第221話 私には夢が一つある
イージスはシノンのもとへ向かった。
シノンの一家が経営している魔法建築会社、既に深夜を過ぎているが、そんなのお構い無しにイージスは社内へと突撃した。
会社内は一面真っ暗、誰かがいる様子もない。誰もいないと思われた会社、だが屋上からは女性の声が聴こえていた。
「歌ってる?」
その声を頼りに屋上へ続く階段へと上ると、そこには既に男性と女性がこそこそと話しながら屋上から聴こえる声に聴き入っていた。
「カジェンダ。シノンの奴、いつになったら魔法アイドルになりたいって言ってくれるんだろうな」
「本当ね。あの子にはいつも気を遣わせてばかりで、私たちは何もできないもの」
「手伝いなんてしなくていいって言っても、シノンは俺たちを気遣うんだ。いつもシノンは屋上でこそこそ歌って、結局やりたいことはないって言って会社を手伝ってくれる。俺たちは親なのに、何もできないんだな」
「何かしてあげたいけど……」
二人は悩んでいた。
シノンの親であるからこそ、シノンも将来を自分たちが閉ざしてしまっているようで心許なかった。
イージスは屋上へは行けなかった。
シノンと何の関係のない自分では彼女の心を変えることはできない。だがシノンと何年も関係を築き上げてきた彼女の両親はシノンと向き合うことだってできる。
だからイージスはそこにとどまったまま動かない。
(どうやら適任は俺じゃないみたいだな)
イージスの視界にいるシノンの両親、二人は覚悟を決めたように立ち上がり、屋上へ続く階段を上がる。
その足取りはやけに重い、しかし二人はそれでも止まることはなかった。必死に一歩一歩階段を上がり、扉を開けた。
屋上にいたシノンは振り返った。
「何でいるの!?パパ、ママ」
シノンは歌っているのを聴かれてしまったのではないかと動揺していた。
「全部聴いていたわよ。シノン」
「べ、別にストレス発散させるために歌っていただけであって、べ、別に魔法アイドルになりたいなんて思ってないんだから」
クールな彼女は動揺し、冷静さを崩した。
「ねえシノン、私たちは知ってるよ。あなたが毎日ここで歌っているのを。エレキギターの練習をしていることも。全部全部、聴いていたんだから」
「なあシノン。少しくらい欲張りになっても良いんだよ。魔法アイドルになりたいのならなればいい。目指せば良いんだ」
二人はシノンへ優しくそう言った。
「でも……」
「会社のことなら気にすんな。親というのはな、我が子のためなら頑張れる。それに会社を建てた時から覚悟はしていた。シノンにも魔法アイドルになる覚悟はあるんだろ」
「……うん。私は……私は、魔法アイドルになりたい」
シノンは言った。
長い間言えなかったその言葉を、彼女はようやく二人の親へと言うことができた。
「シノン。行ってこい。魔法アイドルになりたいのだろ。なら叶えてこい」
「私たち、応援してるから」
二人の手にはシノンと書かれたうちわが握られていた。
「ありがとう」
シノンは飛び出すように屋上の階段を降り、会社の外へ出た。そこにはイージスが待っていた。
「マネージャーさん?」
「シノンさん。今日の正午、魔法アイドルとしての仕事が入っている。やってみないか」
「仕事か。何年ぶりだろうか。仕事なんて」
シノンはやけに楽しそうにそう呟いた。
もう彼女を縛っている鎖はない。自らで自らを縛り付ける鎖はもうない。
「ねえ、ロンは?」
「さあな。だがあいつはハートフルホワイトとしてまた揃うことを望んでいる。彼女はそれを望んでいる」
「あいつには本当にすまないことをしたな。マネージャー、ロンを支えてくれてありがとな。お蔭でロンに謝ることができる」
シノンはホッとしている様子だった。
「ところで、セシリーは」
「彼女にはもう少し時間がかかるかもしれない。だが必ず連れて戻ってくるから、仕事が始まる正午までに」
「任せたよ。マネージャー」
「ああ。任された」
イージスは空を飛び、雲の彼方へと消えていく。
シノンは彼の遠ざかる姿を眺め、呟いた。
「そういえば……仕事の会場訊いてなかった。ロンが知っていれば良いけど……」
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