第239話 親と子供たち

 崩落した建造物。

 瓦礫の中より、クイーンとアタナシアは抜け出した。それに続き、ブックとスカレアも瓦礫の中から出てきた。


「ブック、白丸の救出は失敗した。多分今は瓦礫の……」


 だがそんな中、また瓦礫が動き出した。そこから出てきたのは、イスター。

 咄嗟に身構えるクイーンとアタナシア。


「あれ……。ここ、どこ……」


 先ほどの狂暴さはどこへやら、イスターは先ほどまで自分が何をしていたのか覚えていないように頭を抱えていた。

 更に瓦礫の中からはイージスとアニーが出てくる。


「二人とも。生きていたのですね」


「ああ。あのイビルとかいう男を倒すのに手間取ってな。そのせいでこの建造物を誤って破壊してしまった。すまなかったな」


「いいですよ。そんなことより、まだ戦いは終わっていないようですね」


 ブックは書を見つつ、少しだけ動いている瓦礫の場所をじっくりと見ていた。するとそこからイビルとパールが現れた。イージスはすぐに剣を二人へ向ける。

 イビルは全身に傷を負い、パールは特に外傷を負ってはいないものの、魔力が底をつきかけており、体力も消耗していた。

 イビルは果敢にイージスへと突撃するも、その背後より現れた黒い狼に乗った女性は二人に魔法をかけて眠らせた。


 イージスはその女性が身に纏うローブに見に覚えがあった。

 それも大きさが子供用であり、更に不思議なことに彼女が乗っている狼は黒丸だ。黒丸の横で並列で走行するは白丸とゴブリンたち。

 そんな彼らを連れている、顔をローブで隠す彼女は、リーフを抱えてイージスへ差し出した。


「受け取れ。これで私の用事は終わりだ」


「あなたは」


 イージスはリーフを抱え、ローブ姿の彼女へ問う。


「それは秘密さ。あともうひとつ、二度とこの島へ来ないでくれ。その少女も、誰一人としてこの島には来るな」


 彼女は立ち去ろうとする。

 だがイージスは咄嗟にひとつ頭の中である憶測を立て、それを確かめるために彼女へと問う。


「あなたは、リーファさんでしょうか?」


 自ずと足は止まった。

 一体なぜ足を止めたのか、その理由はひとつしかなかった。


「なぜその名を知っている?」


 彼女は自然と聞き返す。


「童話島。そこには幾つもの童話の物語の登場人物が暮らしています。ではその童話の作者は誰か。これは前に聞いたことがありました。誰でもない、あなたの子供であるリーフから」


「そうか……」


「もしあなたがリーファであるのなら、童話島の童話の全ての作者であるリーファだったのなら、リーフが起きるまで待ってはくれませんか」


 イージスの言葉に、彼女は躊躇っていた。


「私にはできない」


「なぜですか。リーフはずっとあなたを待っていたんですよ」


「無理なんだ。私は彼らを無意味に生み出し、そして捨てた。私は彼らを捨てたんだ。だから私は今更彼女の顔を見せることはできない。たとえ、これ以上どう君が説得しようとも」


 頑なな意思がそこにはあった。

 だがしかし、イージスはどうしてもリーフをリーファに会わせたい理由があった。


「では、なぜここ童話島にあの石碑を残したのですか?」


「それは……」


「あなたは会いたいんじゃないですか。リーフだってあなたに会いたいんです。なのに何故拒むのですか。リーフは、リーフはあなたのことをこれまで一度憎んだことなんてないんですよ」


「そんなの分からない。君を心配させないためにそう偽っているだけかもしれない。私に会えばきっと彼女は私へ軽蔑の眼差しを向ける。それが怖いんだ」


 彼女は振り向き、そう言い放った。

 ローブで顔は隠れているものの、その声からは何か圧し殺している感情が窺える。


「私にはリーフに会う資格はない。だからすまない。私はもう帰らなければ」


 振り向き、立ち去ろうとする彼女の前に、白丸と黒丸、そしてゴブリンたちは立ち塞がった。


「リーファ。やっぱあんた、臆病だな」


「お前ら。道を空けてくれ」


「なら俺らをどかして力ずくで押し通るんだな」


「あなたをここより先には行かせません」


 白丸と黒丸、ゴブリンたちによってリーファの退路は絶たれた。リーファは彼らへ手をかざして魔法を放とうとするも、すぐに腕を下ろす。


「力ずくで押し通る?そんなこと、できるわけないだろ」


 リーファはそう叫んだ。


「私は君たちを我が子のように思い、描いて来た。たまに悲しい物語へ出させたこともあったし、苦しい物語に遭遇させたこともあった。けどそれでも私は君たちを愛していた。

 絵本の中の登場人物であっても、私はきっとどこかに君たちがいるのではないかと、そういつしか思っていた。だから私は童話島を創った。そこで君たちに楽しく生きていて欲しかった。本当はそこに私もいたかった。

 けど、その物語に私は必要なかった。だって私はただの作者だ。だって私はただの絵を描くだけしか取り柄のない一般人だ。今更勇気を出して一緒にいたいだなんて、言えるわけないじゃないか」


 リーファは心に溜まっていた感情を吐き出した。

 自分の胸に深く圧し殺していたはずのその答えを、彼女は吐き出した。


 そんな時、彼女は起きた。


「あれ?ここ……どこだっけ……」


 イージスの腕に抱えられていたリーフは目を覚まして周囲を見渡した。

 まず目に映ったのはイージス、次にアニーやクイーンたち寮の仲間、そして最後に謎の女性と白丸たち。


「リーフ……」


 彼女は思わずそう口にした。

 自分の名を知っているそのローブを着た女性へリーフは視線を向けた。だがローブで顔を隠しているせいか、誰だか分からない。そもそも、リーフはリーファには会った記憶などない。だから顔を見たところで、リーフはリーファのことなど……


「リーファ、さんですか?」


 リーフが自分の名を読んだことに、リーファは驚いた。


「どうして……」


「何となく、あなたからは懐かしさを感じるんです。この記憶が偽りなのか分かんないですけど、私はあなたへ会ったことがある気がした。本当に不思議な記憶なんですけど、頭から離れないんです。

 一人の女性が楽しそうに絵を描いているんです。その絵の中には私もいて、時々白丸や黒丸が出たり、多くのモンスターが出てそれはそれは楽しい記憶なんです」


 リーファはローブを脱ぎ捨て、リーフのもとへ駆け寄った。


「ごめん。リーフ。ごめん……」


「何で謝るんですか。あなたは何も悪いことをしていないじゃないですか」


「私は、私は君たちを生んでおきながら、魔法作家を放棄して、今ではただ一人自分の過去に浸っていたんだ。ただ、ただ過去に……逃げていたんだ」


「良いじゃないですか。生んでくれただけで私は感謝していますよ。あなたが私を生んでくれたことに、私は感謝しています。だからリーファさん、もう謝らないで。悲しまないで。これからは私が側にいますから。あなたの側にいたいから」


「ありがとう。リーフ」

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