第168話 これが少年の選んだ道

 神殿の中へ入るイージスたち。

 神殿内部には一切明かりはなく、魔法によって自ら光を灯して進むしかなかった。

 暗がりを抜けることはなく、いつまで経っても闇は晴れない。神殿内部は広く、いつまで経っても広い場所にはたどり着けない。


「サウス、普通に魔法使った方が良いんじゃないか?」


「残念なことに、この神殿では無属性魔法は使えない。どういうわけか知らないけど。だから使いたくても使えない」


 サウスはアリシアへそう弁を唱えた。

 永遠にさ迷うことになる、そう危機感を抱いていたアリシアたちであったが、ようやく広間へと抜けた。


「さて、始めようか」


 その広間には一人の男が立っており、彼の手には紫色に輝く水晶が握られていた。その水晶をかざされたアリシアたち、紫色の光が周囲へ駆け抜けると、その光を浴びたイージスたちは強制的に転移させられた。


 だがしかし、一人だけ光を回避したアリシアは剣を抜き、水晶を斬り砕いた。

 男は水晶を盾にアリシアから距離をとる。


「さすがはヴァルハラ学園九頭竜の一人であり、名士四十一魔法師から誘いを受けていただけはある」


「昔のことはあまり覚えていないさ」


「水の姫、アリシア=コウマ。貴様のことを忘れるわけないだろ。かつて戦ったじゃないか。俺と、覚えているかい?」


 アリシアは目の前にいる男を穴が空くほど睨んだ。そしてその男の特徴一つ一つに目を配り、思い出した。


「思い出したよ。私がまださ迷い人だった頃、戦ったことがあったかな。ダイヤモンド=ルージュ」


「因縁の再戦と行こうか。アリシア」



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 広い部屋の中、イージスは一人の少女を前にしていた。

 イージスは彼女を見るや、その再会に笑みを浮かべていた。


「アタナシア……」


 イージスはアタナシアへ歩み寄る。だがそれを阻むように、アタナシアはイージスの首もとへ《夕焼けの剣》を向けた。

 その時のアタナシアはフードで顔を深く隠し、イージスを見ようとはしていなかった。


「アタナシア。どうしてお前は今苦しんでいるんだよ。あの時も、初めて会った時も、どうしてお前は泣いていた」


 フードの裏側で、彼女は目に涙を浮かべていた。


「だって私は……ただの兵器なんだよ。人間なんかじゃない。私はただの兵器だから、だから私は、イージス…………君の敵だ」


「どうして、どうしてお前は、」


「お願い。大人しくしてて。私はもう、誰も傷つけたくない」


 フードは彼女がしゃがみこむと同時、風によって舞い上がった。片手で顔を覆うその姿に、イージスは何も言えずただ静かにしゃがみこんでいた。

 こぼれ落ちる一つ一つの涙は彼女の腕をつたり、そして床に溢れた。

 静寂の中に、ただそっと彼女の泣く声が木霊するばかり。


「ねえイージス……助けて」


「ああ。僕が必ず救ってみせるから、だから今は、僕の背中で泣いていて」


 イージスはアタナシアの握る《夕焼けの剣》を手にし、そして構えた。


「アタナシア、それがお前の選択で良いんだな」


 そう言って一人の女性はイージスの前に姿を現した。


「お前は誰だ?」


「リリース=ビジョン、ただの魔法使いさ。アタナシア、怪盗団から抜けるというのなら、逆らえないようこの首輪をつけてもらうよ。そしたらお前は、一生人の心を持つことはないただの兵器になってしまうけどね」


 リリースという女性の持つ首輪、だが次の瞬間、首輪は真っ二つに斬れてその一部が床に落下する。金属音が響き、リリースは落ちた首輪に目をやった。


「君かい。イージス=アーサー」


「アタナシアはもらっていく。だからこの先、一歩も通しはしない」


「そうか。なら、とこしえに眠れ」


 リリースはイージスへ息を吹きかけた。その息を吸ったイージスの意識は薄れ行き、次第に眠気は増して床に転がった。


「この程度の魔法で眠ってしまうというのに、何が護れる」


 リリースは寝そべるイージスの横を通りすぎ、アタナシアへ手を近づけた。だがそれを遮るように、剣がリリースの手を弾いた。

 手は斬れてはいないものの、突然の攻撃にリリースは横を見た。

 するとそこには、先ほど魔法によって眠らされたはずのイージス=アーサーが剣を握って立っていた。


「言っただろ。ここから先は、一歩も通しはしないって」


 イージスの左腕からは血が出ていた。


「なるほど。腕を斬って眠気を追い払ったか」


「もう二度と誰かを失うのは嫌なんだ。アタナシア、お前の希望になってみせる。だからもう一人で苦しむのはやめてくれ。お前には、僕という仲間がいるんだから」


 もう失いたくない。

 もう傷つきたくない。

 ーーそれでもいつか失ってしまう。それでもいつか傷ついてしまう。

 だから傷ついてでも、失ってでも、そうならないように努力を、そして力を。

 何もかもを救えるような、大切な人を護れるような、もう誰も失いたくないから。もう後ろを振り返りたくはないから。


 後悔はもう捨てた。

 だから少年は剣を握る。

 鈍く、そして夕焼けに輝くその剣を構え、怪盗団No.2、リリース=ビジョンと対峙する。

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