第193話 少女の記憶

 少女は昔から一人だった。

 それは彼女の特異体質のせいでもあった。

 昔から電撃を纏っている彼女は人が近づくことができず、それ故彼女は孤独と喪失を味わっていた。

 毎日が苦しく、埋まらない心を抱えて生きてきた。

 いつしか心の架け橋であった両親は他界し、とうとう一人になってしまった。


「帰れ。悪魔め」


「どうせその電撃でこれまで何人も殺してきたんだろ」


「私たちも殺すつもり。早く帰ってよ。この悪魔」


 誰もが彼女を恐れ、軽蔑した。

 心ばかりが痛めつけられ、心はみるみる砕かれていく。



 誰か……私を助けてよ。

 誰か……私を好きになってよ。

 誰か……私の側にいてよ。


「お願い、私を愛して」



 それでも声は届かない。

 彼女は報われないまま、一生を終えるーーそんな時三日月の形をした島で彼女は出会った。


「なあ少女よ。こんな島に何か用でもあるのか?」


 彼女の前には現れた。

 美しく巫女のような格好をし、額には黄金に輝く紋章が刻まれている。彼女の瞳は目映く輝き、見る者全てを導いてくれるような、そんな眼差し。


「君は内気だな。昔の私そっくりだ」


 そう言うと、彼女は少女の前で膝をつき、少女と顔の位置を合わせて言った、


「私はヒミコ=アマノカミ。旅人さ」


 それから数日、少女はヒミコに懐くようになっていた。

 ヒミコを母親と称し、彼女の傍らに居続けた。


「何でヒミコさんはこの島にいるのですか?」


「実はこの島にある樹木が植えられたって聞いてな、それで仕事の都合でこの島に来たのだが、生憎その木を封印するための道具を忘れてしまったんだ。だから弟子にその道具を取りに行ってもらっているんだ」


「それにしては遅いですね。もう十日以上は経っているはずなのに」


「まあそれは危険物だから厳重に保管されているしな。だがもうすぐ帰ってくる頃だろう」


 ヒミコの予想通り、空を飛んでいた一人の男がヒミコの前へと降りてきた。


「アーラシュ、見つけたか」


「はい。千年魔法教会の重鎮があまり信用してくれなくてですね、それで入手するのにかなりの時間がかかってしまいました」


「ありがとな」


 アーラシュは小さな瓶を取り出すと、それをヒミコへと投げた。ヒミコはそれを手にし、自らが生み出した魔方陣の中へと収納した。


「そういえばアーラシュ様、最近五神という者が現れたらしいですよ」


「ならばまた倒さねばな」


 そんな会話を交わす中で、アーラシュはヒミコの側にいた少女へと目を向けた。


「彼女は?」


「彼女はこの島にいたマトリッカという子だよ」


「ですがヒミコさんはこれから仕事がいくつかあるでしょうし、どうされるのですか?」


 ヒミコは今思い出したかのように頭を抱え、そして少女へと視線を移した。

 ヒミコはしゃがみこみ、少女の頭を撫でながら言った。電撃がヒミコを襲うはずだが、なぜかヒミコには電流は流れなかった。それに違和感を覚えつつも、マトリッカはヒミコの言葉を聞いていた。


「なあマトリッカ、しばらく私は仕事で会えなくなる。だが必ずいつか迎えに行くから。だからそれまで待っていてくれないか?その間、アーラシュの側にいてくれ」


 少女は数秒考えるも、自分を救ってくれたヒミコが信じるアーラシュへ視線を移し、大きく頷いた。


「なら良し。ではまた会おう。マトリッカ」


 ヒミコはマトリッカへ手を振り、そして去っていった。

 それから数ヵ月、未だ彼女は戻ってこない。


「ヒミコさん……」


 まだ夜は明けない。いや、明けることはない永遠の夜の中で、彼女は目覚めた。


「まずい。ダークネスが目覚めた」


 光を奪われたイージス、アリシア、ヒミコは起き上がるダークネスを見て焦りを見せた。

 最後の希望であるマトリッカから光が完全に消失すれば、その時は本当に終わってしまうから。

 だが止める術はない。


「マトリッカ、お前には退場してもらおう」


 ダークネスは影に手を入れ、抜いた時には黒く闇闇しい剣が握られていた。その剣をマトリッカへと向け、強く剣を握りしめた。


「終わりだ。マトリッカ」


 ダークネスは剣を進めた。


「私はようやく終われるんだ。もう悪魔なんて呼ばれなくていいんだ」


 彼女は最後、そう呟いた。

 目を瞑り、死を刻一刻と待ち望む。


「さようなら。ヒミコさん」


 剣がマトリッカへと向かう中、魔法も使えない状態でヒミコはダークネスの剣を片腕で受け止めた。腕には剣が突き刺さっているも、ヒミコは一歩も引き下がらない。

 ダークネスはなぜ剣が止まっているかも分からない状態で、動揺を見せる。


「マトリッカ、約束しただろ。必ずお前を迎えに行くと。だからそれまで死ぬな」


 姿が見えなくとも、声で分かった。

 そこにいた。

 そこにいる。

 あの日救ってくれた彼女は、また助けてくれたのだと。


「ヒミコさん…………」


「マトリッカ、お前は絶対に死なせない。だからここで私も死ぬわけにはいかないんだよ」


「まさかお前…………」


 ダークネスも理解した。

 見えないはず彼女が一体誰なのかを。


「ヒミコ……」


「ダークネス、ここがお前の死刑場だ」

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