アーノルド家編ーー破

第242話 だって私はアニーだから

 もうじき、都立ホーヘン学園との合同合宿が行われようとしていた。

 その目的はと言うと、お互いの学園同士が共に苦難を越えることで、深交を深め、更には生徒一人一人の能力を向上させようというものであった。

 それは今回初の試みであり、六年生から一年生の中からそれぞれの学園で十人が選ばれる。イージスとアニーはそのメンバーに選ばれていた。


 それを三日後に控えたある日、アニーは再びアーノルド家からお呼びだしが掛けられた。

 一年ほど前のことを思い出し不安になりつつも、アニーはアーノルド家の邸宅へ向かった。

 湖上に浮かぶ名門ヴァルハラ学園とは違い、海上に浮かぶ巨大なアーノルド家の家。アニーがほうきに乗って門の前へ降りると、アニーを促すように門は開いた。恐る恐るアニーは門をくぐって敷地へと足を進める。


「お待ちしておりました。アニー様」


 アニーを待っていたのか、アーノルド家執事のメデューサが迎えに来てくれた。


「ペンタゴン様は二時間以上遅刻なさったアニー様を長い間待っておられます。急いではいただけないでしょうか」


 ゆったりと歩くアニーへメデューサはそう言うも、アニーは前回呼ばれた際に痛い目に遭ったせいか、ペンタゴンへ会うのを躊躇っていた。


「どうせまたろくでもないことを頼んでくるに決まってる。お祖父様は昔からそういう人ですから」


 アニーはそう愚痴を吐き、早く歩こうとはしなかった。

 メデューサもアニーへ合わせてゆっくりと歩いている。


「着きました。この中でペンタゴン様はお待ちになっておられます」


「了解。入れば良いのでしょ。入れば」


 アニーは苛立ちを隠すことはなく、そう執事へ八つ当たりして扉を開けて中へ入る。

 執事である彼女は部屋の外で待機し、この部屋には私と祖父にあたるペンタゴン=アーノルドと二人きり。


 私はアーノルド家の娘であるから。

 アーノルド家に生まれてしまったから以上、私は今までずっとこの男に縛られて生きてきた。誰もこの人には逆らえない。

 けど、私はもう弱くなんかない。今までみたいに、メソメソしているわけにはいかない。助けばかりを求めるわけにはいかない。

 私は向き合うんだ。


「お祖父様、お久しぶりです」


 私の力強い口調に不思議に思ったのか、彼は私を睨んでいる。

 それに屈することはなく、私は高価な椅子に座るペンタゴンの前に堂々と立っている。


「アニー。また君に頼みたいことがあってな」


「また一年前と、いえ、もう二年ほど経過していましたね。で、どうせまた私に誘拐されろと言うのでしょう。あなたはそういう人ですからね」


「そんなはずないだろ。アニーは私の大切な孫なのだから」


「私の名前を気安く呼ぶな」


 今日の私はどうかしていた。

 そう、無性に苛ついていたのだ。


「どうした。様子がおかしいぞ」


「おかしい?おかしいのはあなたの方ですよ。本当に孫だと思っているのですか?本当は利用するためのただの人形だと思っているのでしょう。ふざけるな。ふっざけんな」


 その時、私の感情を抑えていたリミッターが外れた気がした。


「私は私だ。だから誰の命令にも従わず生きていくんだ。私は私が生きたいように生きていくんだ。私の人生は誰にも決めさせない。私が歩む道なんだ。これは私が自分の力で進む道なんだ。それをただの部外者であるお前が、私の人生の脇役であるお前が決めんじゃねーよ」


 私は祖父の前に置かれた高価な机に足をつけ、祖父へ叫ぶ。


「父親面してんじゃねーぞ。くそじじい」


 机には泥まみれの靴の私の足跡がつく。

 それに謝罪もする気など一切なく、私は部屋を後にする。


「待て」


「嫌です」


 私は扉を開けると、力強く閉めた。

 部屋の外で待機していたメデューサさんは中での会話が聞こえていたのか、笑いを堪えているように思えた。


「アニー様。お元気で」


「ああ」


 私はメデューサさんに見送られながらアーノルド家を後にする。

 今頃あのじじいはどんな顔をしてるのやら、気になるがもう関わるつもりはないのだ。

 私は先ほどのペンタゴンの表情を思い出し、ほうきに乗りながら大空で笑い声を上げた。



 アニーがアーノルド家を去る中、ペンタゴンはというと……。

 一枚の書類を机の引き出しから取り出し、それを机に叩きつけるように置いた。


「これでは政略結婚が台無しだ。そもそもノーレンスのせいでアズマ家との関わりが途絶えた。全く私の子供だちは悪い子ばかりだ。だから痛めつけたくなるよ」

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