第270話 刹那の攻防
トールの雷鎚を夕焼けの剣一本で受け止めたイージス。
「カッコいいな。イージス」
「お前がトールか。ここで討つ」
周囲には稲光が駆け抜け、容易に近づくことはできない。それ以上に、二人の戦いに水を差すことはできない。それほどの圧迫感と緊張感、手に汗握る攻防が繰り広げられているのだから。
振るわれるトールの巨大な雷鎚、それを柔軟にかわしつつ、イージスはトールへと攻撃を仕掛ける機会を窺っていた。
だがトールは隙をつくらず、一方的にイージスへ攻撃を仕掛けていた。トールの一撃一撃は重く、それを受け止めるだけでイージスは大きく体力を消耗していた。
「その程度か。イージス=アーサー」
トールは大きく雷鎚を振るう。その一撃を剣で受け止めたイージス、しかし威力を殺しきれず、イージスは宙へ舞う。
「とどめを刺そうか」
「させない」
「させないのをさせないよ」
ノーレンスがトールへと進もうとするも、その前にティアマティアと彩り豊かな女性が立ち塞がる。
「ティアマティア、それにイリス……」
足止めをされ、イージスの救援に駆けつけることは困難となった。
トールは空を駆け抜け、雷鎚を握りしめて宙を舞うイージスへと振り下ろす。
「ーーまだだ」
トールが振り下ろした雷鎚はくうを切り、イージスへは当たらなかった。
もう動けないと思っていたトールは少し驚いた。そこへイージスは純白に輝く剣を振るう。
「落ちろーー」
純白の光がトールを飲み込む。その一撃にトールは全身に軽い傷を負い、吹き飛んだ。ティアマティアとイリスはノーレンスの前から遠ざかり、トールを抱えた。
「トール、もしかして死んだ」
「そんなわけないだろ。あの技のまだまだ威力は弱い。良かったよ。発展途上の一撃で」
「でもトール、ヤバイって顔してるよ」
「打たれ弱いんだよ。俺は」
そう言うと、ティアマティアとイリスは笑みをこぼす。
「とりあえず『鍵』の奪還は失敗だ。ノーレンス、そして『鍵』であるアニーが側にいる状態でのイージスはかなり厄介だ。既にアポレオンがノーレンスの魔法牢獄に囚われているし、ここで負けるわけにはいかない。撤退だーー」
ティアマティアとイリスはトールを抱えて島から去ろうとする。だがトールは言葉を続ける。
「ーーといきたいところだが、せめてペインだけは回収する」
「言うと思った。だからイージスとトールの戦いに皆が注目している間に、ペインは私の怪物に飲み込ませておいたから。安心して。消化はしていないよ。だから撤退するよ」
「エリアの転移で飛ばしてもらえば?」
「生憎、奴の転移魔法の範囲は小さい。するだけ無駄だよ」
トールたちは島から去った。
刹那の攻防に勝利したイージスは、魔力の激しい消費に伴い、浮遊魔法も使えず屋根瓦に身を打ち付けた。すぐにアニーが駆け寄る。
「イージス。大丈夫?」
「ああ。一応無事だ。トールたちは去ったか?」
「うん。イージスのおかげだよ」
「だが俺もまだまだだな。これじゃまた護りきれない」
「これから強くなっていけば良いんだよ。才能なんて後付けなんだよ。だからさ、そう悔やまないで。きっといつか、君は報われるからさ」
アニーはイージスの手を優しく掴み、そう言った。
イージスも剣を置き、静かに息をこぼした。
「俺は強くなるよ。全部護るために」
「うん。頑張れ、イージス」
アニーの笑みに、イージスは笑みを返す。
ノーレンスは、ペインが消えていることに気付き、ティアマティアたちが奪ったのだと察した。
「まあ良い。これでこの島の黄金化現象は終わる……と良いのだが……」
しかし、黄金になった者たいは戻らない。
ハンゾウは未だ妹を救えぬまま、後悔を背負う。そんな彼のもとへ行き、ノーレンスは言った。
「ハンゾウ。じきに我々は千年魔法教会、魔法ギルドとともに〈魔法師〉を打倒する作戦を開始する。そこでなら、お前の妹を救えるかもしれない。ペインを倒せば救えるかもしれない。既に仲間は極秘裏に集めている。どうだ、参加するか?」
ノーレンスはハンゾウへ手を差し伸べた。
ハンゾウは迷うことなく、希望の光を見つけたとばかりにその手を掴んだ。
「拙者には救わなければいけない者がいる。是非とも協力させてくれ」
「ありがとう」
炎上島での攻防は終了した。
ペインによる怪奇的な事件に終止符が討たれ、戦いは終わった。
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