16-裏がオリジナル

 由比が消失してから3日。

 そろそろ、雪村に対して「彼女の意識た倒れた」という月乃が掛けた魔法も効力を失う頃。



 僕は由比のような犠牲者を出さない為にも、どうやって涼音と雪村を別れさせるかを考えていた。でも、恋愛関係の終わりは当人同士で決着させるべきと僕は考える。

 だから、それに対して腰の重い涼音をどう動かすかという事になるのだけれど、なかなか良いアイディアは思い浮かばなかった。

 彼の事は「彼もどき」と呼び、メッセージを見ただけでパニックになる程に彼女の心は彼を拒絶してる筈なのに、どうして彼女は動き出さないのだろう。


 僕は作戦立案は得意だけど、肝心のコマ(涼音さん)動き出さないと、今回の作戦はたてられない。恋人との別れいという戦いは基本的には1対1で行い決着をつけるもの、僕は部外者なのだ。




 11:40


 メッセージが着信する、涼音からだった。


――――――――――

今朝、会社で倒れちゃって病院に連れていかれたの

今からお家に帰るとこ

―――――――――


 僕は驚いて彼女に詳しく状況を聞いてみた。


――――――――――

朝からダルかったんだけど、会社で朝のミーティングしてたら意識なくなってさ

意識なかったのは一瞬で、すぐに目覚めたから人格とかじゃないよ、安心して

気がついたら、同僚に抱きかかえられてて、倒れたんだってわかったの。

その後は上司に病院まで連行されたよ(笑)

病院行ったら38度熱あってさ、だるいわけね(笑)

それで、今病院から帰るとこ

――――――――――


 まだ熱のせいかフラフラしてるらしい。

 部屋に戻っても彼女は一人暮らし、僕は急に心配になった。


 僕の住んでる栃木県の都宮から彼女の住む神奈川県の生米までは電車で2時間半くらい。決して近いとは言えない距離だけど…。

 こんな時に近くで看病できなくて何がお父さんなものか!

 僕はそんな考えを理由に彼女の元へ行く事にした。


 ……うん、わかってる、実際そんなお父さんいない、親バカすぎます。

 でも、本物のお父さんじゃないしいいだろ。

 そんな変な理屈で僕は電車に飛び乗った。




 熱が出ているってことは水分かな……。

 僕は生米の駅につくとコンビニに寄って大量の飲み物を買い込んでマンションに向かう。飲み物って重いよね、レジ袋が手の平に食い込む。


 マンションにつくと、涼音は少し赤い顔をしてパジャマ姿で出迎えてくれた。


「もうー!お父さん、大丈夫なのにー!」

 元気に迎えてくれるけど、その顔色で何言ってるんだコイツって思えた。


「顔赤いよ、まだ熱あるでしょう寝なさい!」

 僕は彼女をベットに追い立てた。


「じゃ、腕枕して!」

「いいから病人は大人しく寝るの!」

「だから、大丈夫だって! 腕枕してくれないなら寝ないもん!」


 仕方なく、僕は部屋着に着替えてベットに横になり、腕枕をした。

 今回はキスとハグというアメリカンな親子の挨拶にならなかったけど、看病が腕枕ってのもアメリカ人もびっくりの親子だろうけど……、たぶんね……。


「ね、前に来た時も思ったけど、こんなに早くまた会えるとは思ってなかった。」

「うん。」


「あれから、ほぼ1週間だよ、毎週、週末近くなると娘に何かある気がする。」

「週刊、ポンコツ娘め!。」

 僕がおでこを軽くノックする。


「週刊、親バカでしょ。」

 彼女が反論する。


 触れた肌から伝わるのは少し熱っぽい体温。

 彼女は僕の腕を枕にゆっくりと眠りに落ちていった。


 1時間以上過ぎたかな、彼女は眠っていた。

 さすがに枕にしてる腕が痛くなってきたので、そっと腕を引き抜いてリビングのいつもの椅子に座る。……僕の定位置。

 タブレット端末を取り出してニュースチェックをはじめていた。




 突然、涼音が起きだしてきた。

 キョロキョロとリビングを眺めると、自分の携帯端末を掴み、玄関に向かって駆け出した。


「涼音さん?」

 僕は声をかけて、慌てて彼女の後を追いかける。


 ドアを開けて裸足で外に飛び出したところで、彼女の腕を捕まえて引き戻した。

 彼女は何も言わないけど、直感的に人格が代わったのだと感じた。

 手を引いてリビングまで戻る。


「どうしたの? 君の名前は?」

 返事がなく立ち尽くし、リビングをキョロキョロ眺める彼女。


 やがて彼女は机に向かって駆け出し手を伸ばす。

 まお?僕はそう考えて机の上のカッターを掴むのを阻止する。

 彼女は必死でその手を振りほどき、さらに手を伸ばす。

 その手の先にあったのは、僕の予想に反してメモ帳だった。


 そしてペンを掴むとペタっと床に座り込み、メモ帳に何か書き出す。


” 時雨(しぐれ) 21歳 女 声は出ません ”

