「ガードレールの話」
雨が降っている。
Tの自宅からの帰り道、Kは乗り換えの楽なターミナル駅まで彼女の運転する車でいつも送ってもらっている。暖房の効いた車内はTの好きな音楽が流れていて、好ましい沈黙に包まれていた。
Kはぼんやりと空を見上げた。重たい灰色の曇り空。雨が降りそうな予感がした。雨、やだなあ……。Kはリュックの底に沈んだ折りたたみ傘を引っ張り出して、膝の上に置いた。
ターミナル駅へ向かうために高速道路につながる一般道へさしかかると、Tがペットボトルの紅茶を飲みながらおもむろに呟いた。
「ここのガードレールね、雨の降る夜に足が見えるんだよ」
(いやもうすでに怖いんだけど!?)
ちなみに、TはKが極度のビビりなのを知っている。暗い場所、予想がつかなかった大きな物音、自分がその場で知覚しえなかった違和感……。水の底が入っていないのは泳ぎが得意なせいだ。
こういう時、ほんとうにTは意地が悪い。Kが見えない・聞こえない・感じないの三拍子そろい踏みの零感であるのをいいことに、笑いながら「ここだっけなー?あそこだっけなー?」とハンドルを握っている。
笑っているので冷静に考えればまだいないことはわかる。ビビりのKは残念なことに全く気付いていないが。
Kはガードレールを見ないように頑張って車のエアコンを見ていた。そしてすみに付いていた塵を、ティッシュで意味もなく拭った。
「夜にね、弟と二人で遭遇したんだけどね」
「続きがあるんですか……そんで遭遇したんですか……」
又聞きのほら噺ではないことが判明。Kは黙ってリュックと折りたたみ傘を抱きしめた。
Tの弟は霊感の強い彼女と一緒にいると見えちゃうタイプの人間だという。過去にも怪異にエンカウントしては二人で逃げてきたらしい。
「ガードレールの上? に人の足があってね。弟と向こう側に立ってるのかな、おかしいねって話しててさ。目があっちゃったんだよね」
「目!? こわ……」
「うん、目。それでね、その人に追いかけられて。弟と叫びながら飛ばして逃げたよ」
事故ンなくてよかった~、あはは、と笑うT。想像して固まるK。暖房が聞いているはずの車内は肌寒く、有名グループの曲が素知らぬ顔で流れている。
「あ、」
膝上のリュックと傘を抱きしめ震えるKに、Tは笑いながら言った。
「雨、降ってきちゃったねえ」
ああでも、とTが横をちらと見た。
「大丈夫だよ、今はどっか行ってるみたいだから」
は?とKの間抜けな声がやたら大きく車内に響いた。
「おどかさないでくださいぃ~!」
「わっ、ガチ泣きじゃん! ごめんって! お詫びにラムネわらび餅買ったげるからさ、ほら、泣くのやめなよ~」
「Tさん、私のこと食べ物でつられるようなちょろいやつだと思ってません? あとこの涙は怖くて出てるやつじゃないんで! Tさんとわかれるのが寂しくて出てるやつなんで!」
「はいはい、思ってる思ってる。ほら、ティッシュそこにあるやつ使っていいから……今ちょっと手が離せなくてね」
「え、でも今信号赤ですよね?」
車二、三台ほどの距離が開いてはいるものの、信号ははっきり見える位置である。右折も左折もない。煽られてもいない。ごくごく普通の一本道である。
「やー、だってさ、交通安全心掛けなきゃ、ね?」
確かにそうですけど、とKは頷いて鼻をすすった。
「ガードレールってさ、よく切れるんだよ。Kさん、ああなりたくないでしょ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます