1章 第4話 8月27日 始業式

「おーい、コガラ!」

 体育館に向かおうとした僕の背中に声が掛かる。振り返ると府本ふもとたち。いつも一緒だな、このバカトリオ。

飯屋崎いやざきって本当に欠席なのか?」

「世界救いに行ってくるって、どこの世界に行ったんだ?」

「と、言いながら実はズル休みとか?」

「知らないよ……」

 詰め寄ってくる三人に顔をしかめてしまう。

「大体、なんで僕に聞くのさ」

「だって、お前らアレだろ? 部活が同じ」

「なんだっけ? 将棋部?」

「人生ゲーム部じゃなかった?」

「……ボードゲーム部です」

 正式な名称は卓上遊戯研究部たくじょうゆうぎけんきゅうぶと言うが、誰もその名では呼ばない。

「でも、同じ部活だからって知らないよ。夏休みに活動なんてなかったもん」

 もう話すことはない、と彼らに背を向ける。

「そっか。まぁ運動部じゃないしな」

「しかし、いいよなぁ。楽そうで」

「事実上の帰宅部って感じ?」

 その場を離れようとした足が止まる。聞き捨てならないな。楽? 帰宅部? 

 首だけ彼らの方に向けて、ニッコリスマイル。

「いいんだよ? 入部しても。部員は足りないから」


「「「いいえ、結構です!」」」


 三人とも首がとれるんじゃないかってほど、横に振る。予想通りの反応。わかっている、そういう部活だ。

 さて、バカトリオは放っておいて体育館に向かわないと。と、机のところで座ったままのナンテンが目に入る。

「ナンテン? 体育館行こうよ」

「ん? あぁ」

 声を掛けられて、思い出したかのように立ち上がる。

「何か考え事?」

「いや、ちょっとな」

 何かを答えるでもなく、ナンテンは体育館へと歩き始めた。気にはなったが、時間も無い。僕もその背中を追った。


 ***


「……うわぁ」

 体育館には全学年が集まっていた。1年生から3年生。その光景は圧巻としか言いようがない。角やら羽根やらは当たり前、肌の色も常識が通用しない。そもそも――、

「先生、体育館に入れないんですけど」

「窓開けとくから、そこから覗け―」

 サイズ感も常識外れだ。あの窓から見えるのは人の顔か。

「凄いな。本当にみんな変な体験をしたんだな」

「あぁ。、な」

 僕の独り言に前を歩くナンテンが答える。けれどまたすぐに黙ってしまう。ずっと考え事をしているみたいだ。

 そのままクラスごとに一列に並び座る。背丈もちぐはぐだが、何とか並び終えたようだ。

「えーそれではただいまより、2学期始業式を始めます」

 体育館の隅っこでマイクに向かって先生が話している。あれは確か副校長。なんだか記憶よりも小さくなっているけど。

「はじめに理事長よりご挨拶があります」

 理事長? 聞きなれない言葉に会場がざわつく。この学校は公立校だったはずだ。理事長なんていないはず。そんな言葉をかき消すように――、


 ステージが開いた。


 違う。幕が開いたのではない。ステージの床部分が開いたのだ。さながらロケットの発射口のように何かがせり出してくる。

「この夏休みに当校は校長先生によって買収されました。よって役職名も校長兼理事長になります」

 機械の駆動音を押しのけて、ステージの変形に合わせて副校長が続ける。買収? 買収ってなんだよ。

「また、当校は名前を変え、『私立 ちょう登竜門とうりゅうもん学園』となりました」

 イスだ。豪華なイス。その背面と思わしき部分がせり出し、すべてが出切ったところで動きが止まる。

「では、校長もとい、理事長よりご挨拶です」

 副校長の言葉に合わせてイスが回転する。こちらに向いたイスに座っていたのは、一体のロボット。


「ロボだ……」


 誰の言葉か、小さな声が響いた。磨かれた銀色の身体。関節の目立つ長い腕。腰より下にはキャタピラがついている。顔と思わしき所には目のような一対のヘッドライトがついている。

