第301話 救世主を待つ
「なあエイリアン、ゼウシア様はお怒りだよ。君たちが簡単に襲撃者に倒されるから」
「そう言われても、相手は皆強いからさ。名士四十一魔法師や魔法聖、金色魔法使いとか、確実に勝つなんて無理があるよ」
エイリアンは指の上で筆ペンを回しながらそう言った。
「はぁ。相変わらずあの人が求めるものはいつも高く、簡単には届かないものばかりを目指しますね」
「だからあの男はここまで来れたんだろうな。わらわにはそれがない。だから奴には及ばぬよ」
エイリアンの横で、ヘラヘラは寂しげにそう呟いた。
自分の手を開いたり握ったり、繰り返しするその手を静かに眺めていた。
「ヘラヘラ、どうかした?」
「いいや。別になんでもないさ。ただ楽しみなだけだよ。わらわたちの目論見を阻止しようとしている彼らに、ラグナロクを止められるかどうか」
「なんか止めてほしそうだね。ヘラヘラは」
「エイリアン。お主もまんざらでもないようじゃないか」
「僕の場合は君とは別さ。僕はさ、このラグナロクによって失われるものに慈悲を抱いているのさ」
「魔法小説や魔法絵本か」
「まあ僕は魔法作家だからね。だから正直抵抗はある。このラグナロク後の世界がどのようなものか、僕たちは知っている。だから正直ゼウシアを止めるべきなのだろうけどさ」
「それは私も思ってはいるよ。でも止めることはわらわたちにはできないからね」
「ああ。だから傍観することしかできない。ただ唯一この世界を変えられるかもしれない者がいる」
「彼なら、あの少年ならば、きっと世界を変えてくれるかもしれない」
その会話を、まだ新入りのイリス=ペインティアはこっそりと聞いていた。
そこへある人物がイリスへと話しかけた。
「こんなところで何をしておるのじゃ?」
そう話しかけたのは老人、その老人を見てイリスは戸惑いの表情を浮かべる。なぜならその老人は今まで一度も見たことがない人であったから。
敵か、そう思ったイリスは距離を取り、敵意を向けた。
「そうか。お主、新入りじゃから何も聞かされておなぬようじゃのう。わしは……いいや、俺はエル=グランヒルデ。ここ枯雪島を何百年も護ってきたただの老いぼれだよ」
そう言いながら、老人はどんどん若くなっていった。
それにイリスは驚きつつ、その老人……いや、エルが言っていた言葉の違和感を呟く。
「何百年って、死んでますよ」
「俺は年齢を操ることができる。それに伴い肉体も変化する。つまりはな、俺は永遠に若い体で生き続けられる。いわば不老だ。俺は何年も生き続けている。無意味に、無価値に、そして独りで」
「寂しくなかったのですか?」
「寂しいさ。ただな、ある日、俺のもとにある少年が訪ねてきた。彼もまた、寂しい顔をしていた。彼は今どこで何をしているのかは分からないが、きっと今は幸せになっていてくれればと思っているよ」
「幸せ、ですか。ラグナロクによって世界は滅ぶ。その先に幸せは……、あ……」
イリスは本音を漏らした。
だが、彼はそれをとがめることはなく、そして責めることもしない。ただ傍観者としてその意見を聞き、そして言う。
「それが君の本音か。俺も同じさ。ゼウシアがやろうとしているラグナロク後の世界に幸せはない。その先にあるのは無意味な世界だ。俺はその世界に幸せなんてないと、そう思っているよ」
「ではなぜ協力をするのですか」
「全ての行動に理由があるなんて、それはただのまやかしだ。俺がゼウシアに協力していることに明確な理由はない。それでも協力しているのは、そうだな……。
なあ、君はなぜゼウシアの仲間になった」
「私は……」
「君は千年魔法教会側の協力者だろ。要塞の一部を無力かさせたのは君だ。俺は見ていた」
「なぜ、ゼウシアに言わないのですか」
「いい加減呆れただけさ。争いがなくならないのは人がいるから、そんなんじゃない。争いは、きっといつかなくなる。先人が歩んできた過ちを学べばきっと世界から悪は消える」
「そうでしょうか」
「お主は千年魔法教会側の人間なのだろ。だったら疑ってどうする。争いがなくなるのを信じない限り、人は争い続ける。だから信じるが良い。この戦いを終わらせてくれる、救世主の登場を」
そう言い、エルは去っていく。
イリスは迷い、戸惑う。これからどんな選択をすれば良いのか、この道を歩むべきなのかどうかを。
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