第222話 ハートフルホワイト

 既に日は昇ろうとし始めており、イージスは雲の上にいるであろうセシリーを探していた。

 雲の上を飛び回っていると、初めて目にしたのは巨大な神殿であった。その神殿の階段に腰掛け、うずくまっている女性を見つけた。


「ようやく見つけた。セシリー」


 そう言い、イージスはうずくまる女性の隣へ座り込んだ。


「何で来たの?一人にしてって言ったのに」


 うずくまる女性ーーセシリーは元気のない


「そんなことできるわけないだろ。俺はハートフルホワイトのマネージャーだ。お前たちに寄り添う使命がある」


「君には無理だよ。私が抱えている悩みはそんなに軽いものじゃない。私は必死に悩んでこの結果を出した。そこで得た答えが私は魔法アイドルなんてやりたくない、だった。

 私はさ、偶然あいつらに選ばれただけで、本当は才能なんてない能無しさ。魔法アイドルに向いていないなんて、私が一番分かっていたことなんだ」


 彼女は負の感情に飲まれ、自分への批判を繰り返す。


「私は運が良かっただけ。ロンには明るい歌声とポップでリズミカルな躍りで客を魅了する。シノンはクールにエレキギターを奏でて客を圧巻させる。二人の才能は本物だ。けど私はどうだ。

 ドラムをやり始めたのだってただただ簡単そうだったから。でも意外に難しかったんだ。リズミカルに叩けないし、カッコ良くも叩けない。それでも……」


「二人と一緒に、歌いたいんだろ」


 イージスには分かっていた。


「天魔導書庫、そこでセシリーが読んでいた本は全てドラムについての本だった。それにあそこへよく通う常連客へも聞いたんだ。セシリーが毎日あそこで歌う練習をしているって」


「でもそれは……」


「実力なんかなくたって良いんだよ」


「でも、二人はきっと私を重りにしか思っていない。だから怖いんだ。私はいつまで経っても臆病だから、何も変われない臆病者だから。マネージャー、私は魔法アイドルはしたくない」


 セシリーは相変わらず自分を追い詰め、殻に籠っていた。

 変わることのできない彼女へ、変わろうとしない臆病者のセシリーへ、イージスは両頬を挟むようにして両手で叩く。


「目を覚ませ、セシリー」


「な、何をするのさ」


「セシリー。変わることがそんなに怖いか。向き合うことがそんなにも怖いことなのか」


「怖いよ。誰だって君みたいに誰彼構わず向き合えるわけじゃない。私のように向き合えない人もいる。向き合うことが苦手な人だっているんだ。そんな私に向き合えだなんて、無理なことを言わないでくれよ」


 感情的になり、セシリーはイージスへそう叫ぶ。

 だがイージスも負けじとセシリーへと叫ぶ。


「向き合わないと駄目なんだよ。いつかは向き合う時が来るんだよ」


「そんなの知らない。私はそういうのを逃げてきたから、だから今だって逃げているんだ。怖いから逃げているんだ」


「向き合わないと、向き合えないと、人っていうのはいつか分かり合えなくなっていく。向き合おうとしない限り、お前はいつまで経ってもあいつらと一緒に歌えなくなるんだぞ」


「良いよ。いっそのことそれで良い。逃げて逃げて、私は生きてきたんだ。そんな私に他の生き方を提示されたところで、そう簡単には変われない。人っていうのはそう簡単に変わることができないんだよ」


 セシリーは自分の心に抱え込んでいたジレンマを包み隠さずイージスへと突きつけた。

 彼女の考えや彼女が向き合うことを恐れている理由、イージスはそれらを聞き、叫ぶことをやめて優しくセシリーへと言った。


「何だ。向き合えるじゃんかよ」


「……え!?」


「セシリー。自分で気付いていなかったのな。お前は今俺と向き合った。それって凄いことだと思うんだよ。セシリーはずっと一人で抱え込んできたんだよな。その気持ちを一人で抱えて生きてきたんだよな。でもさ、たまには人へ吐き出すことも大切なんだよ。それが向き合うってことなんだから」


「向き合う……」


 セシリーは自分が先ほどまでしていた行動を思い返し、恥ずかしさが込み上げて来たのか顔を真っ赤にして下を向く。


「セシリー。ロンはさ、言っていたんだぜ。売れなくても良い、ずっとこのまま無名でも構わない。それでもいつもの三人で歌えたら、あの頃の三人で歌えたら良かったって。だからロンはいつもあの場所で歌い続けた。あの場所しか三人で揃える場所がなかったから」


「ロンが……」


「セシリー。ロンが会場で待ってる。一緒に行かないか」


「私は……私は行きたい。ロンと、シノンと一緒に歌いたい。ハートフルホワイトとして歌いたい」


 彼女はそう心の内の言葉を紡ぐ。

 彼女はイージスへ本音を漏らす。それにイージスは嬉しそうに答える。


「じゃあ行こう。舞台に」


 既に日は昇り、雲の上にも届いていた。

 じきに正午がやってくる。

 そんな中、会場ーー名門ヴァルハラ学園所有の施設である巨大な音楽館に一人、ロンはマイクを片手に立っている。


(イージス。私はあなたへ期待をしている。それ故、分かっています。あなたがきっと二人を連れてきてくれることを)


 曲が始まった。その曲はハートフルホワイトのデビュー曲でもあるハートフルホワイトという曲。

 ポップでありクールでもあり、か弱い乙女へと告げる曲。


 ロンのソロパートが始まり、スポットライトはロンを照らす。ソロパートを歌い終えると同時ドラムの音とエレキギターの音が会場へ奏でられた。


 スポットライトが照らし出したのは二人の女性ーーシノンとセシリーであった。


「二人とも、来てくれたんだね」


「当たり前だろ」


「これでハートフルホワイトに戻れたね」


 三人は再び会場で再会した。

 昔からの友は、今、歌を歌って会場を湧かせた。


「やっぱ二人は、唯一無二の最高の親友だよ」

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