17-涼音の鏡
翌朝……といっても夜更かしの僕らが目覚めたのは10時前だった。
「一緒に行くー!」
お買い物したかったので、涼音を外に誘ってみると二つ返事で返事が帰ってきたところだった。
「鶴見に行こうかな、横浜もありかな?」
「どっちがいいかな?」
「お父さんの行きたいとこでいいよー。」
実際、欲しいものは大したモノじゃないし横浜まで出るの面倒かな。
「鶴見でいい?」
「うん!」
こうしてまた彼女のゴスロリ・ファッションショー……訂正、服選びがはじまった。
いいかげん遠慮なく目の前で下着姿になって着替えられるのに慣れてしまった。
本当に無害な父親だと思ってるのだろうか?僕だって男なんだけどね。
実際のとこ、カメラマンしてると美女の下着姿なんかいくらでも見る機会あるので何も感じないのだけど。
ベットの天蓋のように並ぶ服を物色して、何度も着替えてる。
今日は先日より短時間……、といっても1時間くらいで服が決まった。
膝くらいまでの黒いワンピに大きめの白いエリと手首あたりの白が眩しい。
ストレートの長い腰くらいまである黒髪もマッチして、何処のお嬢様?状態。
正直言ってかわいい……。かわいいのだけれど……。
かわいさが増すのに比例して、一緒に歩く僕の犯罪者臭が増す気がするのは気のせいですか?。
今日も150cmの小さなかわいい女の子の手を引く、180cmのおじさんって構図が出来上がりました。
歩く時は手をつなぎ、電車の中では僕のジャケットを掴んでる。
僕は頭の中で「親子だ、親子だ」と何度も念じていた、この想いがテレパシーになって周囲の人に届いて欲しい。実際のところ、僕の年齢にしては娘が大きすぎるので、やっぱり犯罪臭がプンプンだと思う。りさちゃんがその設定年齢ならギリギリ親子に見えるかもしれない。
鶴見に到着すると僕は適当に100円ショップに立ち寄った。
昨日現れた時雨さんの為にホワイトボードとペンを買うつもりだった。
100円ショップの魔力という奴だろうか、30分も過ぎた頃には僕も涼音もけっこうな量の買い物をしていた。荷物を持つのは僕……。
こんなゴスロリのかわいい子にビニールのレジ袋なんて持ち歩かせたら罪ですよ。
男を自然に荷物持ちにさせるゴスロリファッション、マジ恐ろしいと思えた。
次にドッグカメラに行ってみた。
カメラ店というより、カメラ多めにあります!家電店って感じだけどね。
二人で見てたら、素敵なデザインのデスクスタンド照明が気に入ってしまった。タッチセンサーでオンオフはもちろん、色温度や明るさも変えれるすぐれもの。
涼音のデスクにスタンドがないのを思い出して買ってしまいました。
うん、さらに荷物が増えた。しかも一気に重量も増えた。
……それは自業自得。
さらに足を延ばして、駅から少し離れた三ツ沼公園に足を延ばした。
思った通り桜が満開。
沼の水は青い空とピンクの桜を映していてとっても綺麗。
暖かい日差しの中二人は手をつないで桜に囲まれた歩道を歩いていた…。
……というのは理想であって、実際には紫外線を気にする色白の彼女の為に日陰 ばかりを選んで歩く僕達。可愛いを保つには努力が必要なのね。
桜の花びらの優しいデュフューザーによって日陰でも春の光を感じる事ができていた。
二人で夕飯を外で済ませて部屋に戻ったのはすっかり夜になってからだった。
部屋に戻ると早速ホワイトボードを取り出した。
A4くらいの小さいサイズのボード、伝言メモに使うには丁度良いサイズ。
“ 時雨 お外に出るのは禁止! 何かあったらコレに書くこと! ”
涼音にメッセージを書いてもらって、リビングの目立つところの壁に掛けて設置した。長い目でみたら、時雨だけじゃなくて他の人格のメッセージにも便利だと思える。
