―1― それぞれの出会い
1-シンデレラ
23:34
パソコンゲームをプレイしながら時計を確認した僕は、まだ間に合うと確信する。
盾役であるナイトを操作する僕(いつき)は、仲間やエネミーのステータスを確認して、タイミングが来た事を理解する。
「OK!アタック!」
音声チャットでパーティーメンバーに合図を送る。
次の瞬間一斉にそれぞれのプレイヤーが持つ大技スキルが、ボスモンスターに降り注ぐ。ゲーム画面にはあらゆる色の眩い光のエフェクトとダメージ数字が乱舞する。
けれども、階層ボスのホワイト・ドラゴンはそんな必殺の一撃でも倒れはしない。
戦闘開始から約20分、何度もコレを繰り返してきた。
ホワイト・ドラゴンのHPは残り10%のひん死の状態であるあるけど、こういうゲームの常として残り1%の危篤状態であってさえ元気いっぱい、全力攻撃をかけてくる。理不尽な存在。
先程の仕返しとばかりに盾役の僕にエネミーのホワイト・ドラゴンの大技である電撃ブレス攻撃がさく裂する。同時に先程まで80%あった僕の操作するナイトのHPゲージは40%くらいまで下がる。
「桜花(おうか)!」パーティーチャットでヒーラーの名前を呼ぶ。
「はい!」ヒーラーの桜花は、すでに遠くの安全エリアから僕が操作するナイトに向かって走っていた。こういう察しの良さは助かる。
やがて桜花は近くで立ち止まりヒールの魔法陣を描く、僕のナイトがブルーに輝き、HPが80%まで回復される。残りはポーションを飲んで回復する。
「もう少しだねえー」
パーティー音声チャットから、他のメンバーの間延びした声が聞こえる。
攻撃職は、それぞれ中小のスキルで攻撃を続けながら、次の一斉大技攻撃のタイミングを待つ。
人気のMMORPGセイバー・オブ・アスガルドは、剣や魔法で戦うよくあるゲーム。
今は階層ボスと言われる強敵とパーティーで戦っている。強敵とは言っても、レベル200でカンスト済みの僕は何度も勝利してきた。他のメンバーもほとんどがカンスト済みで、勝利を何度も経験してきてるであろう。
一人を除いては……。
その一人は、このパーティーでヒーラー(回復職)を務めている桜花。
本来なら推奨レベル150で挑むべき階層ボスだけど、桜花はレベル120で参加している。レベル30足りていないというのは、レベル制ゲームでは致命的であるのだけれど、火力ではなくヒーラーとしてなら参加できなくもない。
もちろん、少しでも大技の直撃を食らえば、30というレベル差は一発でオーバーキルされる事を意味する。
そんな状況で、レベルの低い桜花を、今回この階層ボスに挑戦させたのは、アクティブな本人の意志と能力があってのものだ。
彼女の役割である回復能力に関しては、他のメンバーが上手に立ち回ってしのげばカバーできる。ダメージソースとしてヒーラーのスキルをアテにすることはない。
そして、彼女はプレイが上手だ。敵の攻撃パターンを素早く理解して立ち回り、そのパターンを1度で記憶してしまうから、ほとんど敵の攻撃に当たらないという。
これなら行けるんじゃないかなって、パーティーメンバーで考えたからだった。
結果的に、それが今回の格上相手の強敵、階層ボスに対しても発揮されていた。
「いける!アタック!」僕は再びマイクに叫ぶ。
声と同時に繰り出される大技、光のエフェクト、乱舞するダメージ数字。そして、少し遅れてスキルのモノとは違う爆発のエフェクト。派手な各種のエフェクトが収まると、そこには階層ボスは存在せずに、ドロップアイテムがキラキラと輝いていた。
「やったー!」と松風。
「おつかれさまー!」とみきちゃん。
「おつー!」と僕(いつき)
「あいわからず、こいつは面倒なボスだよね。」とポテ君。
「ほんとね、桜花ちゃんオメデト、これで15階層に行けるね。」
「はーい、ほんとうにありがとう、おつかれさまー。」
勝利を喜び、パーティーメンバー同士を労う声がゲーム用のヘッドセットの中で繰り返される。
ドロップしたアイテムの分配も済んだ頃、桜花がいつもの言葉を発する。
「みんな、ありがとう。 わたしそろそろ落ちるね。」
時計を見ると『23:56』いつもの時間だ。
「シンデレラの時間だね、おやすみ。」とウィザードのみきちゃん。
「お!シンデレラ・タイム!おつ桜花ー。」と剣士のポテ君。
「おつかれさま、桜花ちゃん。」とアーチャーの松風君。
「桜花ちゃん、おつかれさま。」と僕(いつき)。
「みんな、ありがとう、おつかれさま、おやすみなさい。」
パーティメンバーからの労いの言葉を受けて 桜花はログアウトした。
桜花は、どんなに盛り上がっていても0時には落ちてしまう。
ゲームでは親に制限されたり、律儀にログアウト時間を定めてる人は珍しくないが、桜花は自称『独り暮らしの23歳社会人』だから自由が効く立場の筈。それなら、盛り上がった時や楽しいイベントの時に、少しくらい制限時間オーバーする事ありそうなものだけど、桜花と知り合って約1年弱、彼女が0時までに落ちない日は一度もなかった。