 生徒が見守る中、顔の下側が口のように開いた。中にはスピーカーが見える。


「やぁ諸君! 理事長だヨ」


 スピーカーから流れてきたのは合成音声。どことなく間の抜けた声質が、底知れぬ不気味さを醸し出している。

「いやぁ、夏休み中ニ酷い目にあってネ。全身ロボだヨ」

 カカカ、と笑い声のような音を出す。

「デモネ、そんな酷い目にあったからこそ、夢を見たくなったのサ」

 理事長が腕を上げる。たくさんの関節がぶつかり合い、カチカチと小気味いい音を出した。

「私は若者が好きダ。夢のある若者ガ」

 理事長の頭が動く。まるで生徒たちを見渡すように。

「その夢をより輝かせたい、身近でミタイ。だからコソ、私が自由にできる学園が必要だったのダ」

 笑っている。抑揚のない合成音声なのに、なんとなく伝わってきた。理事長は今、間違いなく笑っている。

「ダカラ諸君、」

 理事長が言葉をつなごうとしたところで話は途切れた。生徒の列から何者かが飛び出し、理事長の座るイスへと一直線に走った。まさに瞬きの一瞬。重たいものがぶつかり合うような音が響いた。

 沈黙する僕たちが見たのは、イスの前に立つ一人の生徒。そして、理事長が座っていたイスには、


 日本刀が突き刺さっていた


「――ッ! なんだとッ!」


「流石ダネ。『佐々木ささき武蔵むさし』。迷わず頸椎を一突きダ」


 理事長の姿はない。しかしあの抑揚のない声は続いた。佐々木先輩。そうだ今朝校門で刀を振るっていた人だ。


「キミはツヨイ。その速度でそれだけの威力と精度。間違いなく人類最強だヨ。デモネ、」


 声の位置を探ろうと、佐々木先輩は周囲を見渡している。


 そのとき生徒の中から叫び声が挙がった。


「上だッ!」


 佐々木先輩も、生徒の誰もがステージの上を見た。天井からぶら下がるように理事長が佐々木先輩を見つめている。



 突如、開いた口からまばゆい光線が降り注いだ。悲鳴も何も消え去り、視界が真っ白に染まる。


「人間しか相手にしてこなかったキミは、人間相手の戦い方しか知らない」


 光が消え、目を開けるとステージの上で佐々木先輩が倒れていた。


「だから、キミはヨワイ」


 理事長が顎を動かすように合図をすると、どこからか現れた黒い服の男たちが佐々木先輩を担ぎ連れ去った。

「ダイジョーブ。殺したりしないサ。保健室で休ませるダケ。彼も大事なウチの生徒だからネ」

 理事長は何事もなかったかのようにこちらに向き直り、話をつづけた。

「諸君、どうかこの学園で夢を見てクレ。私たち大人が見られなかった夢ヲ。見続けられなかった夢ヲ」

 しんと静まり返った体育館で理事長の声が反響する。目の前で起きた一連の騒動に誰もが言葉を失っていた。

「話は以上ダ。では諸君、また会おうネ」

 そう言って理事長がイスに飛び乗ると、イスが床下へと収納されていく。開いていた床も重たい音を立て、閉じた。


「えー、では続きまして生徒会からの連絡です」

「はいっ!」


 誰もがあっけにとられる中で、副校長が始業式を続けた。それに答える元気のいい声。壇上には3年生らしい生徒たちが並んだ。

「どうも、生徒会長の真砂まさごです」

 すらっとした高身長。さわやかな笑顔。入学式の時にも見たことがある。生徒会長だ。入学式の時も思ったけれど、背が高くて顔もいいから、モデルみたいだ。

「さて、今日から2学期なんだけど」

 生徒会長が一呼吸おいて会場を見渡す。周囲からはうっとりしたような小さなため息も聞こえる。その人気でファンクラブがあるとか、なんとか。

「見ての通り、この夏で俺たちも先生たちも色々とあった……。きっと一言では済まされないような体験をしたんだろうね」

