スフィア編

第255話 三人の少年

 イージスとアニーは、理事長室にてノーレンス=アーノルドとともに話をしていた。


「では、鍵の一人がスフィアという少女で間違いないのだな」


「はい。まずは彼女から保護を」


「アマツカミ学会……」


 秀才アマツカミ学会。

 その名を聞いたノーレンスの顔は曇る。


「どうかされたのですか?」


「ああいや……、アマツカミ学会、彼らからは良い噂を聞かないからな。だから少し不安ではある」


 ノーレンスは明らかな不安を抱いているようだ。

 しかし、〈魔法師〉から彼女を守るにはどうしてもアマツカミ学会へと行かなくてはいけない。


「アマツカミ学会。彼らは何かを隠している。故に、私はノーレンスとしてアマツカミ学会の領地へ侵入することは妥当ではない」


「そうですか」


「だが、ノーレンスとしてではなく、あくまでも生徒の一人としてならば、私はアマツカミ学会に入ることが可能だ」


「それはどういう……」


 その言葉の正体は何なのか、それはアマツカミ学会へ見学という形で入ろうとしている一時間ほど前のこと、ノーレンスは変身魔法により自身の顔や身長、体型までもをまったくの別人に変化させた。

 だがそんな魔法を使おうとも、それを見破る魔法は幾つもある。それに対抗するため、ノーレンスは銀色の指輪をはめた。


「それは?」


「あらゆる魔法を反転させる魔法具ーー銀龍の指輪。これで正体を見破られることもない」


「なるほど。それならノーレンス理事長をーー」


「ーーストップ。今の私はノーレンスじゃない。俺はノース。そう呼んでくれ」


 ノースは口に指を当て、そう呟いた。


「分かりました、じゃなくて分かったよ。ノース」


「オーケー。良いじゃん良いじゃん」


 急なキャラ変をしたノーレンスの不思議な態度に、イージスはこれがやりたかっただけでは、と思い始めていた。

 だがそんなことを聞けるはずもなく、イージス、アニー、ノースはアマツカミ学会へと入ることとなる。付き添いとして、カーマ=インドラ先生にも来てもらうこととなった。


「では行くぞ。くれぐれも粗相そそうのないようにだ」



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 アマツカミ学会を囲むように存在している巨大な森、それによってアマツカミ学会では何が行われているのか、それが執拗に隠されている。

 それだけではなく、その森の最も外側にあり規則的に並んでいる木々、そこには結界石と呼ばれる結界を張るための結晶が埋められ、ただの一般人が侵入することを拒んでいる。

 それだけでも怪しさは十分だが、何といってもアマツカミ学会は今まで一度もその素性を外部へ明かしたことはなく、謎が多い学園でもある。

 つまりアマツカミ学会は何かを隠している。それは明白だ。


 アマツカミ学会へ着いてから数秒後、不思議なくらいにはっきりと聞こえる風が吹き始める。


「この音は……」


「皆さん、よくぞ来てくださりました」


 風の音に紛れ、腰に剣を差したポニーテールの女性が彼らの前には現れた。

 彼女を見たイージスは、すぐに彼女の正体に気づいた。


「誰かと思えば、リューズ=アズカバンさんですか」


「おや。君は魔法戦で戦った、確か名はイージス=アーサーだったか」


「ええ。だけどリューズさんはもう学校を卒業していてもおかしくないですよね」


「ああ。私は卒業生さ。だが私はこの学会で教師の役割を担っているわけだ。で、君たちは見学に来たのだろう。まずは我が学会の会長がイージス=アーサー、君と話がしたいらしいのであなただけついてきてもらえますか」


「なぜ俺だけ?」


「二人きりの方が話しやすいと、そういうご意向からですよ」


 不可解な点は拭えないものの、イージスは会長と二人きり、机を挟んで互いに腰かけている。

 イージスはソファーに腰かけ、対面にある玉座には冠を被った男が堂々と腰かけていた。


「話とは何でしょうか?」


 その問いに、その男は初めて口を開く。


「五神を倒した英雄、イージス=アーサー。君へ聞きたいことがある。君は、人が死ぬ瞬間を、目の当たりにしたことがあるかい?」


「ないですね……。なぜ、そのような質問をされるのですか?」


「知りたかったのだよ。強さを手に入れた者が、必ずしも大切な者の死を経験しているのかどうかを。だが君にはまだ早いようだ」


 彼のした質問に、イージスは疑念を抱いていた。


「会長さんはそのような経験がおありなのですか?」


「ああ。だから私はアマツカミ学会を立ち上げた。人という者は生きている間で必ず大切な者の死を経験する。少年よ、君がこの先どう生きるかで、君自身の未来は大きく変化する。君は大きな選択肢を何度も経験しているようだな」


「まあ、そうですかね」


「ならこの先、感情に身を任せるな。もうすぐ、もうすぐ始まるのだから」


 その男は何かを後悔しているように、イージスの目を真っ直ぐに見つめていた。


「存分に見学すると良い。それで君は何かを知れるのだろ」


「ありがとうございます」


 そう言い、イージスは部屋を後にする。

 一人残った部屋の中で、アマツカミ学会会長セイバー=アマツカミは棚の上に置かれた子供の頃の写真を眺めていた。酷く砂がかかって黒ずんでおり、二人の少年の顔が隠れて見えなくなっている。

 そこに映る三人の幼い少年、まだ何の邪気もない幼い三人の少年。


「あれから何年が経っただろうか。君はまだ、彼を探しに世界を蹂躙するのだろう。たとえそれが、無意味なことと知っていても」

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