第231話 アノ

 森の中、イージスは一瞬にして与えられた膨大な魔力に耐えきれず、体を震わして膝をつき倒れた。アニーも同様に、似たような感覚に襲われて体が動かなくなっていた。

 そんな彼らのもとへ、一匹のモンスターが、イージスが一度戦ったことのあるモンスターが現れた。


「戦龍……。このタイミングで……」


 だがイージスは体を動かせず、地に這いつくばったまま。

 戦龍は刀を振り上げ、イージス目掛けて振り下ろす。その刀を突如現れた一人の男は颯爽と受け止めた。激しい金属音が響き、火花が散らされる中、槍を構える男は戦龍の刀を弾き、体勢を崩した戦龍の心臓を一突き。その一撃で戦龍は消滅した。

 その男は槍を背に提げ、倒れる二人のもとへ姿を見せた。


「スピア……先生……」


 スピア=ゾディアック。彼は二人を助けるため、今そこに現れた。


「何とか、間に合ったみたいで良かった」


 スピアはそう言うと、イージスとアニー二人を抱える。


「あとは、例の少年だけだな」



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 戦いは終わった。

 魔法聖たちはすぐに解散し、ノーレンスとクレナイのみ名門ヴァルハラ学園へと帰還する。

 そこへイージスとアニーを寮へ返し、一人の少年を抱えたスピアが姿を現す。


「理事長。例の少年ならば、私が避難させておりました」


 泉の奥深くに眠っていたアンノウンの欠片である少年を、スピアは今抱えている。


「その少年はやはり、時を戻す力を有しているだろう。危険だな」


 ノーレンスは眠っている少年を眺め、そう呟く。


「どうされますか?」


「確かその少年を最初に見つけたのはイージスだったか」


「はい、そうですね」


「ではイージスへ託そう。彼にはまだ何か特別な力があるだろうし」


 そんなこんなで後日、イージスのもとへノーレンスは少年を抱えてやってきた。

 イージスのいる部屋の玄関で、眠たい目を擦ってノーレンスの話を聞いていた。眠たいせいか理解が追い付かず、しばらく固まっていた。


「えーっと……つまりどういうことですか?」


「イージス。君にこの少年を預かってほしい」


「な、なるほど……」


 さすがに動揺を見せるイージス。

 だが既に少年を一度預かっていたため、そこまで驚くことはなくすぐに受け入れ、その少年を受け取った。


「では頼んだぞ」


 少年を任されたイージス。

 すぐにノーレンスは部屋を去り、イージスは未だ目を覚ますことのない少年を見て困惑する。


「やはりまだ起きないか」


 夜になっても、少年が目を覚ますことはない。

 しかたなくイージスは眠ろうと寝室へ進もうとした矢先、背後から声が聞こえた。そこにはあの少年しかおらず、他に物音が立てられることもないはずだが。

 恐る恐る振り返ると、そこには目を開け、ゆっくりと起き上がる少年の姿が。


「ここは……」


 動揺しているようだった。

 自分の居場所が理解できず、半ば困惑している様子だった。そんな少年は長い眠りの中で見ていたある夢を思い出した。


 一人の少年が橙色の剣を握り、自らへと振るう夢。

 そこで目を覚ました少年は、夢ででてきた少年と酷似するイージスを見て固まった。


「ねえ君、名前とかあるの?」


 イージスという少年が好意的に自分へ話しかけてきたことに驚き、警戒しながらイージスを観察する。

 あの剣は持っていない、だが油断はできない。交錯する疑念を抱えつつ、少年は記憶に微かに残っていた言葉を口にする。


「僕は……僕はア……ノ、アノ」


「アノというのか。よろしくな。アノ」


 イージスは優しく手を差し伸ばしてきた。


「これは?」


 どうすればいいか分からず、アノは困惑する。そんな彼の様子を見てイージスは優しく言う。


「握手って言ってさ、手と手を掴み合うのさ。これからもよろしくね。そんな意味を込めて」


「よろしく……よろしくね」


 アノは恐る恐るイージスの手を握る。

 そこで温かいと、そう彼は感じていた。


 ーーきっとこの人は、優しい人だ。

 そう思い、アノはイージスへ心を少しずつ開いていくのであった。

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