-外伝- 空白の1年と少し

第3話 遠方

 去年の8月、高校最後の夏がもうすぐ終わるという頃。

「全て、あのこと全て私がしたことにしてちょうだい。圭悟くん、あなたに暗くても進める未来をあげたいの。」

 そう言って海斗のお母さんは俺の両肩に優しく手を置いた。

 心底、罪悪感があった。海斗の父を殺したことで芽生えたのではなく海斗の母が俺を庇うと言ってくれた時、安心してしまったからだ。

 俺が好きだった人、俺の生きがいだった人を殺したような、殺させたようなアイツを葬った。これで彼は安らかになれたのだろうか。

 武瑠の去り際を思い出す、目を見た。それはいつもと違う様に感じた、いや違ったんだ。俺に対して嫌悪感が芽生えた、心底うんざりした。

 俺がそう思っただけだった。

 『本当に報われたのか。』

 武瑠がぼそっと呟いた一言に悩まされた。

 あの目は俺でもなく海斗の母ではなく、もういない海斗に向けた目だった。質問してもなにも返しやしない死屍にアイコンタクトをとった。

 答えは?

 何が正解だったんだろうか。

 海斗が報われたか以前に、俺が決めて俺が実行したこの行動で。

 俺は報われたか?

 俺が人殺しをして、その罪を償うまでが俺がしなくてはならない事じゃないのか?

 海斗の、後を、追う事が俺の償い?


 高2の冬

 「は〜い、今行きます。」

 前の学校を辞めて2ヶ月が経った頃、久しぶりなその顔に目を合わせられなかった。

 宅配かなにかだと思い玄関まで走り、ドアアイを覗くと彼がいたんだ。

 「いきなり、だったよな。ごめん。」

 「か、海斗!いや、全然いいよ!入る?」

 「お、いいの?寒かったから丁度いいや!」

 胸の鼓動がうるさかった。

 海斗がわざわざ寒い中俺に会いにきた、その理由はわからなかったけど。

 と、いうか。理由は無いんだ、友達と会う事に。

 『今の学校では大丈夫か?』とか『友達はできたのか?』とか、そこらの大人と同じことを聞いてきたから少し寂しかった。

 友達の長所を聞かれて、『優しい』だけ言うような喪失感だ。


 「な、なぁ。俺のこと、知ってるんだよな。」


 話の手札がこれだけしかなかった訳じゃない、けど言ってしまった。口を滑らしたようなものだった。

 『俺のこと』というのも訳の分からない言葉だ、『大西圭悟』という存在を海斗が知っていないとここに来ないわけだし。

 だからそういう意味の『俺のこと』ではなくて、俺から見た『俺のこと』を知っているかを聞いた。

 本当の『俺のこと』をだ。


 「知ってる、聞いたよあかねから。本当はその事を話に来たんだけどさ、中々切り出せなくて。」

 初めて俺から目線を離した海斗はうなじを軽くかき、そして深く鼻息をして、口を開いた。

 なんて言われるかは2択だったけど、彼からしたらただの1択だろう。

 「俺、圭悟のことは恋愛対象として見れない。」

 そして、「ごめん」と吐き捨てた。

 「ごめん」なんて、無責任な言葉だ。最後に謝られたら怒るにも怒らないから。

 まあ、最初から怒りなんてものは無かったけど。

 「うん、いいんだ。皆んなが理解できない事なんだし。普通でも汚いとか言って突き放すのに、海斗はマシな方だよ。」

 「違う、違うよ圭悟。俺は理解するも理解しないも、そんなベクトルで考えてない。人間、息をしようと念じている訳じゃないのに呼吸をする、そんな風に考えてる!」

 つまり、海斗は俺を差別した目で見ていないということだ。たとえ俺が同性愛者でも、俺のことを男として見ていない。『1人』として見ているんだ。

 普通、『人間』として。

 「きっと俺が『海斗』じゃなくても、お前が『圭悟』じゃなくても、俺はお前で、お前は俺だ。」

 『一緒なんだ』


 海斗は、前から好きな人がいて諦められないと恥ずかしそうに言った。

 今日、彼が俺に会いにきたのには理由があった。今の学校でうまくやってるのか、友達ができたのか、そんなことを聞きにきたわけじゃないのは確かだ。俺に恋を諦めて欲しいと言いにきたわけでもない。

 彼は、海斗は『1人』として、俺に俺が『人間』であってそこにある。

 生きていると伝えたかったんだろう。


 その甲斐あって俺は生きがいを見つけた、無くしてばっかだったけど、もう見つけたんだ。

 それは君だった。生きるんだ。


 9月、暑さもすっかり和らいだ頃。

 「腕の傷がDVによってつけられたと認められたら、正当防衛として私は無罪になるの。」

 「そう、ですか。」

 海斗の母が書類送検された後、有罪だ無罪だと騒がれていたが無罪でほぼ決まりらしい。

 無罪であれば、法でそう決められたなら、俺の未来はもう少しだけ明るくなると思う。

 法が全てだというのもおかしい話だけど。

 「ねぇ、圭悟くん。私は無罪になったとしても殺人犯だとして近所に広まってるの。だから、無罪になったら遠い所に行くわ。」

 確かに、今まで仲が良かったご近所さんに酷い扱いをされたらたまったものではないからな。

 「どこに行くんですか?」

 「さあ、決めてないわ。とりあえず遠い所。」

 殺人犯のような海斗の母、近所から腫れ物扱いだけど、前より明るいような気がした。

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