第175話 アリシアの修行

 そこは炎上島の街のはずれにある広い荒野、そこにてアリシアは剣を抜き、剣を構えるイージスと向かい合っていた。


「イージス、自分に足りないものは何だと思う」


「瞬発力ですかね」


「君には経験が足りない。だから経験豊富な十六司教たちよりも瞬発力は劣っており、駆け引きや動きなんかもあまり得手ではない」


「では経験を積めと」


「ああ。君が十六司教の中でも逸脱している力を持つ四人の魔法使いを倒せるように、私が今から君を鍛える。存分にかかってこい」


 アリシアの剣には水が纏われる。

 イージスは剣を力強く握りしめ、大地に足を踏みしめた。


「僕は、強くなる」


 イージスは荒野を駆け抜けた。周囲に障害物がない中で、イージスは真っ向からアリシアへと斬りかかる。


「やはりか」


 アリシアはイージスの剣筋をまるで先読みしているかのようにして避けている。アリシアの手の上で踊らされるイージスは、何とか攻撃を与えようと不意を狙って蹴りを足へ入れる。

 だがイージスの足がアリシアの足へ直撃することはなかった。

 見ていなくても分かった、蹴り上げたはずの足が容易く掴まれていた。


 圧倒的な差を感じた。

 これが名門ヴァルハラ学園に君臨する九頭竜の強さなのかと。


「まだまだぁぁあああ」


 足を掴んでいるアリシアの手へ剣を進める。その行動を冷静かつ冷酷に見ていたアリシアは、水が流れるかのようにイージスの剣を弾いた。

 イージスは体勢を後ろへと崩し、がら空きとなった体へ剣の柄の部分で原を突いた。刃ではなかったからこそ地面へ横たわるだけだったものの、もし刃で突かれていれば確実に死んでいた。



 負けた。


 その悔しさが心の奥底から込み上げてきた。

 まだ自分は弱かった。

 一撃も攻撃を与えられず、イージスは寝転んで空を見上げた。


「戦ってみての感想は?」


「歴然とした差を感じました。これが経験を積んできた者と未熟な僕との差ですか。遠すぎると感じました。この距離は」


 純粋に悔しがるイージスを見るや、アリシアはイージスへ手を差し伸べた。


「ああ。だがそれほど遠いというわけでもない。君は自分では気付いていないものの、才能があることには間違いない。その証拠に、君は私へかすり傷を負わせている」


 そう呟き、アリシアは自らの右腕をイージスへ見せた。腕を覆っていた服には切れている箇所が一ヶ所だけあった。


「やはり君には才能がある。だからここで経験を積め。そしたら君は強くなれる」


 ーー強さ

 イージスは純粋に強さを求めていた。

 一度大切な者を守れなかったからこそ、強さを求めている。


「お願いします。再度修行を」


「ああ。まずは感覚というものを教える。私の剣を全て避けてみろ」


 アリシアの手を掴んで立ち上がったイージスは、すぐに剣を構え、アリシアを警戒した。

 今回のアリシアは明らかに前回とは違い、攻撃を仕掛ける気満々なのが見て分かった。


「行くぞ」


 水流の如く動き回るその動きに、イージスは翻弄されていた。

 目が追い付かない。

 流れるように動くためか、アリシアを目で捉えようにも捉えきれない。


 直後、剣がイージスの頬をかする。

 イージスは咄嗟に距離をとるが、速さでは負けている。剣が水が流れるようにして動き、イージスの体へ無数の傷を負わせる。


「どうした。避けきれていないぞ」


 アリシアの動きに翻弄され続けるイージス。

 まるで先読みしているかのように剣は振られ、その一撃を受け宙に体が浮いた。


「空中で避けられるか」


 全ての剣の突きを受け、イージスは地面を転がりつつも飛行魔法を使い起き上がった。

 アリシアは攻撃を中断し、イージスの前で立ち止まる。


「さてと、避けられたか?」


「いえ。正直一つも攻撃の軌道を掴めませんでした」


「だろうな。君は攻撃の才能はあるが、回避や防御の才能は全くといっていいほどない。それが君の弱点でもある」


「なるほど」


「やはり感覚を掴むことが重要だ。〈超感察ステイタス〉という魔法は使えるか?」


「はい。使えます」


「では発動してくれ」


 イージスは魔法を発動した。


 無属性原始魔法弐零〈超感察ステイタス

 その魔法は使用者の感覚を敏感にさせ、周囲の気配などを感知することができる魔法。


「目を瞑り、私の攻撃を全てかわしてみろ。最初は無理だろうから、剣ではなく木刀でいく。構わないな」


「はい」


 イージスは目を布で覆われた。

 魔法だけでしかアリシアの位置は捉えられない。


「意識を集中させろ。避けるだけだ」



 十分後、イージスは全身に傷を負って倒れていた。


「全く、もうギブアップか。根性がないな」


「いやいや。あの状態でさっきと変わらない速度で攻撃されても避けられるわけないでしょ。先生」


「そうか。私は避けられるが」


「じゃあやってみてください」


「そこまで言うのなら教えてやる。存分にかかってこい」


 アリシアは目隠しをされ、イージスは木刀を握りアリシアへと斬りかかる。だが全ての攻撃をかわされ、挙げ句のはてにはイージスは蹴り飛ばされ、倒れた。


「って、攻撃しないでくださいよ」


「あまりにも攻撃に覇気がなかったものでな。まあそう速く習得できるはずもない。今日は寝ろ」


 近くにある民宿に泊まることとなった。そこでイージスは眠りにつく。

 そして二日目、イージスは眠気を感じつつもアリシアに起こされた。


「何ですか。こんな朝早くから」


「さあ、修行を始めるぞ」


 アリシアは早朝から剣を握り、早朝とは思えないほどに柔軟な動きをしていた。


「今日も昨日と同じ修行内容だ。既に始まっているぞ、イージス」


 着替えたばかりのイージスへ、アリシアは木刀片手に斬りかかる。

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