第189話 大切なこと

「お前ら、これは紅眼族と碧眼族の間での問題、部外者が関わるな」


 怒りに暮れるクリスタル。

 氷で剣を創造し、二本の剣を怒りを込めて強く握りしめていた。


 その様子を見たプロミネンスは、槍を片手に呟いた。


「そう言うなよ。クリスタル」


「お前、あの氷から出たのか」


「逆にあの程度の氷で私を止められると思ったのか?」


 プロミネンスからは疲れなど感じず、怒りで我を忘れていたクリスタルは変なところに力が入ったせいか、既に息が上がっている。


「今のお前となら勝負するまでもなく結果が見えている」


「さっき氷漬けになったくせに、そんなお前が俺にーー」


 二本の剣でプロミネンスへ斬りかかるクリスタル。

 だが剣が届く寸前までプロミネンスは微動だにしない。

 剣はそのままプロミネンスを斬り裂く、かと思われた刹那、視覚などでは捉えることのできない速さでプロミネンスはクリスタルの背後に立っていた。


「ーー勝てるよ」


 クリスタルの体には槍での一撃が与えられており、その傷にクリスタルは血反吐を吐いて地に伏した。


「クリスタル、私はこれまで願っていた。願い続けていた。それはスイリュウというイレギュラーを知ってからだった」


 プロミネンスはクリスタルへ槍を向ける。

 クリスタルの苛立ちの混じる眼差しを睨み返しつつ話し始める。


「これまで碧眼族と紅眼族は戦ってきた。それは先代同士が仲が悪かっただけだ。なぜ私たちは先代の大喧嘩に付き合わされなければいけない。そんな意味のないことに付き合う必要はない」


 プロミネンスは槍を掲げ、戦っている皆へと言い放った。


「お前ら、先代からの呪縛に囚われる必要はない。私たちの生き方は先代が歩いてきた廃れた道ではない。何のために戦う?何のために争う?どちらが強いかなんて関係ない。私たちは生きたいように生きる。それで良い。だから武器を捨てろ。戦いは、終わりだ」


 碧眼族と紅眼族との戦い。

 だがそれは今終わった。

 皆武器を捨て、プロミネンスを見ていた。

 彼女の言葉に突き動かされ、戦う意味はないのだと悟った。


 だが一人、戦いに染められた一人の男は剣を持ち、立ち上がった。


「スイリュウ、お前が最初にこの島を出る前、支えてくれた人は誰だ」


「アクアさん、彼女がいなければ私は今頃死んでいた」


「ならそのアクアを殺してやる」


 悪魔のような笑みが彼の顔には浮かんだ。

 突如立ち上がったと思えば、二本の剣を自らの拠点であった家へと投げた。


「あそこにアクアはいる。身動きがとれないようにな」


「まさか……」


 だが今ここにいる者たちにはあの剣は止められない。

 誰もが不可能だと思っていた、だがしかし、スイリュウは諦めてはいない。


 弓を構え、水の矢を出現させて弦を弾く。


「アクアさんは死なせない」


 矢は宙を泳ぎ、アクアを襲う剣を捉えた。

 もうすぐ剣を撃ち落とす。だが剣は軌道を変え、アクアのいる家屋へと急降下する。それには対応できず、剣はその家屋を破壊した。


「アクアさん」


 叫ぶスイリュウ。

 だが返答はない。

 静まり返る中、クリスタルだけは笑っていた。


「これで終わりだ。お前は恩人一人救えない」


 だが物音が聞こえた。その物音はアクアがいたであろう壊れた家屋の方からだ。


「おいおいクリスタル、この程度で私を殺せると思ったか」


 砂煙が晴れると、そこに立っていた三人の者はクリスタルの視界に映った。

 アクア、フレイム、ホノオ、三人はそこで生きていた。

 迫っていたであろう死に抗った。その結果がこれだ。


「戦いは終わりだ。あとはクリスタル、お前がどうするかだ」


 プロミネンスは槍を振るい、クリスタルへ向ける。


「問う。死ぬか、この島から去るか。選べ」


 クリスタルへ向けられるのは皆の鋭い視線。

 それから逃げるように、クリスタルは逃げ腰で去っていく。


「スイリュウ、お前がいたから私たちは救われたよ」


 プロミネンスは笑顔でスイリュウへと言う。


「私は何もしていません」


「いいや。お前がこれまで生きていたから、かつてこの島を変えようとしてくれた同志の意思が受け継がれていたから、私たちは変わったんだ。争う必要はない、だからこれからの私たちは一味違うさ。これからは争いはなくなりはしない。それでも平穏、いや、"一人一人"それを胸に掲げ、私たちは生きていくよ」


 皆の目は変わっていた。


「スイリュウ、いつでもこの島に帰ってこい。その時は、強さなどいらない、楽しい島になっているからさ」


 スイリュウは知った。この島で。

 大切なのは力ではないのだと。本当に大切なことはすぐそばにあったんだと。


「ヒノカミ、私は行きたい。アーラシュ様に貢献できなくても、それでも私はあの人に救われたから、だからヒノカミ、これからもよろしくね」


 彼女がヒノカミへ見せた満面の笑み。

 それは今まで彼が見ることのできなかった最も嬉しいプレゼントであった。


「スイリュウ、よろしくな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る