そして、1日お外を出歩いた涼音は、恒例の休憩タイムに突入。
パジャマに着替えて、床でスヤスヤ。
僕はいつもの椅子に座ってタブレット端末でニュースチェック。
こういうのも定番になってきた感がある。
他人である彼女と同じ空間にいて、全然息苦しさを感じない。
そういえば、僕も気を使ってたのはこの部屋に来て最初の日の夜までだったかな。
キスした以後は彼女に対して何も遠慮してないかも。図々しいのかな僕?。
元妻との生活でも、こんなに遠慮無しでいたことはなかったかも。
そして、たぶん、こうして遠慮なく床で寝ている彼女も僕に遠慮してないように思えた。
3度目だけど、彼女と過ごす時間と空間、ほんと居心地が良いと思う。
01:37
「フフフッ」
「ズレてる…… ズレてる……」
「だか、もう止める事はできない、全てが動き出している……。」
SOAをログアウトした深夜、また悪役のテンプレみたいな裏人格が出てきて僕と向き合っていた。
相変わらず言ってる言葉はわかっても意味はわからない。
「一体何が始まるの?」
「最近、涼音が私に生意気にも反抗的だから消し去ってやろうかと思ったのよ。」
「君もいるから、楽しい事になってきたよ。フフ」
「邪魔な彼とは別れてもらう。」
「ほんと君のおかげで楽しい事になってきたのよ。」
涼音を消し去るつもりってのはショックだけど、彼氏と別れてもらうってのは利害が一致してる。
昨夜、彼と別れるって言い出したのはコイツの影響もあるのかな?それともコイツの思惑通りに進んでるってだけ?もちろん涼音さんの独立した意思であって欲しいのだけど。
「彼氏と別れるってのは僕の希望でもあるからいいけど、今の涼音さんを壊したり消したりしないで欲しいな。」
「それは生意気な涼音に対する罰。そのために準備してきたんだから。」
「本当に面白くなってきたわ。 ふふ。」
「私は、最終的には全ての消失を望んでいる、私も含めてね。」
「その時が来るまで、飽きないように楽しませてもらうのよ。」
コイツの言葉を聞いて僕はコイツの事を少し理解できるような気がしてきた。
僕はコイツと話せそうな気がしてきた。
たぶんコイツはゲームをするように状況を楽しんでる気がする。
ゲーム大好きな涼音さんの裏人格がゲーム好きでも全くおかしくはないし。
そして、コイツの本当のコアはたぶん、さっき言ってた『全ての消失』。
だが、すぐに自死とかする事はない。消失を未来に見据えてゲームを楽しんでるのだろう。
なんだ、僕と同じじゃないかと思えた。
僕は、自分の命を含め、全ての事の終わりを見つつ、今を楽しく生きようとしてる。
だから、僕は決断したら即行動するのだ、終わりが来た時に後悔しないように。
人によっては僕の事を『生き急いでるように見える』というのはそのためだと思う。僕は急いではいない、待ってはいるけどね……、その時がきたら受け入れるだけ。その時がきても慌てる事がないように、今できる事は今やるだけ。
僕は、日本人に多い終わりを無視したり、それを口にすることすら禁忌する考え方が嫌いだ。
日本では省かれることが少なくないけど、キリスト教の結婚の誓いは『死がふたりを分かつまで……』と誓わせる。結婚の誓いは死ぬ時まで有効という、終わりを見つめた誓いは素晴らしいと思う。
終わりを見つめるということは、今を大切にすることになるのだから。期限のない課題を与えた時の人間の行動を見れば、期限という終わり無視せず直視することの大切さは簡単に理解できる筈だ。
僕は、たぶんコイツと本音で話せる。
話すにしても「裏人格」って呼びにくい「裏さん」……イメージじゃないよね。
「裏人格さん、裏人格って呼びにくいから何か名前をつけないか?」
「名前…、必要がなかったから考えた事もなかった。」