知り合った頃は、パーティーメンバーのレベルは皆同じくらいだったけど、今では彼女だけレベルが低い、その理由がプレイ時間の短さによるものだ。そして自然にパーティーメンバーからは「シンデレラ・ヒーラー」という二つ名をもらっていた。
「いつき君は、これからどうする?」
剣士のポテ君から声をかけられた。
『いつき』は僕のゲーム上のキャラクターネーム、秘密にしてるけど本名の平仮名なんだよね。
「お風呂に入るから、落ちるよ」
「そっか、おつかれさまー」
全員の挨拶を確認してから僕はログアウトした。
02:45
僕はさっきの階層ボスとの戦闘ログと動画を検証していた。
机の隅には、冷めた紅茶と、動画を見ながら気付いた点を走り書きしたメモが数枚無造作に置いてある。
一通り検証を終えて、冷めた紅茶を一気に飲み干し、背もたれに身体を沈めて深くため息。
桜花って本当に上手い。今日の階層ボス戦で強制全体ダメージ以外の攻撃は一発も当ってない。強制全体ダメージ攻撃の時は、僕のムービングシールド(移動盾)の範囲内に接近して、しっかり盾をもらってダメージ軽減してるし。……この動きは、敵の攻撃パターンを完全に記憶しているよね。
同じゲーマーとして、初見でもあっという間にパターンを記憶してしまう彼女の能力は凄いと思える。
こうやって戦闘結果の記録を見て、安全で効率的な戦法や立ち回りを分析するのが大好きだ。いわゆる攻略屋さん的事をしている。根が理屈屋さんなんだよね。
所詮ゲームなんてプログラム、表に見える事象からプログラムされてる内容を読み解けば攻略は難しくない。長年いろいろプレイしていると、ゲームごとのプログラムのクセなどが判ってきて、初見でも容易にパターンの想像がついて素早く攻略できることも少なくない。
パーティーでの戦闘時の作戦や指揮は僕がやるけれど、あのパーティのリーダーは桜花だ。
MMORPGであるセイバー・オブ・アスガルドには戦闘以外にも様々な要素がある。
もともと、あのパーティは桜花の人柄に魅かれて集ったメンバー達。
普段の活動内容は桜花の気まぐれとワガママで決定されている。それを一緒に楽しみたいと思わせる何かが彼女にはあったし、たぶん他のメンバーも感じてる事だろう。
僕は自由奔放な桜花のパーティーで、戦闘という一分野で作戦指揮をしてるに過ぎない。
不意に端末から、連絡用の音声チャットの呼び出し音が鳴る。
発信者は桜花だった。桜花の事を考えていたから驚いたけど、数秒息を整えて通話を接続した。
「桜花ちゃん、珍しいねどうしたの?」
「うん。ねっ……、まだ起きてる?少し通話できる?」
「いいけど……。」
こんな時間にコールされるとは思ってなかったので、何があったのかなと心配したけど、それはすぐに打ち消された。
「じつはさ、今日眠るとヤバいんだけど眠くてさ、眠気覚ましにお話してくれたら嬉しいな。」
「いいけどさ、何がヤバいの?」
「イラストの仕事が間に合わなくってさ、今夜もう少しすすめておかないとヤバいの。」
「あれ?桜花ちゃんってイラストの仕事だっけ?」
「副業よ、副業!!本業はつまらない派遣OLよ。」
「学生の時の友達から、個人的に仕事の依頼受けて描いてるんの。」
「へー、すごいね絵師さんもやってるって事ね。」
「いつきさんこそ大丈夫? こんな時間に女の子と話してると奥さんに叱られない?」
「うちのは、もうとっくに寝てるよ、だから別にかまわないよ。」
ゲームでの連絡用に音声チャットアプリの連絡先交換はしてあったけど、桜花とゲーム以外の事を話すのはこれが初めてだった。
それからしばらく、僕らは他愛もない会話をして過ごした。ゲームの事や仕事の事、そして日々の愚痴など。
イラストの仕事をしてるというのを聞いたので、僕はプロのカメラマンだというのも教えた。普通なら、いろいろ面倒なので自分の職業なんて教えないのだけど、クリエイター同士って仲間意識が芽生えて、つい自分の仕事を教えてしまった。
絵と写真、違うけど似てる要素がたくさんある。
クリエイター同士『クリエイターあるある話』とか共感できるし、楽しい時間。そんな話の合間にも作画タブレットをこする音、パソコンを操作する音が止まらず聞こえてくる。
33歳のおじさんである僕が23歳の女性と会話するのは下心無しでも楽しい。本当に下心なんて一切なかった。桜花には付き合ってる彼がいる事は、パーティー内では周知の事実でもある。
それに、僕にとっては、経験上20代の女性との下心とか恋愛なんてものは、ただ面倒ごとの種としか思えず避けたい事の筆頭。
……こういう会話は心のビタミンみたいなものかな。
クリエイターには必要なことだと自分を納得させる。
結局、4時過ぎまで作業に付き合っておしゃべりを楽しんだ。
1月、冬のこの時間は夜明けにはまだ時間があった。
それは、まだ何も見えない闇の中時間。
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