枯雪島編

第163話 皮肉な話

 冷たい雪の感触を味わい、僕は目を覚ました。

 薄れている意識が明白になるまでは、かなりの時間がかかっていた。視界はおぼろげになり、体が芯から冷えきっていた。寒いせいか脳が回らず、まだ状況を理解できていない。

 ここはどこか?どうしてこんな場所にいるのか?そして僕は誰なのか?

 そんな意識の中、僕は見た。

 浜辺に刺さった橙色の剣、その剣を見て思い出した。


「そうだった……。五神島で戦って、ここに飛ばされたんだっけ」


 少年は少しずつ記憶を取り戻していった。

 なぜこの島にいるのか、この島にいる前は何をしていたのか、そして自分が何者なのかを。


「負けたのか……にしても、あの魔法は何だ?強制転移魔法か。ったく、かなり厄介な魔法じゃないか」


 イージスはボソボソと呟きつつ、浜辺に刺さった剣へと歩いていた。剣を手に取ろうと手を伸ばす。だがなぜか剣は宙へ舞い、そして浜辺に生えている木の上へ飛んだ。


「何だ?」


 イージスは木の上を見た。

 そこにはローブを深く被って顔を隠している何者かが橙色の剣ーー《夕焼けの剣》を手にしていた。


「返せ」


 イージスは木の上へと飛ぶも、何者かはイージスから逃げようと浜辺の近くに位置していた街へと駆け抜けた。


「アリシア先生から貰った剣が……」


 イージスは追おうにも、既に姿が見えなくなった何者かを追うことはできなかった。

 渋々イージスは木の上に座り、雪が降り積もる街を見ていた。


「季節は春だった気が……魔法か」


 イージスは木から降り、ゆっくりと街の方へと向かっていった。剣を取り戻す、その理由もあるが、じっとしていても何も始まらない。

 だから少年は街へ入った。

 突如矢に打たれるなどという身に染みた恐怖を思い出したものの、この島ではそんなことはなく、平穏に島へ入ることができた。その瞬間に込み上げてくる安堵に息を吐いた。


 街を歩いていると、不思議なことに気付いた。

 街の奥へと進むと、そこは氷で創られたような巨大な壁で塞がれていた。かなり精密で分厚く創られており、普通の魔法では傷一つつかないであろうと感じさせる。


 イージスは驚き壁に触れていると、一人の老人が少年を見て話しかけた。


「お主は外から来たのじゃな?」


「はい」


「そうか。だからこの壁に驚いていたのじゃな」


「聞きたいのですが、この壁は一体何なのですか?あまり意味のあるようには思えないのですが」


「そりゃそうじゃ。この壁には意味はないわい」


 老人は笑いながら言った。

 だがそれでは疑問が残る。


「ではなぜ創ったのですか?」


「こんな壁、誰しも創りたくて創ったわけではない。それにワレワレガ創ったものでもないわい。この壁は突如現れた一人の魔法使いより創られた悪魔の壁じゃ」


 先ほどまで笑みをこぼしていたはずも老人の目には、明らかに殺意が見えていた。怒りや憤り、恨みなど負の感情がいっぺんに込み上げるような雰囲気。

 それを漂わせつつ、老人は話を続ける。


「この壁の向こう側にはな、かつて栄えた王国の金銀財宝が眠っておるのじゃ。わしらはそれを糧に日々を生きてきた……というのに……」


「壁に塞がれて取れなくなったのですね」


「ああ。皮肉な話じゃな。我々は財宝を得たと引き換えに欲に胡座をかいてしまった。そのせいで村の伝統文化であった魔法具の製造を辞めてしまった。今となってはただ滅ぶことしかできん」


 悔しさを滲ませ、老人は言った。


「お主、今日はどうするつもりじゃ?」


「この島に泊まっていきたいのですけど、他にも用事ができてしまい、この島に滞在しなくてはいけなくなったのです」


「そうか。ならわしの家に泊まっておけ」


 イージスは老人の家に泊まった。

 老人は独り暮らしのようで、今までずっと寂しく暮らしていたらしい。だがそんな生活を一日でも忘れたい、そんな思いで少年へ話しかけたらしい。

 イージスはそれを聞き、笑みを見せた。

 だが戸惑いはあった。だがそれでも、彼にはすべきことがあった。


 朝早く、イージスは老人の家を飛び出した。

 そして《夕焼けの剣》を取り戻しに魔法を発動する。


 ・無属性原始魔法参一〈探知リメンバー

 探し物の場所を知る魔法。


 探し物の場所、それがある方向をイージスは向いた。その場所はーー


「壁の向こう側……」

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