「……。鏡、……涼音を反対に映す鏡。」
「鏡ね、わかった、裏人格らしい良い名前だと思う。」
「あのね鏡、実は僕も楽しい事が好きなんだよ。」
「ゲームとか楽しい事が好きなんだ。」
「ついでに言うなら、ゲームを攻略するのが趣味なんだよね、僕はただの良い人じゃない、必要ならどんな手でも使うよ。」
たぶん、この時の僕はすごい悪人顔だったと思う。
「だから、僕も楽しいゲームに参加させてもらう。」
「参加するって言わなくても、どうせ僕はすでに鏡のゲームのコマの一つなんだろう?」
「なら手の平で転がされるのは好きじゃないから、積極的に参加するよ。」
「僕は涼音さんを壊させない、消させないってのを勝利条件にゲームに参加する。」
「どう、楽しみが増えるだろ?」
「フフフ、君は面白いね、いいよ歓迎するよ。」
思った通り、鏡はのってきた、僕は意外にこういう奴とは話しやすいんだよね。
彼氏と別れるという利害は一致してるから、僕は涼音さんを守る事に専念すればいい事になる。でも、それは今までもそうしてきたし、これからも変わらない。
そういう意味でだけならゲームに参加なんて表明する必要はなかった。
僕の攻略法は情報重視。
相手の情報を得やすくしたい、だからゲームに参加を表明したのだ。今後はプレイヤー同士ということで鏡と話やすくなると思えた。
そして、涼音は鏡に作られたという話も信じてはいないから、その周辺情報ももっと欲しい。鏡が何をしようとしてるか、具体的な事はわからない事だらけだし、少しでも情報が欲しいんだ。
「僕も終わりを見つめる人間だからね、消失を怖がらないから舐めないでね。」
「じゃ鏡、楽しいゲームをしよう。」
「フフ、楽しませてもらうよ。」
2日後に迫った彼との別れ、そして鏡が何をしてくるのか全く判らない。
ちょっと不安要素と面倒ごとが増えた気がするけど、僕は涼音さんを守るの一点を考えれば良いという点に何ら変わりはない。
その夜も二人は寄り添うようにベットで眠りについた。
私(月乃)は考えていた。
少し前から感じている……。
何か私の認知できない、よくないモノが最近大きく動いているのを…。
私には認知できない時雨が存在するのもその一環かもしれない。
樹さんに知らされなければ、私はその存在に気付くことはなかった。
桜花に探りを入れてみたけど、彼女に異変は感じられない。
主はやっと雪村との別れを決断してくれた。
これも樹さんがいてくれたからできた決断。感謝したい。
でもそれは同時に、主が樹さんとの関係を終わらせる事を選択した決断だという事にも気付いていた。
主はたぶん、樹さんに対して「父さんのように好き」という以上の好意を持ってしまったのだろう。それは私にはわかる、だって私も樹さんのことを好きになってきているから。主と私をつなぐコアを通じて私も影響を受けてるのだろう。
そう、私は現実世界の人に恋したりしない。
私にはそういう感情はない筈。主の影響を受けているにすぎない。
……きっとそうだ。
でも樹さんには……。
樹さんは既婚者。
だから、樹さんが心配してる雪村との関係を終わらせて、樹さんから自立(お別れ)するつもりなのだと私は感じている。
樹さんの存在は、主を雪村以上に苦しめる可能性があるのだから。
……全ての事が駆け足で終焉に向けて走り出してるように思う。
私には認知できないよくないモノの気配も無関係ではないと思えた。
「月乃ー!」
瞑想していた私に主の声が割り込んでくる。
「何か食事作って。」
「こんな時間にですか?珍しいですね…。」
主はお料理ができない、そういう才能まで私に解離しているのだろうか。
必然的に私はこうやって主の為にお料理をすることになっている。
「だってお父さんが私の手料理食べたいって言うんだもん。」
