第220話 変われない自分に嫌気が差して

 魔法アイドル選挙が始まってから既に十日が経過していた。

 ハートフルホワイトは相変わらず練習することなく、各々が各々に行動するのみであった。

 そして相変わらず一人で練習に励むロン、彼女の踊る姿を盗み見、イージスは決断した。


「ロン。明日の正午、ハートフルホワイトとして仕事を一つ入れておいた」


「仕事?ハートフルホワイトとして?」


「ああ。だからロン、それまでに必ず俺があいつらを会場へ連れていく。そこから先にどんな選択を選ぶかは自由だ」


 イージスはすぐに足を進ませある場所へ向かおうとする。


「ねえ。なんでそこまでするの。私たちは誰にも知られちゃいないただの魔法アイドルなんだよ。それなのにどうして……どうして私たちのために……」


「見てみたいんだよ。お前たちが大勢の観客の前で歌っているのを。俺はそれが見てみたい。それだけのために俺はお前たちには戻ってほしい。魔法アイドルグループに」


 イージスは足を進める。


「それまで、腕は落とすなよ。努力家さん」


 そう言い、イージスはその部屋から去った。

 イージスが去った後の部屋で、ロンは静かにマイクを握った。


「分かったよ。待ってる」


 彼女は期待していた。

 新人マネージャーであるイージスに。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 イージスが最初に向かった場所は天魔導書庫。そこの屋外テラスにてセシリーは一人本を読んでいた。

 他に客は誰もおらず、セシリーの座る椅子の近くにあった机には無数に本が置かれている。


「セシリー。また本を読んでいるのか」


 イージスはセシリーのいる屋外テラスへと行き、背を向けているセシリーへそう話しかけた。

 その声にセシリーは振り返り、イージスを視界に映す。


「ん?あ、あなたは……グリーンさんが連れてきた新しいマネージャーですね。わ、私に何か用ですか」


 セシリーは脅えたように積み上げられた本の後ろに隠れた。

 セシリーは人見知り。それ故関係性のないないイージスと話すことは彼女にとって恐怖であった。


「セシリー。ロンは一人で魔法アイドルとしてのスキルを向上させるために練習している」


「わ、私は嫌ですよ。私なんかがロンさんの力になんてなれませんし……」


 うつ向き、現実を悲観するように彼女は言う。


「力になれるかなんて関係ない。ロンだってそう力になれるかどうかは関係ないって思っているはずだ」


「大有りです。私は……私がいなかったら今頃ハートフルホワイトは大人気の魔法アイドルグループになっていたんです。私さえいなければ……」


 セシリーはか細い声でそう言った。

 自分を皮肉し、自分を罵倒し続けるセシリーにイージスは言う。


「お前はロンとシノンと一緒に歌いたいんだろ。ロンとシノンと一緒に魔法アイドルとして活躍したいんじゃないのか」


「したい、けど私じゃ駄目なんです。私のせいでロンを、ハートフルホワイトを苦しめている。私が彼女らに迷惑をかけているのは明白なんです」


「そんなことはない」


「だから大有りですって言っているでしょ。私たちのことを何も知らないただの部外者が、知ったような口を訊かないでください」


 人見知りだった彼女は、イージスへそう怒鳴り付けた。

 冷静になる暇すらもなく、彼女は感情の整理が追い付かないままにイージスへと言う。


「すみません。ですがしばらく一人にさせてください。あと、私はもう魔法アイドルは辞めようと思っていますから」


 そう言い、彼女は空を飛んで雲の彼方へ消えていく。

 彼女が立ち去った後、イージスは机の上を見た。机に積み上げられていた本、それらは全てドラムに関する本であったからだ。彼女がハートフルホワイトで担当していたのはドラム。

 それを見れば一目瞭然だ。


「何だよ。まだ魔法アイドル目指してるじゃねーかよ」


 空を飛び、セシリーは雲の上に縮こまって座る。

 先ほどのイージスとの会話を思い出し、様々な感情に心が追い付いていない。


「魔法アイドルなんて……アイドルなんて……」


 その後に続く言葉を、彼女は言えずにいた。


 魔法アイドルにはなれない。けどなりたい。

 彼女はその気持ちを理解していた。だけど自分には実力がない。ロンやシノンを支えられるようなスキルも身に付けられていない。


 セシリーは胸ポケットに大事にしまっていた一枚の写真を取り出し、眺めた。

 その写真には仲良く拳を重ね合うロン、セシリー、シノンの姿が撮されていた。


「もうあの頃には戻れない。それでも私は、臆病なままだ」

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