第170話 せめて今だけは

 盗賊段団長ダイヤモンド=ルージュ、名門ヴァルハラ学園九頭竜にして、元名士四十一人の一人アリシア=コウマ。

 二人は向かい合い、言葉を交わしていた。

 アリシアは剣を構えつつ、ダイヤモンドは拳をダイヤモンドに変えつつ。


「覚えているか?最初にお前が俺と会った時のこと」


「ああ。まだあの時は仲間などいなかったお前はたった一人で乗り込み、宝石の警備をしていた私と戦った」


「あの時は一瞬にして斬られ、負けた。だがお前は私を逃がした。もしあの時逃がしていなければ、私がこれほどまで名のある罪人にはならなかったかもしれないというのに」


「ああ。確かにそうだな」


 アリシアは嘆くように顔を上げ、静かに呟いた。


「私は間違っていた」


「ああ。お前は間違っていた。そしてここで、お前は死ぬ」


 ダイヤモンドは硬化させた腕でアリシアへと殴りかかった。だがアリシアは突如として鋭い目付きへと変貌し、一瞬にしてダイヤモンドの腕を斬り落とした。

 膝をつき、ダイヤモンドは硬化させた腕が斬られていることに気付く。


「ダイヤモンドの硬さだぞ。その腕を」


「あの時貴様を檻の中へと葬っていれば、きっと私はこんな選択をとることにはならなかったのだろうな」


 後悔しているように呟きつつ、異世界探偵は何度もダイヤモンドへと斬りかかる。

 その度にダイヤモンドの体には傷がつき、血が周囲へ錯乱する。その血が頬へ飛び散るも、アリシアは気にしてはいなかった。


「どうして……俺は強いはずだ」


「君は弱い。そして同じく、私も弱いんだ。だからすまないな。今ここで私は君を君を斬らなくてはいけない」


 アリシアの素早い太刀筋にダイヤモンドは抵抗することなく体を斬られていく。

 そして身動きがとれないほどに体を斬られたダイヤモンドは、力尽きて壁を背に座り込んだ。


「ダイヤモンド、あの時私が君を逃がしていなければ、今頃は反省して静かに暮らしていたのだろうか」


 ダイヤモンドは声すら出せず、息を荒げるだけだった。

 その姿のダイヤモンドを虚ろな瞳で見つめ、アリシアは静かに剣を振るう。水の姫、彼女の瞳からこぼれた雫はダイヤモンドの心臓を突き刺した剣を滴り、ダイヤモンドの頬へこぼれた。


「私のあまさが招いたことだ」


 アリシアはダイヤモンドを背に、去っていく。

 彼女は振り返らない。振り返れば、きっと思い出してしまうから。


 せめて今だけは、忘れさせてくれ。

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