第233話 リーフに似た少女

 目を開ければ、広がっていたのは無数の色が競い合うようにして一風変わった色をする空であった。何色もの色がまるでペンキ缶の中からぶちまけられたように塗られ、無数の色が空は自分のものだとばかりに競っている。

 そんな空を目にし、イージスは黒色の海の沖に背をつけ、寝転んでいた。

 頭を強く打ったのか、しばらく意識が朦朧としている。なぜこの沖で寝転んでいるのか、イージスには理解できないことであった。


 なぜこんなことになったのか、それを思い出すためにイージスは記憶を遡っていた。


 童話島でリーフとともに海岸へ来た。

 すぐ海へ潜り、いざ童話島の裏に広がっているであろうその場所へ進む。

 確かに童話島の裏には島があったが、その島は巨大な大渦に囲まれており、どう足掻いても入れるはずがないようになっていた。


「リーフ、どうやって入るんだ?」


「方法はひとつしかないでしょ。渦に飛び込むんだよ」


「渦に飛び込むって正気か」


 そう言うイージスはもちろん、他の者たちもそれが無謀であると理解できていた。

 渦に飛び込めば体を持っていかれ、最悪死ぬ。

 だがそれでも、リーフは躊躇うことなく渦へ飛び込む。


「行くしかないよな」


 イージスは渦の中へと飛び込む。

 アニーが後ろで何か言っているようにも思えたが、海の中では声も届きづらく、イージスは何と言っていたかは理解できない。

 勇気を振り絞って渦へ飛び込むイージス、一瞬にして体は渦に持っていかれ、気づけば黒い海の沖で寝転んでいる。


「そういえばそうだったな。じゃあ、リーフたちはどこに行ったんだ?」


 イージスは周囲を見渡すが、リーフの姿もアニーの姿もない。

 ただ一人、イージスはそこにいる。


「自力で探すしかないよな」


 イージスは立ち上がり、砂浜を歩く。そこで砂で城を作っている一人の少女に出会う。


「ねえ君、ここがどんな場所か教えてほしいんだ」


「だ、誰!?」


 少女は突然話しかけられたことに脅え、自分で作った城の後ろに隠れた。


「大丈夫。俺は悪い人じゃないから」


「本当?」


 少女は顔を砂の城からちょこんと出した。

 首には十九と書かれた首輪をつけている。だがそんなことよりも気になることがあった。

 少女の顔を見た途端、イージスの脳裏にはリーフの顔が思い浮かんだ。それもそのはずその少女の顔がリーフに酷似していたから。


「ねえ君、もしかして……」


「こんなところで何をしている。十九番」


 一人の男が少女へ怒声を浴びせる。

 その大声に身を震わせ、少女は脅えたような目でその男を見た。

 男は少女の近くにイージスがいるのを見つけ、悪役のような微笑みを見せ、腰に下げていた剣を抜く。


「おいおい。その商品は俺のなんだ。手を出すんじゃねーよ」


「商品?この少女のことを言っているのか」


 イージスは怒りを向け、少女を庇うように男の前に立つ。


「そいつは俺の奴隷さ。もうすぐ高値で売れそうなんだ。邪魔してくれるな」


「そうか。性根から腐っているな。お前」


「何だと」


 男は剣を振り上げ、イージスへと斬りかかる。


「〈風錠エニグマ〉」


 風が男へ絡み付き、たちまち男は動けなくなった。


「風属性原始魔法零三。久しぶりに原始魔法を使うから腕が鈍っていないか心配したけど、意外と使えるものだな。原始魔法は」


 捕らわれた男は、自分の身に何が起こったのか理解できていなかった。

 体を動かすことができない。何か見えるようなものに絡まれたわけでもない。ただ何か風を強く感じていた。


「まさか……風が俺を……」


「しばらくそこで束縛されていろ。君にこの子は渡すわけにはいかない」


 そう言い、イージスは少女へ手を差し伸べた。


「大丈夫かい」


「う、うん……」


 少女は驚いているようだった。

 一体イージスが何をしたのか、興味津々といった感じであった。


「君、家はどこにあるんだい?そこまで警備したいからさ」


「私は奴隷だからさ、家はあの人の家しかないんだよ。だから大丈夫だよ。私は奴隷として生きていく覚悟はできているから」


 どこか不器用な笑みを向け、少女はイージスへそう言い、風で捕らわれている男のもとへ足を進める。


「スレイヤー様。大丈夫でしょうか」


 少女は膝をつき、男へ頭を下げる。


「何をしているんだ奴隷ごときが。早く私を助けんかい」


「はい。申し訳ありません」


 少女はそう言い、男を捕らえている風へ手を伸ばす。だがその手をイージスは掴む。


「少女よ。その手はそんなことのために使うものではない」


 イージスは少女を抱え、立ち去る。

 男が後ろで叫びはするも、イージスはそれを無視し、少女を抱えて街へ逃亡する。

 街の裏路地で身を潜めるイージス。


「なあ少女、名前は?」


「十九番」


「違う。それは名前じゃなく番号だ。君には与えられた名前がないのか?」


「名前……わからない、分からない」


 少女は頭を抱え、苦しみ出した。やはり彼女には名前があるのだろうか。


「今日は宿でも探して泊まろう。君はもう奴隷なんかにはならなくて良いのだから」


 イージスは少女へローブを被せ、宿へ泊まることにする。


「今日は休め」


「うん……」


 イージスは床で眠り、少女へ部屋にひとつしかないベッドを明け渡す。だが少女はベッドには落ち着かないのか、いつの間にかイージスの横へ移動していた。


「眠れないのか?」


「ううん。違う。初めてなんだ。私、いつも決められた時間に寝て、決められた場所で寝てたから」


「そうか。だけど今日から自由になったんだ。好きな時に寝て、好きな場所で眠れば良い」


「……うん。わかった」


 そう言い、少女は眠りにつく。

 眠れなくなり、イージスはずっと少女の顔を見守っていた。


「やっぱ、リーフに似ているな」

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