 生徒会長が語り掛けるように話を続ける。周囲からため息に交じって、ささやき声が聞こえる。

『今日も会長ステキー』

『でも、あれでしょ? 副会長と付き合ってるって』

『美男美女カップルじゃん! うらやましぃー』

 そう、生徒会の二人は付き合っている。会長の隣に立っている女子生徒。にこやかな会長とは反対に、眼鏡の奥の目はにこりともしない。一見合わなさそうな二人だけれど。

「そんなみんなに、俺たち生徒会から提案……、いや、お願いがあるんだ」

 会長の言葉に、生徒の中から「いいよー」「言ってー」など、返事が聞こえる。

「ここには色々な経歴をもった生徒がいる。もしかすると、夏休みの間は敵だった相手もいるかもしれない。まだ因縁が残っているかもしれない。あるいは、自分の強さを試したい。最強は誰なのかを決定したいなんて思う人もいるかもしれない」

 体育館のあちこちで小さく声が挙がる。そうやら図星を突かれたようだ。

「きっといろんなことを考えてしまうと思う。それも仕方ない。だって俺たちは非日常の中にいたから」

 非日常の中にいたから? その言葉に一人首を傾げた。まるでもう日常に戻ったかのような言い方だ。現在大絶賛非日常中ではないの?

「それでも今日からは俺たちは高校生。色々なしがらみや悩みはあっても、今の高校生活を楽しむことが大切じゃないかな」

 自然と、生徒の中から拍手が挙がった。会長の話に誰もが引き込まれていた。拍手がひとしきり終わった後、会長が続けた。

「まぁ、そうは言ってもすぐには大変だよね。俺も昨日まで世界の危機と戦っていたわけだし」

 生徒たちから心配するような声が挙がる。そんな声に会長がはにかむ。

「それでも、変わらないものもあるんだよ。昨日だって、戦いの後に由美子が俺のところに駆け寄ってきて」

 会長の言葉に隣に立つ副会長の身体がビクリと撥ねた。うつむいて小刻みに震える。

「俺よりもボロボロなのに、泣きながら『死んじゃうかと思った』なんて抱き着いてくるんだ。それがもう可愛いくて」

 副会長の耳が真っ赤になる。真っ赤だ。なんか肌の色が変わるレベルで赤いんだけど。

「そのまま俺の胸でワンワン泣くからさ、頭撫でて言ったの。『大丈夫。お前がいれば俺は無敵だから』って」

 副会長のおでこから何かが生えてきた。二つの突起。角だ。


「やっぱり、どんな非日常の中でも愛は――ッ!」


 会長の言葉が遮られた。目にも止まらぬ速度で副会長の拳が会長の腹部にめり込んでいた。そのまま赤鬼と化した副会長が拳を振り上げると、まるで石ころのように会長の身体が頭上へと吹き飛んだ。その勢いのまま会長の身体は天井を突き破り、体育館の外へと姿を消した。

『あーあ。またやったよ』

『いつもの痴話喧嘩だな』

 天井の穴を見つめながらあちこちで呆れ声が聞こえる。会長が惚気話をして副会長に怒られるという流れは生徒の中でも恒例となっていた。けれど、これまでは天井を突き破るようなことはなかった。

『どこまで飛んでったんだろうな』

『お土産とかあるかな』

 周りは意に介していないようだ。適応しすぎでしょ。

 副会長は肩で息をしていたが、落ち着いた様子でみんなの方に向き直る。角も引っ込んでいた。

生徒会長バカが退席しましたので、私の方から2学期の予定と日常生活の注意点を述べさせていただきます」

 何事もなかったかのように副会長が淡々と話を続けた。天井に空いた穴から差す光はまるでスポットライトだった。

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