第258話 呪いからは逃れられない

「研究対象。どうしてスフィアが」


「そんなの決まっているんだよ。私がよっぽどイレギュラーな存在だからだよ。魔法神聖児という特殊な存在であり、その上『鍵』と呼ばれる存在でもある」


「そうか。なら尚更スフィアをここから救いだしてやる」


「救い出すって……イージスはアマツカミ学会のことなんて何も知らないでしょ。アマツカミ学会はね、そんなやわな組織じゃない。イージスが弱いとはいわない、ただ相手が悪すぎるよ」


 スフィアはイージスの手を掴みながらそう言った。


「大丈夫。俺は一人じゃないよ」


 イージスは気配を感じ、剣を構えた。

 その時、その部屋の扉は開いた。そこで姿を現したのは全身に紫色の線を浮き上がらせている謎の男。紫色の線は全身を巡っている。


「お前は一体……何だ?」


「鼠が紛れ込んでいると思えば、あなたでしたか。五神を倒した英雄でしたか?イージス=アーサー」


 その男から感じる謎の威圧に、イージスは自然と足を下げていた。

 恐怖心、それが彼も気づかぬ間に体を動かした。危ない、そう悟ったから。


「おや。英雄ともあろう者が恐れているのですか。英雄でもないただの庶民である私を」


(この男から感じるこの威圧、何だ?)


 イージスは手に汗を握り、剣を握っている。

 息が喉を通らない。何かに脅えている、それはうっすらとだが理解できる。


「呪え」


 イージスは突如ふらつき、視界が落ち着かない。まるでピントが合わないように視界は不安定になっている。

 この男が何かをした、それは分かっている。だが対処できず、足を崩した。剣を握ることすらできなくなり、思考すらも落ち着かない。


(なぜここにいる?俺は何をしている?ここはどこだ?)


 どの答えも分からない。


「スフィア。ここは危険だ。場所を移動するぞ」


 男が差し伸ばした手に、スフィアは戸惑った。

 その手を掴むべきか、それとも倒れるイージスを救うべきか。

 迷う彼女へ、男は言う。


「スフィア。お前が俺についてくれば、その少年は怪我を負わずに済むぞ」


「……わ、分かった」


 スフィアは立ち上がり、男の手を掴んでその場から遠ざかる。


「待て……」


 イージスは小さな意識でスフィアを呼び止めた。


「まだ意識があるか。だがじきに呪いに侵され、終わりを迎える。終わりだ」


「駄目だスフィア……」


「イージスこそ駄目だよ。それ以上動かないで。私を救う必要なんてないから。大丈夫だよ。今の私は、笑えるから」


 そう言い、スフィアは笑って見せた。

 その笑顔が偽りなことくらい、イージスには分かりきったことだった。


「スフィア。行くぞ」


 男に手をひかれ、スフィアは遠ざかっていく。まるで心が小さくなっていくような、そんな気持ち。


(俺はまた救えない。いつまで経っても成長しないんだな。成長しないままで、俺は、俺は何もできない。そんなのは嫌なんだ。剣を握り、駆け抜けろ。意識を、今ここでスフィアを救う)


 イージスは脇腹に剣を突き刺した。血が飛び散り、イージスの脇腹には風穴が空く。そんな中で、イージスは叫ぶ。

 男は振り返った。そこでは、イージスが血を流しながらも立ち上がり、こちらを睨んでいた。


「そんなんで呪いが解けるかよ。ふざけるな」


 男は苛立ち、スフィアの腕を引っ張り走り出す。だが遅い。

 イージスは一本道の壁を走り、男の前に立ち塞がった。


「ここより先には通さない」


「ふざけるな。お前に研究の邪魔をさせるわけにはいかないんだよ」


 男は壁に触れると、そこには通路が出現する。


「隠し通路。お前には開けられない」


 男はスフィアの手を引っ張りながらその通路を通り抜けた。男が通り抜けると同時、隠し通路は消えて壁となる。


「もう追ってこれまい」


 隠し通路を走る男とスフィア。

 イージスはスフィアの気配を敏感に感じ取っていた。『鍵』を開く一族ーーアーサー家だからこそ『鍵』の存在は強く感じていた。


「見つけた。スフィア」


 イージスの剣には純白の光が纏われ、その剣を正面へかざし、そのまま特攻する。壁を破壊しながら、イージスはスフィアの前に現れた。


「スフィア。俺の手を取れ」


「言ったでしょ。私はここでも十分笑えるって」


「それじゃあ俺が笑えない。たとえスフィアが笑えても、俺は笑えないんだよ。それにさ、スフィア、俺はお前が泣いているように見えない」


 スフィアの目には涙が、そして躊躇いが足を止めた。


「スフィア。足を止めるな」


「スフィア。俺の手を掴め」


 イージスは片腕で剣を握り、振り下ろす。それを男は手をかざし、闇の霧の壁を創製して防いだ。激しい音が響き渡り、男の手の力は弱まっている。


「ダイニング=ブローカーさん。私は、自由に生きたいんだ。縛られたままなのは、嫌なんだ」


 スフィアはダイニングの腕を薙ぎ払い、イージスへ手を伸ばした。


「イージス」


「スフィア」


 手が重なり合う……その直前、一人の男が二人の間に火炎を纏う剣を差し込んだ。


「二人とも。それ以上近づくな。『鍵』の開け方は推測したか。にしても、これ以上君に強くなられては困るんだよ」


 そう呟く男に気を取られたせいか、イージスはスフィアにダイニングと呼ばれた男の拳を腹に受け、床を転がる。


「お前は……」


 イージスは腹を押さえながら、火炎を纏う剣を持つ男を見た。


「なぜお前が……こんなところに」


 そう嘆くイージスの視界に入っていたのは、〈魔法師〉の一人、アポレオンであった。


「『鍵』は渡さないよ。ここは『鍵』を集めている場所だからさ、君みたいな輩に来られては困るんだ。だから是非、そのまま永遠と眠っていてくれ」


 ダイニングに殴られた腹部からは何か気持ち悪い感触を感じ、イージスは腹を強く押さえた。


「呪い。今君にかけた呪いは魔法が使えなくなる魔法。そして痛みが少しずつ上昇する魔法。つまりさ、一時間もすれば痛みで君は死ぬだろうね」


「待て……」


 イージスは地べたに這いつくばりながらも、スフィアへと手を伸ばす。

 だが既にアポレオンたちは遠ざかっている。


「また救えなかったね。イージス」

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