第181話 魔女狩りの日

 それは十五年前の話。

 魔女狩りが起きたその日、とある村は世界的にも栄え、平穏な日常を送っていた。それもこれも、全て一人の魔女のお陰であった。


「アブソリューラー様だ」


「アブソリューラー様」


「いつも感謝してますよ。アブソリューラー様」


 彼女を見かける度、村の人々は口々にそう言った。

 それもこれも全て彼女に感謝しているからこそ村人たちはそう言っているのだろう。

 アブソリューラーも彼らの笑顔に元気をもらい、毎日を楽しく生きていた。


 そんな彼女には二人の息子がいた。

 だが二人には名前がなく、毎日二人を呼ぶのには苦労していた。そんなある日、アブソリューラーは二人に名前をつけようと村の書庫で本を読んでいた。

 多くの魔法小説家の作品を読む中で、ある一人の小説が彼女の目には眩しく止まった。



『優しい英雄伝説』

 その本の主人公は"グラン"という幼い少年であった。

 彼は幼いながらも裕福な家庭で育ったお陰か、魔法を子供の頃から鍛えられていた。その甲斐もあり、十年後、グランは長らく世界を脅かしてきた英雄を倒し、やがては英雄と呼ばれるようになった。

 そして最後はその英雄の側で長らく仕えていたシャリオとグリモワール、二人のどちらかを選び結婚した、と書かれているが、どちらと結婚したのかが著者であるリーファにしか分からないことであった。


 それが優しい英雄伝説の話の内容であった。

 その話を読んだアブソリューラーは、息子へ付ける名を決めた。


 アブソリューラーは速く名前を付けたいと感じ、浮き足だって家へ帰っていた。


「名前付けたあげるから、待っててね。二人とも」


 だが書庫を出たアブソリューラーの視界に広がっていたのは、燃え盛る街とそれに苦しむ人々。彼女はその状況に理解が追い付かず、膝をついた。


「何が……どうして……」


「アブソリューラー様」


 その街の兵士の一人ーーマレウス=マレフィカルムという女性はアブソリューラーへ助けを乞うように駆け寄った。


「マレウス、これはどういうことだ」


「分かりません。どういうわけか、街は業火に包まれました。これは明らかに人の手によってではありません。原因はーー魔法です」


 アブソリューラーは驚嘆する。

 この街には魔法を使える者は一人しかいないーーアブソリューラーだけだ。つまりこんなことができるのは、アブソリューラーただ一人。


 アブソリューラーは走って家へと向かった。だがそこは既に燃やされ、そこには一人の男が悪魔のような笑みを浮かべて立っていた。だがアブソリューラーを見つけるや、視線を変えて鋭く威圧を放つ。


「グレイト、誤解だ。おそらくお前たちは私がこの街を焼いたと勘違いしているのだろうが、それは違う。私はーー」


「ーー魔女を殺せ。魔女を狩れ。この街を破壊した元凶を殺せ」


 グレイトは感情が高ぶったのか、声高らかにそう言った。グレイトの周囲にいる兵士たちは弓を構え、アブソリューラーへと矢を放つ。

 アブソリューラーは矢を受けつつも、家の中に飛び込んだ。

 燃え盛る家の中には、彼女の息子である二人が脅えながらそこにはいた。


「すまないな。本当にすまない。こんな辛い経験をさせてしまって」


 アブソリューラーは家を飛び出し、街を駆ける。

 だが兵士たちはアブソリューラーを追いかける。


 逃げられない、そう悟ったアブソリューラーは腹をくくり、二人の息子の頭を撫で、今にも泣きそうになりながらも言った。


「グラン、その名は英雄の名前。そして二人には、私から愛を込めてこの名を送る。シャリオ、そしてグリモワール、私のような貧相な家庭で産まれてきたことを恨んで良いのよ。これからは、楽しく生きなさい。あなたたちのためにも」


 二人の息子へ名を与えた。

 グラン=グリモワール。

 グラン=シャリオ。


 二人の息子は泣きじゃくり、アブソリューラーへと抱きついた。


「二人とも。私は死んでもあなたたちを愛しているから。だから世界中から嫌われても、たとえ一人になっても、あなたたちは幸せに生きて。きっとこの世界には、悲しいままの人生を送る人なんて誰一人としていないんだから」


 そこへマレウスがやってきた。

 アブソリューラーは彼女を見るや、言った。


「マレウス、二人を頼んで良いか」


「アブソリューラー様、まさか……」


「私は彼らに誇れる母親にはなれなかった。だけど……だけど私は愛している。マレウス、お願いだ」


 アブソリューラーは振り返らず、背にいるマレウスへと言った。

 マレウスは彼女の気持ちを知ってか知らずか、二人の息子を抱えて街の中を駆け抜ける。


(アブソリューラー様……どうかご無事で)


 マレウスが去ったのを横目で確認し、アブソリューラーは大通りで平然と立っていた。


「これで良い。これで良いんだ。最後にあいつらの顔を見れた。あいつらに愛を伝えられた。だから……きっとこれで良いんだ……」



 ーー違う。

 きっと私は望んでいる。

 この先、名付けた息子たちと一緒に生きたいと、そばで成長する姿を見たいと。

 けれど、現実はそういかないんだ。

 いつだって、どんな時だって、世界は不条理に平等だ。


「グリモワール、シャリオ、生きてね」



 その日、アブソリューラー=アーケディアは火炙りにされた。

 マレウスはその光景を目にしつつも、助けることができないという後悔に駆られていた。


「アブソリューラー様。申し訳ございません」


 この事件は歴史の1ページに大きく刻まれた。

 それ以来、この島は炎上島と、そう呼ばれるようになった。

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