第241話 恋をした、そして別れが来た。

 アタナシアは恋をしたその人形へ再会した。

 アニーたちはアタナシアが恋をした相手がその人形だと知り、どこか複雑な心境を抱いていた。

 その恋は叶わないものだから。叶ったとしても、それは……。

 だがしかし、イスターはもとは心のない機械であったが、今では心を有している。その前例があったことにより、アニーたちはその人形が心を持っているのではないか、そう考えた。

 とはいっても、彼女らには何もできなかった。だがクイーンにはひとつ気になることがあった。


「ねえアタナシア。その人形に名前はあるの?」


「人形?」


 その言葉を聞いた途端、空気がぴりついた。

 だがその空気を変えるように、アニーはすぐに言い出す。


「アタナシア、その男の子の名前は何て言うの?」


 アタナシアには見えぬようにクイーンの脇腹をつつくアニーの質問に、アタナシアは固まった。そして静かに人形を、ではなくその男の子を眺めた。


「そういえば、この子の名前は何だっけ」


 アタナシアは名前を知らないことに気づき、問う。


「ねえ。あなた、名前は何て言うの?」


わたくし、グレイシーと申します」


「へえ、グレイシーって言うんだ。よろしくね。私はアタナシア」


「アタナシア、よろしくお願いします」


 魔法人形ーーグレイシー、彼は人形であるにも関わらずアタナシアの言葉に返答を返す。

 だがまだアタナシアたちは知らない。その魔法人形には寿命があることを。そしてその寿命が、既に来ようとしていたことを。


 ある日、グレイシーはいなくなっていた。最初にそれに気付いたのはアニーであった。風呂上がりのアタナシアはやけにアニーやイスターたちは騒いでいるのを見て、不思議に思って聞いてみた。


「どうかしたの?」


「グレイシーが、いなくなってる」


 その瞬間、アタナシアは着替えたばかりでまだ肌着しか着ていない状態で寮の外へと飛び出した。

 クイーンはすぐに占いの札でグレイシーの場所を特定するも、二人とも動いており占った場所には既にいない。アタナシアもグレイシーも、一体どこへ行っているのだろうか。


 そんな中、魔法銃士の補習を終え、アニーから魔法錬金術士になろうと誘われていたイージスは一人魔法錬金術士の授業を受けていた。

 ひとまず授業が終わり、帰って良いとなった時既に真夜中。疲れが溜まっていたため、イージスは炭酸ジュースの入った缶を片手に屋上へ進む。するとそこで何か音を聞く。

 魔法錬金術士の授業を終えたばかりだったお蔭もあり、その音が何の音かはすぐに分かった。


 錆びた鉄同士が擦れ合う音、キシキシ、キシキシと音を立てる物と言えば今のイージスが思い付くものはひとつ。


「魔法人形でもいるのか?」


 階段を上がってその音の正体を覗いてみると、案の定、それは確かに魔法人形であった。

 その背中にはどこぞの島の文字でグレイシーと書かれている。魔法考古学にも長けているイージスには、その字はすぐに読めた。


「君の名はグレイシーで合ってるかい?」


 屋上で座り込むグレイシーという魔法人形へ、イージスは話しかけた。


「あなたは誰ですか?」


「俺はイージス。現在魔法錬金術士を経験中だ」


「魔法錬金術士!」


 その言葉を聞いた途端、グレイシーは目を光らせた。

 グレイシーはイージスへ期待を寄せながら言う。


「イージスさん、私を修理して頂けませんか?」


 だが生憎イージスは魔法錬金術士の駆け出しであった。そんな彼にグレイシーを治せと言われても無理があった。

 まだ駆け出しのイージスでも分かるほどにグレイシーの老朽化は見て分かる。肌色だったはずの腕は今では錆び付き銀色の鉄の部分が見え、動くのが精一杯といった感じであった。


 そこへ先ほどまでイージスへ授業をしていた魔法錬金術士の教師、ビビッド=サンダーボルトは歩み寄る。


「もう門限はとっくに過ぎているぞ。こんなところで何をしているんだ?」


 すぐにイージスの横に座っている魔法人形に気付き、なぜか目を光らせた。


「まさか君、あの天才錬金術士のアル=アルケミスによって造られた魔法人形じゃないのか?」


「アル=アルケミス?そんなに凄い人なんですか?」


「ああ。彼女は魔法錬金術士の始祖と称されている。その理由は文字通り彼女が最初の魔法錬金術士であったから。そんな彼女が錬金術と魔法を掛け合わせて造ったのが魔法人形。その中にはカームやフレイリスト、トロイバなど全てに名が与えられた。そんな彼女が一番最後に造ったのがグレイシー、つまりはこの子だよ」


