第4話 貴方

 1月19日、もうすぐ、新しい学校でもう一つ学年を重ねる頃。

「ねぇねぇ、君、同じクラスの人だよね?」

 好きな漫画の新刊が出たので本屋に行った帰り道、背後から聞き覚えの無い声がした。自分に言われているか不確実だったが後ろを向いてみたら、そこにはボーイッシュな女性が立っていた。

 全身ジャージで首にはスポーツタオル、小さいリュックを背負い汗だくだ。

 「私、安田端穂。右隣の隣の前の席のクラスメイトだよ?」

 転校して2ヶ月、クラスに馴染む前に冬休みに入ってしまったからクラスメイトの顔を覚えて無くても不思議では無かった。

 「ああ、多分同じクラスだ。覚えてなくてごめん、俺は大西圭悟、よろしく。」

 よろしく、と言っても後2ヶ月でクラスは変わるが。

 「ははっ、君、覚えてなくてごめんって正直者だね。私、ちょっと傷ついたよ?」

 彼女、安田瑞穂との出会いはこの日。第一印象は汚い笑い方をするスポーティー少女。

 「あ、いやいや自己紹介をしに声をかけたわけじゃなくてね?」

 そう言うと3歩こちらに近づいて来て俊敏にお辞儀をした。

 「あけましておめでとうございます!」


 冬休みも終わり、また学校が始まった。この時期にもなるとクラスにグループが定着していて、俺に友達ができるということは不可能に近かった。

 いつもの様に昼休み、自分の席に着き弁当箱を開けた。

 「あれ?」

 お箸が入ってない。

 人間腹は減る、昼ご飯が食べれないのは育ち盛りにしたら辛いことだけど、友達もいないので割り箸を持っていないかも聞かなかった。

 いや俺がコミュ症なだけだけど。

 「おや?お困りのようだね?」

 聞き覚えのある声にビクッとした。前を向くと焼きそばパンを2つ持った安田さんが前の席に座っていた。

 「あ、えっと安田さん。それがお箸を忘れちゃってさ。」

 すると彼女は1つの焼きそばパンを開けて、大きな口で頬張った。

 「ごめん、私いつもパンだからお箸持ってないや。」

 なんだ、持ってないのか。

 じゃあなんでわざわざこの席に来たんだ?焼きそばパンを俺の前で平らげるという嫌がらせか?

 「よし、じゃあ君に問う!」

 そう言うと安田さんは両手で焼きそばパンを掴み、2つとも俺の前に差し出した。

 「さあ、貴方の落とした焼きそばパンはどちらですか?この一口齧られた方か、まだ袋を開けてない新品の方か。」

 あ、いや落とした覚えはないけど。てか、いや!この子絶対変人だろ!

 ほぼ初対面の人が困っているのを見て助けようとするのはいいけど、なんだこの泉の女神!

 「落としてないけど、どちらかというと?」

 泉の女神はそう耳元で囁いた、それじゃあこっちしかないよな。

 「この、新品の方を落としました。」

 そう言うと泉の女神はニコッと笑って焼きそばパンを2つとも机に置いた。

 「お返しはいいから!私、隣のクラスのゆいかと昼ご飯食べる約束してるからもう行くね。」

 「あっ、いや、ちょっと!」

 一口齧った後の焼きそばパンも置いていったから呼び止めたけど安田さんはもう教室を出る所で、ドアのとこでターンしてこっちを向いた。

 「正直者には2つあげるんだよ、女神は。」

 とんでもないな、こいつ。

 新品の焼きそばパンは美味しく頂いたが、もちろん食べかけの方は食べず、そっと安田さんのロッカーに入れておいた。

 次の日、ロッカーの中が焼きそばパンの匂いで充満して臭かったと怒られたのは、また別の話。


 出会いがあれば別れがある。この言い方だと死んだかのようだが、ただのクラス替えだ。

 あれからも独りの俺に優しくしてくれた安田さんとクラスが離れるかもしれないと思うと、ゾッとしていた。クラスが変わるから皆んなが皆んなまた新しく友達を作る、が、それは例外で、高校3年生というのは受験シーズンで割と頭のいいこの学校では友達ごっこなんてしない。

 それもまた、例外だった。

 別れがあれば出会いがあるんだ。

 「あれ?また君と同じクラスだ!」

 それから「腐れ縁かな?」と安田さんはニコッと笑いながら言った。

 第3印象は、太陽のような人だ。

 その1つ前は焼きそばパンだが。

 それからだ、俺と彼女は親友とも言える関係になった。受験勉強の合間にカフェに行ったり、川へ行って涼しんだりした。

 特に進学先を定めていなかった俺は安田さんと同じ大学に行くと決めた。

 勉強に勤しみ、楽しい日々、普通な日常を過ごしていたそんな最中。

 事件は起きた。

 くたばってしまいそうな暑い暑い日、学校から帰ると母からこう言われた。落ち着いて聞いて、と。

 「海斗くん、自殺したの。」

 信じられるはずがなかった、何度もメッセージを送ったし、何度も電話をかけた。

 家には行けなかった、そう考えた時にはもう現実だとわかっていたから。現実を叩き込まれるのが怖かったから。

 そしてそんな時、運が良いのか悪いのか。荒んだ目をして、裸で縛られている海斗が写っている写真、動画が売られているのをたまたまSNSで見つけた。

 海斗の父の噂は昔聞いていた、あいつが実の父を殺したんだとか、その時は聞き流していたが今になると信じきっていた。その写真の場所は見慣れた海斗の家で、そして海斗の母が海斗を縛れるほど力があると考えられなかったから。

 自分をも殺しかねない殺意が湧いて溢れた。

 その日、アイツを殺しに海斗の家を訪れたがその時丁度何かに怯えながら泣いている海斗の母に遭遇した。

 「どうしたんですか?」と聞いたが口を開かなかった。しかし腕の痣を見てなんとなく理解し、正直にアイツを殺しに来たと伝えると、やはりDVを受けていると話してくれた。

 この時、2人でアイツを殺すと。海斗に報いをと、そう計画した。

 そして実行に移し、あの日だ。

 アイツを殺してやった。

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