第156話 司教の少年
童話島でイージスは十日以上暮らしていた。
鬼は来ない、そんな不気味さに気を引き締めつつ、彼はリーフとともに山の山頂へ赴いていた。
「一年で森はかなり姿を取り戻しているな」
「うん。一時はどうなるかと思ったけど、イージスは勇気づけてくれたから村をここまで発展させられたんだ」
「いやいや。僕は何も」
「謙遜しないの。してくれたでしょ」
「あ、ああ」
何となくそう言った。
だが自覚がないイージスは、不思議な気持ちを抱いていた。
「実はこの山の山頂にはね、時々あるモンスターが来ることがあるんだ」
「どんなモンスターなんだ?」
「天界狐、普段は遥か空の島で暮らしていると言われているのだが、時々降りてくることがある。だから今日来てくれるかは分からないけど、一応来ようかなって思ってさ」
気配を感じたイージスは、ふと空を見上げた。
するとそこからは空を歩く一匹の大きな狐がイージスたちの方へと降りていった。
天界狐を前に、イージスは目を輝かせて驚いている。
「彼女が天界狐の
眩しいまでの白銀の角を輝かせ、美しいフォルムは優美で美彩であった。
見とれるほどの美しさに、イージスは感極まった。
「は、初めまして。イージス=アーサーと申します」
天界狐は小さく笑みをこぼすと、イージスの顔を数秒凝視し、振り返った。その足は進み、また空へと帰っていった。
去る姿も美しく、彼女にだけまるで光が当たっているかのようだった。
「イージス、それじゃ戻ろうか。私たちの村に」
「あ、ああ……」
イージスは驚きと興奮に気持ちの整理が追い付かないまでも、静かに歩みを村へと戻す。
村へついたイージスは、リーフの家でお茶をする。
「イージスはいつか帰っちゃうの?」
「ああ。もうそろそろ一緒に来たアーラシュさんも心配する頃だから、桃神村に戻るよ」
「そう。じゃあまたしばらく会えなくなるんだ」
「また必ず戻ってくるよ。この島に」
そう言い残し、イージスは村の人々やモンスターたちに見送られて桃神村へと帰還する。
彼と入れ違いに、リーフ村へ一人の少年が全身に傷を負いつつも走っていた。肩には矢が刺さり、頭からは血を流す。既に少年は力尽き、崖を転がって下にあった森へ落下する。
「白丸、ちょっと来てくれ」
リーフ村のオスのゴブリン、グリンとペットのもとへ白丸は駆け抜けた。呼ばれた場所で見たのは、地面に血を流して転がっている少年であった。
白丸は少年を背中にのせ、一目散に村へと運んだ。
目を覚ました少年が見たのは、知らない天井、そして知らない女性。
その女性の肩には一匹の狼が乗っており、さらには二匹のゴブリンが心配そうに少年を見ている。
「何だ……ここは?」
「ようやく目覚めたのですね。少年」
少年は周囲を見渡し、そして何を勘違いしたのか、少年は飛び上がって隠し持っていた短剣でゴブリンのグリンへと斬りかかる。
「まあ待て」
少年の短剣は弾かれた。
その正体は、紛れもないリーフであった。彼女は壁に立て掛けてあった槍で短剣を弾き、肩に担いで少年へと言う。
「怯えないでくれ。私たちは傷ついていた君を助けただけだ」
「助けた?」
「ああ。君はなぜか分からないが、森の中で重傷を負って倒れていた。だからこの村で介護をしていただけだ」
「別に、必要な……」
強がっていた少年であったが、やはり痛みは感じていたのか、足を崩して横たわった。
「まだ傷は完全には治っていない。体は激しく動かさない方が良い」
少年は戸惑いながらも、朦朧として思い出せない記憶を抱きつつその村でお世話になることとなった。
モンスターと人が共存する村、そこに違和感を抱きつつも、少年はその村で暮らしていくこととなる。
その頃、桃神村へと帰還したイージスは、何やら村が騒がしいことに気づいた。
すぐ近くにいたアーラシュへ、イージスは問う。
「何かあったのか?」
「ああ、先ほどこの村に五神が従えている十六司教、その内の三人がこの村へ来た。一人を何とか追い詰めたのだが、残念ながら逃がしてしまった。肩には矢が刺さり、かなり深傷を負っているから遠くまではいけないはずだが……」
「被害は?大丈夫なのですか?」
「何とかな。だが残りの二人も逃がし、結局は誰一人として捕まえられはしなかったが」
悔しさを滲ませているアーラシュは、強く弓を握っていた。
「司教たちの名は?」
「東司教グラン=グリモワール、北東司教マレウス=マルフィカルム、そして北北東司教ゼウ=フリーデン」
リーフ村
そこで過ごしていたリーフは、少年へ名を聞いた。
「そういえば聞き忘れていたね。名前は?」
「ゼウ、ゼウ=フリーデン」
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