第261話 スフィアの鍵

 リューズとダイニングは激しい攻防を繰り広げていた。

 剣と拳が交わり合い、周囲に激しい風が舞う。近くに立っているだけで緊張感を感じ、圧迫感が胸に込み上げるだろう。その戦いはそれほどまでに接戦であり、どちらが勝ってもおかしくはなかった。


 全身漆黒に染められたダイニング、唯一他の色があるとすれば紅色の瞳だけだろう。

 その瞳で睨みながら、ダイニングはリューズは重たい拳を進めていた。拳の一撃一撃が地面へクレーターをつくるも、それらを先読みしてかわし、リューズはダイニングへ攻撃を仕掛ける。


「先輩、あなたの体術は近くで見てきた。だからあなたの攻撃は全てお見通しなのですよ」


 リューズはダイニングの右腕を斬り飛ばす。そこへ追い討ちをかけるかの如く、二撃三撃と剣を振るう。


「リューズ……」


「私はあなたを倒す」


 リューズはとどめを刺すように、ダイニングの心臓目掛けて剣を進めた。だがダイニングの体に刃は通らず、隙ができたリューズへと蹴りを入れた。

 リューズは宙を舞い、木々へ体を打ち付けた。


「イシス様。終わりました」


「ご苦労。イージスは連れ帰るなとは言われていたが、そういうわけにはいかないよな」


 イシスは左手でスフィアの手を掴み、右腕でイージスを担ぐ。


「ではダイニング、引き続き『鍵』の捜索は任せ……」


「はぁぁぁああああ」


 イージスは剣を振るい、イシスの腕から飛び出た。そしてもう一方の手に握られているスフィアの腕を掴み、イシスから離した。


「まずい。『鍵』が。ダイニング、早く捕まえろ」


 ダイニングは呆然とするも、すぐさまイージスへ駆ける。

 だがスフィアの手を握るイージスは、もう誰にも止められない。


「スフィア。これから不思議な感覚が君を襲う。だがそれを恐れないでくれ。きっとそれは、悪い力じゃないからさ」


「うん」


 イージスは剣を片手で構え、唱える。


「『鍵』よ、開け」


 スフィアの体は純白の光に包まれ、その光はイージスへ向かって続いている。イージスはその光を纏い、全身を純白の光に包む。


「『鍵』を開けられた……」


 ダイニングはイージスへと拳を振るうも、それを剣の一振りで消失させた。両腕を失ったダイニング目掛け、イージスは大きく剣を振り下ろした。その一撃は周囲へ風を吹き荒し、ダイニングのその光の一撃に纏っていた闇を失って倒れる。

 その力を見たイシスは見入っていた。


「これがアーサー家の力か。ゼウシア様の言っていた通り、この少年には足り得る可能性がある」


「イシス。お前は〈魔法師〉だったな」


「ああ。ゼウシアに会いたいか?だが君をまだ彼へ会わせるわけにはいかない」


「いや。そうじゃない。一つ聞いておきたかったことがある。魔法船でお前はこう言ったな。アタナシアは元気かと。アタナシアとはどういう関係だ?」


「それが聞きたいのか。だが生憎、私にはそれを話すことはできない。だからイージス、今はさよならだ。また会おう。すぐに会えるだろうから」


 イシスは青い魔方陣から杖を取り出すと、地面を一度叩いた。その瞬間、イシスは消えた。

 瞬間移動に類似する魔法だろうか。

 だがイシスとの戦闘は終わり、イージスは剣を魔方陣の中へと収めた。


「スフィア。大丈夫か?」


「うん。助けてくれてありがとね」


「俺はアーサーだ。スフィアを救うのは当たり前のことだ」


「本当にありがとう。イージス」


 スフィアはイージスの手を握ったまま。さすがに恥ずかしくなり手を離そうとするイージスであったが、スフィアはそれをさせなかった。

 そこへノーレンスたちが駆けつけてきた。


「『鍵』を開いたか」


「はい。ですがこの学園へ来ていた〈魔法師〉の一人、イシスを逃がしてしまいました」


「無事なら良い」


 遅れてノーレンスへ追い付いたアニーたち。

 イージスとスフィアが手を繋いでいるのを見て、アニーは不思議な感覚にとらわれていた。『鍵』を開いた時とはまた別の感覚。


「この感情は、いったい何だろうか」

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