” 気がついたらここにいた ”


 別の人格だった。

 僕は自己紹介すると彼女は頷きながら聞いていた。


「涼音さんや月乃さんを知ってる?」

 別人格ならきっと月乃さんを知ってるだろうと質問してみた。


 ところが、彼女は首を横に振った。


 気がついたらここにいたってことは、新しく生まれた人格なのかもしれない。


「その身体の持ち主は涼音さんっていう僕の友達なんだ。」

「時雨さんの他にもその身体には沢山の人がいるんだよ。」

「たぶん、中に月乃さんって人がいるから、その人にいろいろ聞いてみて。」


 僕は優しく教えるように話した。彼女は真剣な顔で僕の話を聞いていた。



「……あれ、あたし?」

 彼女は、突然聞き覚えのある口調・声で言葉を発する。

 涼音さんが戻ったらしい。


 涼音さんに時雨の事を聞くと知らないという。

 僕は彼女に今あった事を話した。


「やっぱり新しい人格かな? でも私には時雨を感じられない。」

 彼女は首をかしげる。

「月乃さんならわかるかな? 聞いてみる。」


 僕は月乃を呼び出して、このことを伝えて聞いてみる。

 しかし月乃にもわからないという。

 しかし、時雨は確実に存在していた。その証拠の彼女の書いたメモもある。


 そのメモを見つめる月乃の目が険しくてなっていった。

「……やっかいなことになりました。」




 月乃はある仮説を語ってくれた。


 時雨は月乃達がいる領域、つまり涼音から解離した人格の領域にはいない。そうなる可能性としてあるのは、解離した別人格から新たに時雨が解離した可能性。元の涼音から見たら孫みたいな関係。

 それならば、月乃達のいる領域に存在しない説明がつくらしい。


 それを語る月乃の口調には怒りが入っていた。

 僕にはわからないけど、解離した人格がまた新たに人格を解離させるのはタブーらしい。

 そして普通はできないという。それが可能だとしたら、それは主と記憶領域を共有する、そして限りなく主に近い存在である桜花。

「桜花は主を乗っ取るつもりかもしれない……。」

 月乃は怒りを込めてそうつぶやいた。

 その手には、先程のメモが握りつぶされていた。


 僕は驚いた。

 主の乗っ取りなんて事があるなんて思ってもみなかった。

 そして、その可能性があるのが、明るくて脳天気な桜花って事。


 今はまだ、主にも伝えない方が良いだろうという僕と月乃の結論。そして、中の事は月乃に任せる事にした。

 お互いに何かあれば情報を伝えるということで月乃との会話を終えた。



「涼音さん、やっぱり月乃にも時雨は見えないってさ。」

「何か判ったら教えてくれるって言ってた。」

「そうなんだ。」

 今はいろいろ大変な状況にある彼女の心配事を増やしたくなかった。





「ところで、熱どうだろ?計ってみて。」

「うん、もう大丈夫だと思うけど計るね。」


 彼女の顔色から赤が消えていつもの白い綺麗は肌に戻ってるように感じた。

 そして、35.6度、普通の人よりやや低い彼女の平熱に戻っていた。


「よし、今日はお父さんが夕飯作ってあげる。」

「えぇ、お父さんお料理できるの?」

「これでも一人暮らし経験くらいあるから簡単なのくらいならできる。」

「難しいのは無理だから、パスタでいいよね?」

「うん!楽しみぃ~。」



 まだ時間が早いので水戻しのスパゲッティーを作る事にした。

 お水である程度柔らかくなったパスタを沸騰したお鍋に投入して仕上げるんだよね。水戻しすると、丸いお鍋に焦りながら固いパスタを落とし込む事もなく、それでいてアルデンテを実現しやすいように思えていた。ついでにお水節約できるんだよね。唯一の難点は水で戻すのに時間がかかるって事だけどね。

 電子レンジを使う方法ならすぐにできるけど、過熱時間の調整が難しいので好きじゃない。

 細いパスタは戻しや煮込むタイミングが難しいので1.7mmくらいのパスタが調理しやすいように思う。



 涼音はリビングで携帯端末でソーシャルゲームを楽しんでいる。彼女は本当にゲームが好きなんだよね。


 学生の時はゲームの制作について学んでいたらしい。

 今の勤め先はゲームには関係ない会社だけど、彼女が今副業で手掛けてるイラストの仕事は大手ゲーム会社に就職した元同じ学校の友達から、ゲームの背景やらキャラの一部を外部のプロジェクトメンバーとして依頼されたものだ。