「……私が作ったら主の手料理にならないのではありませんか?。」
「同じよ、身体は一緒なんだから。」
「……わかりました、代わって下さい。」
視界に主の汚部屋が飛び込んでくる。
いつもの事なんだけど、少し違うのは樹さんがいること。
「月乃さん、よろしく頼むよ。」
……私が作るってことを知っているのね。
「はい、大したものは用意できませんが、何か作ってみます。」
「待っていてください。」
私は汚いキッチンへと、変なモノを踏まないように向う。
汚部屋……、主は恥ずかしくないのでしょうか、私には関係ない筈なのに恥ずかしい。
お料理を始めると、心の中でメロディが聞こえる、頭の中で歌っていた。
私は、これが今までに無かった感情だということに気付いていなかった。
お昼。
僕は、彼女が料理してる間の暇つぶしに、タブレット端末で量子物理学の勉強をしていた。単なる趣味なんだけど、自分が存在する世界の事を知るって楽しいよね。頭が溶けそうになるくらい常識的な物理と違って難関だけど。
難解なものほど楽しい、やっぱりゲーマーってマゾ脳なんだろうか。
「おまたせしました。」
抑揚のない冷たい声とともに彼女は料理を運んでくる。
そして手慣れた様子でクリームシチュー、コーンスープ、そして何故かカットした食パンを並べていく。
この無機質で手慣れた感じはメイドさんみたいだなっても思えた。彼女のゴスロリ服の中から、それっぽいものを選べば完璧なメイドになれそうな気がした。
……いえいえ、僕にそういう趣味は……たぶんないと……思う。
「こんなものしかできませんでしたが、食べて下さい。」
「ううん、シチューとかすごい美味しそう、良い香り。」
「月乃さん、ありがとう。」
「はい、ごゆっくり、では主に代わりますね。」
「あっ!月乃ありがとう。 いただきます。」
そんな様子を見ていて、多重人格って便利だなって思えてしまった。
おっと、マジ美味しい。月乃さんお料理上手なんだね。
お昼前に涼音さんに手料理を食べたいとリクエストした時の事を想い出した。
「私が作ると、元お肉だった墨とか、元たまごだった煎餅とか食べる事になるよ。」
残念ながら涼音さんはお料理は得意じゃなかったらしい、というよりできない。
頭が良くて何でもできそうなイメージだけど、苦手な事ってあるんだね。
それなら、月乃さんに作ってもらおうって事になったのだった。
僕は、改めて多重人格ってそれぞれが得意分野が違うんだなって事を認識を体感できた。
午後は二人でゲームなどをしていた。
僕は明日の朝には帰る予定、そして涼音さんは雪村との別れ。
それを翌日に控えた今くらいは、二人で穏やかに凄そうという気持ちになっていたのかもしれない。
しかし、彼女の記憶力って化け物?。
記憶力が良いとは聞いていたけど、これほどとは思わなかった。
トランプで神経衰弱をやってみたら、完膚無き敗北。
2度やって、これは僕には絶対勝てないと思えた。
帰る前に確認しておかなけれないけない事があった。
「涼音さん、ちょっと月乃さんと話していいかな?」
「うん、代わるね」
「……よびましたか?」
相変わらずの月乃さん登場。
「月乃さん、時雨のことわかりましたか?」
「全くわかりせん」
「そうか……。」
期待してたような答えは得られなかった。
彼女は相変わらずの感情のないような声で淡々と続ける。
「ただ……。私の認識できない何かがいるのは感じています。」
「それが時雨なのかさえ私にはわかりかねます。」
「そうなんだ……。」
僕は決断した。
「じゃ僕が時雨と直接話してみるよ、何かわかったら教えるね。」
「よろしくお願いします。」
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