第244話 シロロ家の男

 この一日、それが何のためにあるのか、それは都立ホーヘン学園と名門ヴァルハラ学園との合同合宿、それはあくまでも表向きの目的。

 この合同合宿の裏で、誰にも気づかれぬようある者を誘拐するための、その策であった。


「ねえクシロ。あなたの正体はとっくに見抜かれてることくらい、名門家に生まれてきたんだから分かるでしょ」


 森の中、アニーは振り向きクシロへそう言った。


「バレていましたか」


「君が知っているかは分からないが、私は三日ほど前に祖父にあたるペンタゴンと絶交している。そして今日、急遽私は合同合宿に呼ばれた。そして君も、急遽呼ばれた。その時点でおおまかに君の素性を理解したよ」


「僕の生まれたシロロ家、名門であることはアーノルド家であるあなたが知らないはずはないでしょうが」


 クシロは腰に差している細剣に手を置いた。


「名門家が一堂に期す晩餐会、そこで僕たちの一族であるシロロ家はペンタゴンが欲している特殊な魔法剣の技術を一部提供してくれと頼まれた。だがこの技術はシロロ家に代々伝わる伝統的な技術、故に他者へこの技術を渡すことは絶対にしてはいけない」


「なるほど。そういうことか」


 アニーはクシロが置かれている状況を悟ったのか、クシロを発言を遮り、問いかける。


「君は政治利用されている。それを分かっているのだな」


「ああ。僕はあなたと結婚し、シロロ家と繋がったアーノルド家にはシロロ家に代々伝わる魔法剣の技術を提供しなくてはいけない」


「君はどうしたい?」


「本当は政略結婚などしたくない。それに君には想い人がいるのだろう。恐らくイージスとかいう少年だろ」


「な、何を言っているか分からんぞ」


 アニーは動揺し、あたふたした様子でそう受け答えする。

 先ほどまでクールな振る舞いをしていたからこそ、クシロにはその様子は新鮮に映り、笑みをこぼした。


「そんなことより今はシロロ家の未来の話だ。このままでは君たちシロロ家の伝統技術が奪われる。君はどうしてもそれを阻止したいのだろ」


「ああ。僕はシロロ家が大好きだから……それでも僕はペンタゴンには逆らえない」


「人質でも取られているのか?」


「あなたにとってはどうでも良いと思われるかもしれない。それでも僕にとっては大切な存在なんです。だからアニー=アーノルド、ここであなたをーー」


 直後、クシロは細剣を抜き、アニーの背後に立った。


「ーー誘拐しなくてはいけないのです」


 アニーは体が痺れ、自由が利かなくなった。たちまち足は崩れ、膝から崩れ落ちた。


「クシロ……」


「申し訳ありません。僕は罪人になってでも、助けたいんです。だから本当に、ごめんなさい」


 意識が徐々に失われていき、振り絞った力でクシロの方を振り向いた。

 最後に映ったクシロの表情、それは罪を背負った悲しい顔、そしてどこか寂しげな孤独な表情。


「お前……まさか……」


 アニーは意識を失い、倒れた。

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