 ゲーム制作サイドのお勉強をしてたので、ゲームでのシステムを知り尽くしたような彼女のプレイヤースキルにも納得である。



 お待たせ!。スパゲッティーにハンバーグと野菜サラダを添えた超お手軽お料理をリビングに運んだ。


「わぁー美味しそう!。」

「そりゃ既製品を組み合わせただけだから、たぶん大丈夫。」

「今度は娘の手料理も味わってみたいね。」

「あはは、私は食べられれば何でも良いって感じだから期待しないでね。」


 二人での楽しい食卓。

 外で食べるのと違って、身内感が増していいね。

 これって幸せな時間かな、偽物親子の偽物の幸せ時間…。





 その日は日課になってるゲームSOAはベットにノートパソコンを持ち込んでプレイしていた。

 ログアウトして、いつもの1時間の幽体離脱…いや休憩時間。彼女はベットの上で座ったまま下を向いて固まっている。いつも思うのだけど、ゲームの後で横になる事もできないくらい彼女は急激に落ちるのだった。

 僕は彼女の身体を優しく支えながら横にして、パソコンを普段のパソコン机まで持っていった。



「……キキキ イヒヒヒ…………」

 奇声が聞こえたので慌ててベットを確認すると、涼音は上半身を起こして虚ろな目で奇声を上げ続けている。


「ヒヒヒヒ キィーキキヒヒヒ」

 その奇声は笑ってるようにも感じられた。


 隣に座って肩に手をのせて彼女に声をかける。

 返事はなく、奇声を上げ続ける。

 ふっと、僕が初めて彼女の別人格に出会った時の止まらない咳を思い出していた。

 誰か出て来るのかな?



 奇声は徐々にはっきりと笑い声へと変化していった。

「フフフフフ……。」


「フフフもう誰にも止められないフフフ。」

 いつもより太い声に聞こええる。


「あなたは誰?」

「……名前、そんなのはないよ。フフフ。」

「強いて言うなら涼音の裏人格よ。」

「裏人格というか、私が大元、オリジナル、涼音の人格は私が作った人格。」


 登場のしかたが、何かのマンガの悪役登場のテンプレみたいなんだけど……。

 衝撃的な事を言ってきた、涼音の裏人格っていうか、おおもと?オリジナル?。

 いつも「主(あるじ)」と中の人に呼ばれ、僕が大切にした涼音さんが、コイツに作られた人格?


 信じたくない話だけど、僕は現実に起きた事は全て受け止める主義、その後に自分の中にある理を総動員して考えるけどね。

 今は、目の前で起きてる事実を認めて受け止めよう。


 確認するように聞いてみる。

「涼音さんは裏人格の君が作ったものなの?」


「そうだよ、涼音の人格は私が作った人格の一つに過ぎない。」

「それなのに最近勝手なことばかりしやがって…。」


 残念ながら否定はなかった。

 話を信じる、信じない以前に、情報の一つとしてインプットしておくことにする。


「アハハハ、楽しい事になってきたわ。」

「もう全ての準備は整ったから動きだす、もう誰にも止められない。」

「……でもズレている、これはまずい。」

「ふふふ百鬼夜行……止められない。」


 裏人格は、その後も僕を無視して遠くを眺めながら言葉を吐き続けた。

 僕には言葉はわかっても意味は全くわからない。



 やがて夜の静寂が戻ってきた。

 ぐったりしてる涼音さんを抱いて声をかけると、彼女はすぐに目を覚ました。

 彼女に今あった出来事を報告した。


「裏人格に逢ってしまったのね……。」

「私が作られた人格だってのもホント。」


 ……自分が裏人格によって作られたという先程の話を肯定した。


「だって、私が作られた人格だなんて、みんなを騙してるみたいで言えなかったんだ。」

「そうだったのか……。」

 僕は違和感を感じてはいたけど、彼女の言葉をそのまま受け取った。


「他の人格には言わないでおくね。」

「うん、ありがとう。」


 彼女は不意に聞き覚えのある言葉を口にする。

「ズレてる……」

「百鬼夜行……もう止められない。」


「何それ?」

 思わず聞いてしまう。


「ズレてるのは、ズレてるってこと、百鬼夜行は百鬼夜行よ。」

 答えにならない答えが返ってくる。




 薄暗い部屋のベットの上で上半身を起こしたまま僕は涼音を抱きしめ続けていた。

 もちろん、服は着てます。

 彼女は僕の胸に埋まっていた頭を起こした。


「いつきさん」

「うん?」

「あのね、私ね……、今回の事が片付いたら、いつきさんに頼るのやめるよ。」

「うん。とりあえず話はわかった。」


 僕からも離れるってことかな……。肯定も否定もしないけど、希望はわかったという意味で返事をした。

 そういえば、僕らが直接会ってる時に、彼女が僕のことを「お父さん」じゃなくて名前で呼んだのは初めてかもしれない。


「だから最後まで応援してね。」

「うん、当然だろ。」



 少しの静寂。


「3日後に彼もどき(雪村)がここに来るの。」

「……それでね……それで別れる、おしまいにする。」


「そうか、ついに決めたんだね、それで良いと思うよ。」


 二人はそのままベットに横になり眠りに落ちていった。

 ……くどいけど、服(部屋着とパジャマ)は着たままね。

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