第281話 不穏な予兆

 アニーの一撃によって吹き飛んだカノンは、気付けば闇裂村に転がっていた。たった一撃を受けただけで意識は朦朧とし、めまいがする。呼吸するだけで肺が痺れる。

 絶体絶命、かと思われたが、そこに立っているカルナ=サンを見てカノンは安堵する。


「カノン。何があった?」


「謎の少女が、巨人になって……」


「それでそんなにボロボロになったのか。実は先ほどゼロも倒されてな、まさかと思ったがカノンまで……」


 カルナは驚いていた。

 その頃、巨大な鉱樹の上で寝転んでいるイージスのもとへ、ネザーズとシーフが駆けつけていた。


「イージス。大丈夫?」


「強いな……あの男……」


「あの人は名士四十一魔法師って名乗っていたし、連戦だったんだし無理もないよ」


「でもな、このまま負けっぱなしじゃ格好がつかないだろ。だから、このまま倒れているままではいられないんだ」


 イージスは剣を鉱樹の大地に突き立て、立ち上がる。


「イージス。君は……」


「俺は守護者だからな。、その名の如く、私は使命を全うする。それが俺が果たすべき使命、全てを守ろう。我が盾で」


 イージスはその足を下に広がっている闇裂村へと進めた。剣は鉱樹の大地を削り、少しずつ闇裂村へと向かっていく。ネザーズとシーフは止めることもできず、その背中を眺めている。


「あなたは、それでも行くのですね」


「俺は、イージスだからな」


 闇裂村へ降りたイージスは、ゼロを抱えるカルナを前にする。


「まだ立ち上がれるか?イージス」


「当たり前だ。俺はまだ負けない」


 イージスは重たい呼吸、激しい威圧を放ちながら足を進める。その剣には純白の輝きはなく、ただの橙色の剣がイージスの手に握られている。


「さて、また灼熱の餌食となるか」


 カルナの背後には人一人を飲み込めるほどの巨大な太陽が出現する。その太陽を背に呟くカルナに、イージスは怖じ気づいていた。


「またあの太陽か……」


「再び灼熱に帰せ。〈太陽円環サンボルク〉」


 カルナは太陽を纏っている。

 周囲は太陽の温度には変化を受けず、イージスのみがその熱により灼熱を感じている。体は燃えるように火照り、熱風に足を進めることもままならない。


「私は名士四十一魔法師の中でも別格でさ、ところで一度死んでみない?」


 カルナは背後に出現した太陽から小さな火炎の球体を分裂させ、その一部をイージスへと放った。イージスは剣で弾き、直撃を免れた。


「まだだよ。イージス」


 カルナの攻撃は止まらない。

 無数の火炎の球体がイージスへと飛び、それをイージスは剣で弾き続けた。


「〈纏水テトラアトラ〉」


 イージスの体には水が纏われた。だが灼熱の威力は凄まじく、イージスの纏う水は徐々に蒸発していく。


「さようなら。イージス」


 最後、カルナは背後にある巨大な太陽をイージスへとぶつけた。


「〈水巨人ブルークレイモア〉」


 太陽は巨大な水の壁に防がれ、消失した。

 その太陽を消した水はというと、未だその身は顕在であった。十メートルはある巨大な水の体、それは太陽すらも消した。


「君は……アーノルド家の女か」


「私はアニー。イージスは殺させない」


「カノン、帰るぞ。これ以上彼らと戦うのはリスクが大きいからな」


 カルナはカノンへとそう呼び掛けた。

 逃げようとしているのを察知し、アニーは巨大な水の腕でカルナへと拳を振り下ろす。しかしカルナは水の腕をかわし、カノンのすぐそばへゼロを抱えながら着地した。


「逃がすか」


 アニーは力強くカルナへ拳を振るう。だがカルナはゼロとカノンを抱え、巨大吸血樹の上に飛び乗った。


「すまないな。この島に迷惑をかけた」


「だったら逃げるな」


「もうすぐ始まる戦いのためだ。だからここは耐えてくれるとありがたい」


「耐えるだと。事情も説明せずに耐えろなど、ふざけるな。お前は絶対に許さない」


 カルナへと巨腕が振るわれる。だが拳が当たる前にカルナたちは姿を消した。まるで瞬間移動したかのように。


「なんだあの男は……」


 アニーは纏っていた巨人の姿をした水を解除し、イージスの前へ降りた。


「イージス、大丈夫?」


「ああ。大丈夫だ」


「あの男たちは何者なの?」


「さっぱりだ。だが今戦っていたのはカルナ=サン、名士四十一魔法師の一人らしいが、なぜこの島を襲ったかは、その目的は血を集めることにあるだろうが、なぜ血を集めているかは不明だ」


「厄介だね。彼は」


「本当だよ。ひとまずここでの騒動は収まったね」


「ああ。そうだな。誰一人として失わず、守りきった……」



 童話集での戦いは終わったーーかに見えた。

 だがイージスたちの引率として来ていたアズール、そして魔法作家のリーファは童話島からひっそりと姿をくらましていた。

 彼らはすぐにヴァルハラ学園へと帰還し、ノーレンスへと報告をした。


「そうか……。アズールが、か……」


 ノーレンスは重たい表情で何か考えているようだった。

 そして覚悟したように口を開く。


「イージス、アニー。やはり君たちの力を借りたい。〈魔法師〉を、討つために」

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