第245話 アポレオンの登場

「クシロ。よくアニーを連れてきてくれた」


 一人の青年はクシロへそう言った。

 クシロはその青年へと言う。


「無地なんですか。僕の大事なーー」


「ーー無事だよ。だがまだ返すわけにはいかないな。クシロ、もう少しだけ働いてもらうよ」


「ですが……アニーさんを連れてくれば返してくれると」


 そう言った瞬間、クシロの首もとには長銃が突きつけられた。クシロは言葉を飲み込み、何も言わずに口を閉じる。

 そこで青年は言う。


「もう少しだけで良いから協力してくれ。でないと、君の大切なものが失われるよ。それでも構わないのかい」


 それにはクシロは躊躇し、従う以外の選択肢はなかった。

 青年へ怒りを向けるも、その怒りをぶつける先は青年ではない。ただの何の罪もない壁だ。


「どうして、どうして僕は……」


 シロロ家に生まれたことによる憐れみを感じ、クシロは大きな後悔に身を浸していた。

 これ以上あの青年の言いなりになっているままで良いのだろうか。だがそれでも、彼は立ち向かうことができない。目の前にある大きな敵に。


「ごめん……ごめんねアニー。僕は、僕は無力だ」


 己の弱さに彼は嘆いた。

 いつまでも世界というものは、そう簡単には変わらないのだ。


 その頃、青年はというと……


「ペンタゴン様。あなたの推測通り、彼は私へ逆らうことはしてきませんでした。やはり彼は使えますよ」


「それは良い道具が手に入った。このままの調子で少しずつ世界を我が物としていこう。名門、アーノルド家の名の下に」


 ペンタゴンは笑みを浮かべる。


「もうじき我が願望は叶う。シロロ家に伝わる魔法剣の技術があれば、もっと強い武器を造れる。武器を造ってそれを売る、それがどれほどまでに金を稼げるビジネスか、そんなものは明白だ」


 ペンタゴンは未来へ希望を馳せる。


「さて、政治というものを始めよう」



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 現在、ホーヘン学園とヴァルハラ学園との合同合宿が行われている。

 イージスたちはペアを組まされ、モンスターの住み着く森の中で激闘を繰り広げている。

 イージスのはペアのローズとともにモンスターと交戦中。


「東よりモンスター二体、西より三体、上空より一体接近中」


 魔法看護士ローズはモンスターの気配をいち早く察知し、イージスへ伝えている。

 イージスよりも遥かに高度な察知魔法を有するローズの情報通り、西から三体、東から二体、上空より一体近付いてきている。


「西の三体は足止めをする。上空と東のモンスターは任せた」


「了解」


 息の合った連携により、イージスは上空より降下してきたモンスターを斬り、そして残り二体のモンスターも斬り裂いた。すぐさま後ろへ振り返り、ローズが使用中である魔法の風の錠により動きを封じられているモンスター三体をその剣で斬る。

 掃討し、イージスは剣を地へ刺してしりもちをついて呼吸を整える。


「さすがに数が多いな」


「大丈夫?」


 ローズは心配そうにイージスへ駆け寄る。


「ああ。問題ない。だが、残り二十時間以上もある。さすがに厳しいな」


 そう音を上げ、イージスは空を見上げた。

 長い間空を見つめ、イージスは何かに気付いたようだ。


「なあローズ。何か空に見えないか」


「空に?特に何も」


 ローズは確かに何も見えていない。だがイージスには何かが見えているようだった。


「あれは、船か。魔法船、それもアーノルド家の魔法船。こんな場所にあるのはおかしい気もするが」


 イージスは考えていた。

 そこで一つ、不安な憶測を立てた。

 二年近く前にアニーが消息を絶った事件、それとイージスは重ねていた。


「まさか、アニーが……」


 イージスは剣を握り締め、分け目もふらず上空へと飛ぶ。その後を追うように、ローズは訳も分からず追いかけた。

 それを森の中から見ていたスカーレットやボルト、シャラやカイザーが疑問に思っていた。そこで彼らもイージスの後を追うように空へ飛ぶ。


 その頃、アズールとニアーザの前にはある人物が姿を現していた。それに気を取られ、上空を飛んでいるイージスたちには目も向けない。


「なぜお前がここにいる。〈魔法師〉の一人アポレオン」

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