 ビビッドはグレイシーを見て、迷うことなくそう言った。

 それほどまでに彼女が造ってきた魔法人形には特徴があり、愛を込めていたのだろう。


「ビビッド先生。グレイシーの修理をお願いしたいのですが」


「修理と言われてもな、さっきも言ったように魔法人形の始まりはアル。彼女の作り上げた技術は真似することができないほどに才能に卓越しており、それに独特であったため、修理をすることができるのはたった一人、アルだけだ。だが彼女は既に他界している。だからこの世界の誰であろうと、この魔法人形の修理はできない」


「じゃあ……」


「ああ。恐らくあと一日ももたない。今寿命が尽きてもおかしくないだろう。魔法人形は基本魔法動力によって動いている。魔法動力、それを話せば長くなるから省略するが、それの寿命はせいぜい十年。だがアルの造った魔法動力は二十年ほど。だがグレイシーが造られたのはちょうど二十年前だ」


 それでグレイシーは十分すぎるほど悟った。

 ビビッドはグレイシーを見つめ、次々と現実を突きつけていく。


「もう死ぬのですね。こんな腕では、また愛してくれた者を抱きしめることすら許されない……。こんな錆び付いた腕では……」


 グレイシーは腕を月へ伸ばすも、ブリキの腕では届かない。

 月光でできた背面に映る影はグレイシーの背中を悲しく物語っていた。


「なあグレイシー。ちなみに君の持ち主はこの学園にいるのかい?」


「私は、彼女へお礼がしたい……のです。だから最後に、お願いがあ……ります。できなければそれでも構いません。もしできるのならば……できるのなら……」



 それから数分後、アタナシアは屋上に立っている人影を見つけ、飛行魔法で屋上まで飛んだ。屋上にはやはりグレイシーがいた。


「グレイシー。心配したんだから」


 アタナシアはグレイシーへと駆け寄る。


「待って」


 そんなアタナシアをグレイシーは言い止めた。

 いつもと様子が違うことを感じたアタナシアは、首を傾げながらグレイシーを見つめた。


「グレイシー?」


 アタナシアの目に映るのは、錆び付いてはいるものの懸命に喋ろうとしているグレイシーの姿。

 だがアタナシアは世間を知らない、だがグレイシーがなぜ錆び付いているのか、それは理解できていた。それは何度も目にしてきた光景だったから。


「アタナシア。今までずっとありがとうな。本当はこれからも一緒に居たかったけれど、どうやらそれは叶わないみたいだから」


「それじゃまるで……」


「一年早く出会えていれば、もっと楽しい日々をアタナシアと過ごせたよ。一日でも早く出会えていれば、きっと最後の日は穏やかに暮らせただろう」


「最後の日って……やめてよ。グレイシー」


 アタナシアはもう分かっていた。

 グレイシーがどんな状況に置かれているのか、そしてどうなってしまうのか。

 グレイシーも分かっていた。だから最後に伝えたかった。


「アタナシア、本当に短い間だったけど、俺を愛してくれてありがとな。この思い出は、絶対に忘れないから。絶対に、絶対に忘れないよ」


 そう言い、グレイシーは倒れた。アタナシアは駆け寄り、倒れるグレイシーを抱えた。


「グレイシー……私を置いていかないでよ」


 返答はない。

 彼は命を燃やし尽くした、そして全て終わったのだ。

 ほんの短い間の物語、それを終わらせぬように、ビビッドとイージスはグレイシーへ手をかざす。


「そなたの魂よ、美しき精神よ。

 私は今そなたの愛を形取る、そなたの愛を有と化す。

 無へならないようにと、有のままで有り続けるようにと。

 その魂を今ここに、私はそなたを月へ変える。

 今咲き誇れ。

〈月の心〉」


 グレイシーの胸部は目映く輝き始める。

 そこからは少しずつグレイシーは全身が光り始め、そして光は一点へ集束し、その光は三日月の形をした宝石を創り出した。


「アタナシア。これからはずっと一緒だよ」


 そう言っているように聞こえた。

 まるでその宝石がそう言ってくれているように思えた。


「グレイシー……。感謝を伝えたかったのは私の方だよ。君にような優しい者へ出会えて、私は幸せ者だ。君と出会えたお蔭で、人の心が少しずつ分かり始めて来ていたんだ。

 人は何をすれば楽しいのか、人は何を見たら嬉しいのか、人は何をしている時が幸せなのか。それが分かったんだ。

 グレイシー、本当に、本当に、ありがとう。

 私の側にいてくれて、本当にありがとう。

 これからもずっとずっと忘れないから。だからグレイシー、安心して眠ってくれ。私はいつまでも、生まれ変わっても、きっと君を愛するだろう」


 アタナシアはその宝石を握り締め、小さくうずくまった。

 目から涙が出ることはない、それでも心に抱いている謎の感情はアタナシアへ悲しみという心を与えた。



 静かに悲しむアタナシアを、陰からこっそりビビッドとイージスは見守っていた。


「イージス。確か彼女は君のクラスメートでありルームメートだったか」


「はい」


「まああれだな」


「そうですね」


 イージスとビビッドも二人を見て、何か複雑な心境に遭遇していた。

 この気持ちは何だろうか、人である彼らにも、それは分からない。

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