていると、幼くスイーツな声に呼ばれた。


「ましろ?」

「うん、ましろだよ。」

「ましろ いま くるしいの。」


「苦しいの? 無理しないで。」

「そうだ由比ちゃんに代わってもらおうか?」

「ううん、ゆいちゃん いないの。」

「ほかに だれも いないの。」

 あの夜の事が想い出されて緊張が走る。


「おかあさんね、ちかくで ないてるの。」

 お母さんはきっと涼音の事だろう、消えてはいないようで安心した。


「あのね、ポテってひとがね」

「おかあさんの ふれんど はずしたんだって」

「ぱーてぃー からも ぬけたんだって」

 ポテ君が涼音からフレンド外して、パーティーからも抜けた?


「ましろ、大切な情報を教えてくれてありがとう。」

「うん ましろ おとうさんの ためなら なんでもするよ」

「ありがとう、苦しいんだろ、もういいから大丈夫 中に帰って休んで。」

「うん おとうさん また おはなしてね。」


 そして静寂が訪れた。



 すぐにSOAにログインして、フレンドとパーティを確認した。

 すると、ましろの報告通り、ポテが僕らのパーティーから完全脱退して、さらに僕のフレンドリストからも消えていた。

 涼音が、パーティメンバーを大切にしてるのは知っている。彼女がここまでボロボロになっている理由を、ましろが教えてくれたのだ。ありがとう、ましろ。


 SNS事件の時にも思ったけど、彼女は自分の周囲から仲間が消えて行く事に、過剰に反応しやすい。そして、実際にそうした仲間達を大切にしてるのが伝わっている。

 客観的に見たら、ゲームのパーティーメンバーでゴタゴタがあり、メンバーがパーティーを脱退していくなんてのは、よくある話。


 僕もポテ君の事は残念だけど、ポテ君をそれで引き止めたり縛るつもりはない。

 ……そう、人間関係って近づくのも離れるのも自由だと思っている。とくに、インターネットとかゲームの世界では、それがよく起きる。

 そうした多くの細い繋がりを沢山経験していく中で、本物の強い繋がりに出会えたら良いななんて考えていた。

 でも、涼音さんにとっては、冷たい僕みたいに割り切れるモノではないのだろう。




「涼音さん……。」

「……うん。」

 僕が声をかけると、意外にも簡単に彼女は反応してくれた。


「ましろに教えてもらったよ、ポテ君抜けちゃったね。」

「うん……。」

「また、いなくなっちゃった……。」

「みんな、私から離れて行ってしまうんだ……。」

 以前にも聞いた事のある彼女のトラウマにもつながる言葉。


「僕は、しつこく、娘にしがみついてるだろ?」

「うそ! お父さんだって、絶対離れるでしょう。」

「いつかは離れるけど、それはまだまだ先だよ。」

 以前にもあった会話の流れ。


「うそ! 今だってお父さん、私から離れようとしてるでしょ。」

「私は、いつだって、いつまでだってお父さんと一緒にいたいのに。」

 以前とは少し違う流れに戸惑う。


「離れられるの我慢できないから、自分から離れようと思ったのに、出来なかった。」

「お父さんは、私の気持ちなんて全然判ってくれない!。」

「私にとってどれだけ大切か、私がどれだけ想っているかなんて、全然判ってないでしょ!。」

 ……ゴメン、本当はね、判っていたんだよ、知らないフリしてただけ。

 でも今はそれを言葉にすることはできない。


「判っているから、今はそれ以上言わないで。」

 彼女の返事なく、鼻をすすりながら泣き続けた。


 勘違いかもしれないけど、自惚れかもしれないけど。

 僕は以前から気付いていた、たぶん僕の事を好きなのだろうと。それは、父とか娘じゃなくて、もっと別の感情。そして、僕もたぶん同じだった。でも、雪村(彼)、鏡(裏人格)……、そうした事を考えると自分の本当の気持ちを認める事も、彼女の気持ちを受け止める事もできない。




「困った人ですね。」

 聞いた事のない落ち着いた大人の女性の声がした。


「あなたは誰ですか?」

「私は美理(みり)と申します。」

「私は表に出るのは好きじゃないのですが、お二人を見ていられなくて出てきました。」

 落ち着いた声で語られる言葉には、呆れてるような感情が入っているように感じられた。

 そして、涼音の想いも僕の心をも見透かしてるかのようだった。


「あなた達はもっと素直になるべきだと思いますよ。」

「そうは言っても、彼や鏡の問題もあるし、簡単に動けないんだ。」


「あなたが、ご自分で難しくしてるだけじゃないのですか?」

「全てを解決する鍵を、既にあなたは持っていると私は考えています。」

「あなた次第で、全ては簡単に解決すると思いますよ。」


「それはどういう事?」

「だから、あなた次第という事ですよ。簡単な事です。」


 そう言うと美理は消えていった。


 後には涼音の寝息だけが聞こえてくる。

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