第182話 母様へ

 魔女がーーアブソリューラー=アーケディアが復活しようとしている今、グレイト司祭は両腕を広げて笑みをこぼす。


「そんなことさせるかよ……」


「まだ立ち上がるのですか?魔女の息子、グラン=グリモワール」


 グリモワールは立ち上がり、魔道書を手にして氷塊をグレイト司祭へ飛ばす。だがグレイト司祭は飛んできた氷塊へ手をかざすと、火炎にのまれて消えていった。


「お前、魔法使えるんだな」


「ええ。魔女狩りが起きたあの日、既に私は魔法を習得していました。ですがあの事件は私がやったのではありませんよ」


「嘘をつくな。あれは」


「あれをやったのは私ではありません。かつてこの街を火炎に包んだのは、〈魔法師〉の一人、アポレオン=ホムラだよ」


 グレイトの発言に、イージスは驚きを隠せない。

〈魔法師〉、彼らが魔女狩りの元凶。


「なぜこのタイミングで、〈魔法師〉などという野蛮な者たちの名が」


 イージスは振り絞った力で何とか立ち上がり、グレイト司祭へ鋭い視線を向けつつ言った。


「お前、〈魔法師〉か」


「あのような野蛮な者たちと一緒にするな。まああの日、アブソリューラーを殺すための計画を企てていた。だがそこへ都合良くアポレオンが現れてくれ、この街を襲撃してくれた。だから私は便乗し、アブソリューラーを殺した」


「結局お前が殺したんじゃないか」


「いいや。彼女を殺したのはこの街の人々さ。どれだけ正当な理由で罪から逃れようとしても尚、この街の人が彼女を殺したという事実は変わらない」


 グレイト司祭が吐いているのは偽弁ではない、正論だ。だからこそ誰一人として反論はできず、彼女の言葉に感銘を受けていた。


「彼女を殺したのはこの街の人々さ。そして蘇った彼女が何をするか、それは確定している。彼女は自らを殺した人々を殺し、そしてこの街を壊す。これで彼女は精神的にも肉体的にも死を辿る。綺麗なエンディングだとは思わないかい?」


「思わないね」


 そう言い放ち現れたのは、一人の少年ーーグラン=シャリオ。


「どうしてここに!?」


「秀才アマツカミ学会の生徒、スフィア=ラピスラズリを返してもらうぞ。グレイト」


 グラン=シャリオ、スフィアと同じ秀才アマツカミ学会の生徒である。

 彼の背には二人の仲間が立っていた。


「邪魔をするつもりか。あの時母を救えなかった弱者が」


 グレイト司祭はシャリオへと手をかざすが、その瞬間にシャリオの背後にいた二人の魔法使いは剣を抜き、グレイト司祭を斬った。


「ケイオス=パーム」


「リューズ=アズカバン」


「「お前には私たちだけで十分だ」」


「先輩方、ありがとうございます。あとは、スフィアを取り戻せば終了ですね」


 シャリオはスフィアが吊るされている十字架へ歩み寄る。


「シャリオ……」


「グリモワールが言いたいことは分かるよ。もしスフィアを十字架から外せば、きっと母さんは……復活することはない。けどさグリモワール、それでも母さんは僕たちのことを愛しているから、それだけで良いんじゃない」


 シャリオにも迷いはあった。

 けれど、それでも彼は覚悟していた。


「シャリオ、共に別れをしよう」


「うん。そうだね」



 本当は嫌だった。

 多くの犠牲を出し、その罪を背負って死んでいった彼女は不幸なまま人生を終えた。そこで二人の兄弟は食い違った。


 一人は世界一の魔法使いになり死者蘇生の魔法を習得しようとした。

 一人は彼女が残した罪に上書きするように、自らが大罪人となって彼女の汚名を拭おうとした。


 だが結局、迎えたエンドはただの日常。

 本当は日常などは戻ってこないけれど、それでもこの物語には終止符が討たれる。

 かつて死んでいった者へただ祈りを込めて、そして感謝を告げて。


「アブソリューラー母様、さようなら。そして、愛しています」

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